どとう ―【怒濤】

 荒れ狂う大波。 激しく打ち寄せる波。 「逆巻く―を乗り切る」「―のごとき進撃」

                                         大辞林第二版より抜粋

 

 

 

 

 

2nd Episode : ドトウ ノ (ウタ)

 

 

 

 

 

血のような紅。

サードインパクト当初よりは色が薄まったものの、シー・プラントは依然として前世紀の海洋色である青とは程遠い血のような紅い色彩を放っていた。

シンジは二つに裂けたタイプ3―サキエルを尻目にシー・プラントへと歩み寄り、そして浜に独り佇んでいた。

まるで風景の一枚絵のように……シンジは紅に溶けるように、ただ立っていた。

それが彼の朝の日課であり、あの審判の刻――サードインパクトからの欠かす事の出来ない儀式であった。

そこに男が一人……近づいてきた。

「………カヲル…か…?」

カヲル…そうシンジに呼ばれた男は、

「…ああ。」

と、生返事を返した。

黒い髪……黒い瞳……使徒戦役時からは大きく変わった渚カヲル…その男の姿が其処にはあった。

 

 

 

「終末のラッパは…もう…鳴らし終わった……僕の使徒としての役目は終わった……ただ…それだけさ……。」

カヲルはシンジとの再開の際、こう言った。

その言葉通り、ということなのか…カヲルの姿は標準的な日本人と変わらぬ色を獲得していた。

それからの刻を共闘、または敵対という様々な関係として共に生きてきた。

時には殺し合い、時には助け合った……言うなれば宿敵…言うなれば親友……。

カヲルも一時とはいえチルドレンであったことには変わりはない……そう、カヲルもまた 第一世代(ファースト・ジェネレーション)であった。

 

 

 

「で、シンジ君……最近……使徒の活動が活発化している………どう思う?」

「……さあな。」

「……そうかい。 それと…これも最近だけど、妙にネルフが“user”を増やしている……こっちはどう思う?」

カヲルの問いにシンジはザッと砂を蹴りながら答える。

「決まっている…………俺に『来い』…と…そう言ってるんだよ………。」

カヲルは少し目を細める。

「…やはりかい……ところで、トラッシュの…ウ〜ン…何て言ったかな? …あの…髪の無い……」

トラッシュとはスラム=トラッシュ。 世界七大スラムの日本にある2つのうちの、もう1つである。

「トラッシュのハゲ……ああ、ユウ=ヤエムか……あいつがどうかしたのか?」

シンジは何かにつけて自分に因縁を付ける男を思い出し、軽く笑いを噛み殺した。

「ああ。彼が君に話があるそうだよ。 何でもネルフの情報を掴んだとか…。」

「……ほう。」

シンジはニヤッと笑うと面白いそうだ、そういう顔をした。

「行くのかい?」

その問いにシンジは幾分考えると、頷いて見せた。

「ふむ。 僕も行っていいかい?」

「……珍しいな。」

カヲルは顔の表情を一変する。

「彼には聞きたい事がある……。」

ゾクッ!!

シンジは久しく感じなかったカヲルの殺気に少なからず畏怖の念を抱いた。

―――流石、俺に唯一勝った男だ…と…。

 

 

 

 

―――スラム=トラッシュ。


シンジとカヲルは、ルッビスと同じく瓦礫の山となっているトラッシュの中をゆっくりと歩いていた。

「相変わらず此処の霧の濃度には参るな……。」

そして、立ち込め、視界をほぼ完全に遮断する霧に対しシンジが不満をもらす。

「此処は湖が近いからね…。」

それを湖の所為だとカヲルは言う。 そして、でも、と続ける。

「でもいつもは此処まで濃くはない……おそらく“Fog”の“user”だろうね……。」

「フン! 濃い霧を発生させるだけの“Fog”か……“Fog”ほど色によって力に格段の差ができる “word”もあまりない…。」

シンジはシン=ゴウを思い出したのかクックックと笑う。

「君が見るに、この“Fog”の“user”はどうだい?」

「そうだな……色で言うならば…………かなりの使い手だな……。」

そう言ってシンジは実に楽しそうな顔をする。

 

 

 

―――数十分後。


瓦礫がどかされ更地となった場に、背の低い男が何人かの部下らしき者達に囲まれ座っていた。

その人物こそシンジを呼び寄せたトラッシュのリーダー、ユウ=ヤエムである。

「いつも通りに頭で光を反射してるな、ヤエム……。」

数十分歩かされた皮肉を込めてシンジが嫌味を言う。

「貴様こそ相変わらずチビだな、シンジ=イカリ……そして、カヲル=ナギサ……。」

髪の無い頭を気にしているのか、皮肉を返す。

「で? …情報は本当に有るのか?」

「フン……あると思って来た訳じゃねえだろ?」

「ああ。」

さも当然といった表情で言葉を返す。

「お前程度が手に入れられる情報なら、既に俺は手に入れている。 ……それで…本当の目的は何だ?」

シンジが聞き返す。

「……っふ……さすがは第一世代(ファースト・ジェネレーション)様だ……。」

ザクウゥゥ!

シンジが瞬間的に抜刀しヤエムの横の瓦礫へと振り下ろした。

「お前……それを何処で…誰から聞いた…?」

そして、殺気をヤエムに向ける。

其処に突如カヲルが言葉を紡ぐ……

「ネルフ……だろう?」

と、シンジですら背筋を凍らせる殺気と共に……。

ヤエムはニヤリと口の端を持ち上げると醜悪な笑みを顔に張り付けこう言った。

「ああ…そうだ……そして俺は……これを手に入れた!」

バッ!!

後方に飛びのいたヤエムの体は、確かに橙色に輝いていた。

「Deteriorate!!」

ヤエムが自身の“word”である“Deteriorate”を唱えた瞬間、ヤエムの右腕がグニャリとまるで飴細工のように変質した。

かつて腕だったそれは次第に形を変えていき、戦斧のような形をとった。

物質の性質を変化させる……それがヤエムがネルフから得た力である。

「橙か……なかなかだな……中級ってとこか……。」

と、余裕を交えてシンジが言う。

だが、シンジはハッとし鳥肌を立てた……自分の後ろに存在するカヲルの殺気に……。

「そんな……そんな醜悪なモノのために……サクを渡したのか!!

ゾクウゥゥン!!

シンジも久しく感じなかったカヲルの本気の殺気……それは円状に広がりヤエムの部下を失神させていた。

「サク……? ……ああ、あの女か……ふん…あんな小汚い女がお前の知り合いだとはな……。」

ブチッ!!

何かが切れた音と共に……カヲルの殺気がさらに拡大し……

「貴様は……殺す!!

カヲルの体が黄金(こんじき)の輝きを放つ。

「雷!!」


ゴオウゥゥゥ!!

カヲルが“雷”の“word”を口にした途端、カヲルの体から稲妻が唸り出た。

それはさながら蛇のようでもあり、竜のようでもあり、カヲルの体を渦巻いた。

 

その光景を確認するとシンジは“word”を発動したカヲルにこの程度の小物が勝てるはずが無いし、またカヲルにも何か事情があることを感じ取りヤエムをカヲルに任せた。

だが、とシンジは顔を歪ませ言葉を放った。

「フン! 隠してるつもりだろうがカヲルが殺気を放ったときに僅かに反応したな…………誰か知らんが出て来いよ。」

と、右方向の大きな瓦礫の山を見据えて威圧した。

「……お久しぶりね……碇君……。」

そうは言ったものの女には再会を懐かしむ、といった雰囲気は皆無だった。

「……洞木か……。」

其処にはかつての委員長――洞木ヒカリの姿があった。

「……唯の“Fog”ではないと思っていたが……お前が来るとはな……トウジは如何したんだ……?今の俺と闘うには 第二世代(セカンド・ジェネレーション)では少々力不足じゃないか……?」

「それはどうかしら、シンジ君?」

ヒカリの後ろから突然、女が出てきた。

「……伊吹……アンタまで出張ってくるとはな。 …何事だ?」

「戦いは質ではなく数……それを解らせてあげるわ…。」

と、伊吹マヤは気味の悪い笑みを浮かべる。

「……ほう…解らせる……だと…?」

カチッ!

シンジが刀を構える。

マヤの体が橙色の光を帯びる。

そして、マヤが手を上に振り上げた途端、数十人の同じ顔をした女がシンジの周りを囲った。

「…そういえばアンタの“word”は“Copy”だったな……昔はクローンに罪悪感を感じていた貴様が“Copy”の“user”とはな……皮肉なもんだ……。」

「何とでも言いなさい……。」

「それにしてもいいのか…? ゲンドウからは連れて来いと言われただけだろ…?」

「生きたままで…とは聞いてないわ……。」

「……ほう。」

面白い、と口を吊り上げ瓦礫の山を目がけて一気に飛んだ。

バゴオォォン!!

シンジの刀は瓦礫を粉々に砕くが、シンジが到達するまでのコンマ何秒かでヒカリとマヤの移動は完了していた。

「…碇君…散って……。」

ヒカリの体が徐々に橙色の光に包まれる…。

「Fog!!」

ブシュゥゥー!!

そして、ヒカリの体全体から霧が噴水のように吹き出す。

「…死にたいなのら…殺してやる……格の違いを思い知れ!!

ヒカリが手をシンジの方へと向ける。

ザッ!!

と同時にシンジがヒカリに向かって跳躍した。

一点に集中された霧が銃弾のように一直線に放たれた。

ギュビュゥゥゥー!!

一方、シンジはそれに全く構わず突進する。

ザリュッ!

刹那。 シンジは刀でそれを切り裂きヒカリの頭上に刀を振り下ろす。

ズパアァァァァン!!

真っ二つになったのはヒカリの体ではなくマヤが複製した人形だった。

「(ッチ!『影切』で捉えられないとはな………大したスピードの人形だ…!)」

バッ!!

             バッ!!

    バッ!!              バッ!!

シンジが考え事をした一瞬の隙をつき、マヤの複製人形はシンジに四方から襲い掛かった。

ズバズバズバ!!

「人形風情が! 俺に触れられるとでも思ったか!

襲い掛かってきた複製人形を瞬く間に細切れにする。

「今度は…こっちから行かせてもらう……。」

シンジの雰囲気が一変する。

 

 

 

 

「……これ以上…貴様を見ていると目が腐る…一瞬で殺してあげるよ…。」

ゴゴゴゴゴ!!!

「ック! 所詮同じ“user”だろうが! 死ね!!」

バッ!!

ヤエムがカヲルを目がけて飛び掛かかる。

竜生雷(りゅうなるいかずち) !」

カヲルに渦巻いていた稲妻が寄り集まり、竜の形をとりヤエムに牙を向ける。

 

ズドオォォォーー!!!

 

「…屑が…。」

――後には傷一つ無いカヲルと燃えカスとなったヤエムが残された……。

 

 

 

カヲルが振り返ると其処にはシンジが唯一人、悠然と立っていた。

「あの2人は、如何したんだい?」

「さあな…死んではいないだろ……。」

カヲルがふと地面に目をやると…其処には……何メートルにもなる……傷跡…いや…爪痕が…残されていた。

「これは…“word”を…使ったのかい?」

「……ああ。」

「…そうかい…で…君は…如何するんだい…? ……僕にはネルフでやらなくてはいけない事がある……。 僕は行くよ…ネルフにね……。」

その瞳には並々ならぬ決意が漲っていた。

「行くさ…あいつ等がさっき面白そうな事を言っていたからな……。」

シンジはそう言って刀を鞘に収めた…。

 

 

 

 

―― to be continued.