しげん ― 【始原】

 物事のはじめ。 原始。

              大辞林第二版より抜粋

 

 

 

 

 

6th Episode : シゲンノ (ウタ)

 

 

 

 

 

沈黙。

ネルフ発令所には誰かが唾を飲む音のみが聞こえていた。

200体ものタイプ14を文字通り独りで打ち倒すその光景は余にもショックが大きかった。

それ故に辺り一面に築かれた屍の山の中に佇むシンジの力に唯感嘆するしかなかった…。

 

「シンジ…いかに第一世代(ファーストジェネレーション)とは言えこの力…やはりそうなのか……。」

ゲンドウが静かに呟く。

「司令。」

「なんだ…。」

「通信が入っています。」

「誰からだ?」

モニターに老人が映し出される。

「………冬月先生…。」

「私は此れよりネルフと行動を別にしよう思ってな…。」

「突然ですな…。」

「碇…貴様の事だ…見当はついていたのだろう?」

「………やはり貴方がタイプ17サクノ=ルツェインを拉致しシンジを狙い、其の上フォースを事故に……。」

「フム…流石だな…。」

ゲンドウが歯を軋ませる。

「先生…貴方を信じて野放しにしていたのが私の甘さでしたよ…。」

「時に碇よ…中世ヨーロッパに於いてフィレンツェより始まった『再生』を意味する文化の革命を知っているか…?」

「…ルネサンス…。」

「その通りだダヴィンチやミケランジェロ、ラファエロを始めとした大いなる再生…。」

冬月が笑みを浮かべる。

「そして…再びルネサンス(再生)は起きようとしている…。」

「如何いう事です…?」

「ヒトは再び混じり合うべきなのだよ……。」

「…再びあの悲劇を? …馬鹿げていますよ…。」

「フン…碇、老いたな。」

「何とでも言って貰いましょうか…。」

「まあ良い…貴様の手を借りぬとも実現させようではないか……我等…『ルネサンス』がな…。」

「………老人の思う通りにはさせませんよ…。」

「貴様には止められんさ…碇…さらばだ…。」

通信が途絶える。

「あなた……。」

横で見守っていたユイがゲンドウへ声をかける。

『ルネサンス』…思い通りにはさせんさ…。」

ゲンドウが椅子へと腰を落とし、通信機を手に取る。

「私だ…ああ、そうだ…。 頼んだぞ…。」

ガチャッ

 

 

 

 

―――同時刻。


「通りでおかしい筈だ…。 何者だ…?」

シンジが遥か前方を見据え呟く。

「こうも都合よく、しかも何も在りはしない此処にこいつ等を差し向けた理由を答えて貰おうか…?」

視線を真上へと向ける。

「………理由は無い…。」

シンジの真上には灰色の髪を(なび)かせる隻眼の男が宙に浮いていた。

「……“Air”“Sky”…それとも“Wind”の“user”か……?」

宙に浮く事を可能とする“word”を挙げる。

「……しいて理由を提示するならば……ガイア・インテンション……の元に…。」

「何だそれは…?」

「………貴様が知る必要は無いことだ……ただ…一つだけ言っておく事がある……」


スチャッ!!


男がシンジの目の前に降り立つ。

「……シンジ=イカリ…貴様は目障りだ……。」


バッ!

ザシュッ!!!



それは刹那、正しく一瞬の事象。

シンジは己の眼を最大限に開き、地に転がるそれを眼で追っていた…。

それ…即ちシンジ自身の腕を…。

脳が『切れた』ことを知覚し判断を心臓に伝達し血を傷口に送り込むよりも速く切り裂かれた その切断面は、切断されてから数秒のタイムラグを置いて血が滝の様に流れ落ちた…。

「(ック…俺が眼で追いきれないとは……早過ぎる……こいつ…正真正銘の…怪物か…。)」

 

 

 

 

―――同時刻。


「何でアンタが此処にいんのよ?」

アスカがサクノを腕に抱くカヲルを視線に捉え問う。

「此れは奇遇だね〜。」

「………A.T.フィールド…。」

「見ていたのかい?」

「……ええ。」

カヲルの空気が僅かに変化する。

「所でアンタ、ホントに何しにきたのよ?」

「別に…僕は同胞を取り戻しに来ただけさ…。」

「同胞…?」

「あまり詮索しない事が長生きする秘訣だよ…。」

カヲルがニヤリと口の端を上げる。

「一つ聞きたいことがあるわ…。」

「何だい? 綾波さん…?」

「貴方の……“color”は……?」

「……少なくとも君達よりは上さ……。」

そう言うとカヲルはつま先を翻し、出口へと向かった…。

「私たちより…上…か…。」

 

 

 

 

「(ック…俺が震えて動けないとはな…滑稽だな…いっそ此処で殺されるか? …いや…俺はまだ死ねない…。)」

 

【シンジ…いいか…その時に勝てないのなら逃げろ。 そして、また闘い勝てばお前の勝ちだ…。】

 

「(師匠…そうだな…今は勝てなくとも…次は必ず…。)」

ならば…とシンジが覚悟を決める。

バッ!!


「………小さきものよ……滅っせ……。」

男の体が虹色に光る。

「(虹色だと? 俺より高位の“color”か?!)」

シンジが己の地に転がる腕を掴み取り脇に抱える。

「…………」

男が“word”を解き放つ。

「(何?! その“word”は…まさかこいつ…神降かみおりりの器か?!)」

「scan……。」


ゴオォォウ!!


男の纏う虹色の光が振動し蠢く…。

「shoot……。」

「(何を『読んだ』?)」

「………我の名……『カタコンベ』盟主…シヴァ=モーゼル生きていれば覚えておけ……。」


「何ッ? …グッ! グアア亜アアぁア唖アあアア阿アーーーー嗚呼ぁァアーーーーー!!!


シンジが地に転がりのたうち回る。

シヴァ=モーゼルと名乗った男は既に姿を消していた。

 

 

 

 

「ン? この声…まさか…!」

森へと出たカヲルが耳に飛び込んだシンジの叫びに向けて走り出す。

「……此れは……っち……すまない……一度死んでもらう!」

カヲルの体が黄金こんじきに輝く。


(ライ) !!」


カヲルがシンジの胸へと雷を落とす。


ドゴォォォウゥゥ!!


シンジの悲鳴が止まると同時に……シンジの心臓すら…停止した…。

「さあて急がなきゃね〜。」

カヲルがシンジを担いで全力で走り出す。

 

 

 

 

ボウッ…。

闇が広がる場に光が一筋燈る…。

「首尾はどうだ…? コウ=ハモンよ…。」

暗闇の中、椅子に腰掛ける人物が小柄な男に尋ねる。

「ハッ! スラム=ルインの占拠は完璧です!」

スラム=ルイン…七大スラムの一つでありブラジルに存在する嘗てのベロオリゾンテである…。

「そうか……その調子で続けておけ…いいな…。」

「ハッ!」

コウ=ハモンと呼ばれた男が消える。

「ついに我がネオゼーレの時代が来る…。 っくっくっくっく…ハーハッハッハ…!!!。」

――笑い声が響き渡る。

 

 

 

 

この日…総ての鍵は揃った…


ネルフ


ルネサンス


カタコンベ


ネオゼーレ


物語は…加速する…


 

 

 

 

―― to be continued.