しょけん ― 【初見】
(1)初めて見ること。 「―の資料」 (2)初めて会うこと。 初対面。 「―の人」
大辞林第二版より抜粋
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7th Episode : ショケンノ 詩
麻薬。
果てる事の無い快感や苦痛、開放感を与える一種の興奮剤である。
嘗てはサッカーに夢中になり祭りに熱中した国、ブラジル。
その南東に位置するベロオリゾンテと呼ばれた街は『審判の刻』による余波で見事に荒廃してしまった。
そんな街も今では全世界に於いて最も麻薬中毒者が多く、七大スラムの内の一つスラム=ルインと呼ばれている…。
スラム=ルインでは数日前に大きな変動が起こった…。
―――2日前。
「ったく…人使いが荒ぇ〜組織だ…。 これっぽっちの金じゃギャンブルも酒も女も如何にもできゃ〜しねぇ〜。」
あばら家が乱立するスラム=ルインの舗装路を溜め息を吐きながらサングラスをかけた金髪の男が歩いていた。
「しっかしホントに誰も付けてねぇ〜んだな…。 ネオゼーレ首領、ネロ=アルゴン…なかなかに解っているようだな…。」
男が周りの気配を探り終え、本当に独りで仕事をやらされている事を確かめた。
男は再び周りを見渡すと視線を一つのビルで止めた。
クインテッド・コーポレーション。
麻薬漬けにしたこの街の労働力を使い麻薬を栽培し、その麻薬を世界中にばら撒く…。
そうして確実に利益を伸ばしていった組織、それがこのビルの持ち主である。
最も麻薬が如何とかはこの男には全く興味は無く仕事である、ただそれだけの事だ。
「此処が麻薬の大本か……丁度いい…まず此処だ…。」
男はツカツカと舗装路を靴で鳴らし、ビルの出口へと歩き出した。
「さ〜て…行きますか…。」
ポキポキと指を鳴らすとドアを開け中へと歩み行った。
「う〜ん10階建て……10秒ってとこだな……。」
男はニタリと一瞬笑うと黒色の輝きを放ち始める。
「さぁ〜て出陣だ…。 Speed!!」
ビュン!!
―_1秒_―
バシュッ!
不信人物を検分しに来た黒服の首と頭が男の手套によち綺麗に分かれ跳ね飛んだ。
と、同時に階段に向かい男が跳躍する。
―_2秒_―
ワラワラと集まってきた黒服達の頭を鮮やかに男が飛び越し丁度2階と1階の境目である踊り場へと着地する。
「刃波!!」
シュパッ!!
男が後方に右手を前方に左手を振ると、風切音と共に黒服達の五体が切り刻まれた。
「首と胴が無き別れ〜ってね。」
―_3秒_―
「そろそろ本気かなぁ〜!」
ギュルゥゥゥ!!!
男が呟きを放ち体を地に向かって若干沈めると一気に加速する。
コンクリートは男が通った跡を示すように綺麗に削られていく。
―_6秒_―
「あと2つ。 か〜余裕じゃねぇ〜かよ〜!」
男の姿は8階にあった。
男は加速したことを後悔しつつも一気に2階分を一発の跳躍で駆け上がった。
―_7秒_―
「10階を7秒かまあ普通だわな。」
男は溜め息を吐きながら前方にある社長室とプレートを掲げられた部屋へと押し入った。
スラム=ルッビス西端。
「あら、珍しいわね…。」
「今は世間話をしている暇はありません!」
「如何いうことかしら…?」
「此れを見れば解るでしょう…?」
と、カヲルが背に背負ったシンジに視線を移した。
「解ってるわよ…。 ベットに寝かせなさい。」
カヲルが促されて白いベットへとシンジの体を横たえる。
白衣の女性の体が白色の輝きを放ち手をシンジの心臓と千切れた手へと添える。
「Save!!」
プルゥゥ!!
ピタッ!!
ドックン! ドックン!! ドックン!!!
「流石はドクトル・アカギ…見事な手腕だね〜。」
「ふん…おだてるのは止しなさい。 で、一体どうしたのよ…シンジ君がここまでなるなんて…それに心臓止めたの貴方でしょう?」
カヲルがドクトル・アカギと呼んだ白衣の女性、赤木リツコはカヲルに問い掛ける。
「……シンジ君があっさり負けるとはね…まあ何者かは知らないけどシンジ君に聞けばハッキリするさ…。」
カヲルの全身が殺気を帯びる。
それもそうだ、とリツコは再びシンジの回復を試みる。
比較的エヴァに近い位置にあった者達は他の“user”に比べ圧倒的に能力が高かった。
故にそれらの者達は第二世代と呼ばれるが、 無論のことネルフに於ける技術部長であったリツコも第二世代 であり、他の“Save”の“user”とは比べ様も無いほど能力が高かった。
そうでなければ、こうも容易くシンジの腕を繋げ心臓を再び鼓動させられる筈も無かった…。
彼女はシンジとカヲルが唯一、『審判の刻』後も交流を持っていたネルフ関係者でもあり二人の事はある程度は理解していた。
だからこそシンジがカヲル以外に負けるなど有りはしないことだと思っていた。
が、シンジは片腕を千切られカヲルが仮死状態にしなければならない程にボロボロになってしまった。
リツコは早く知りたがっていた。
科学者の性質なのか探究心が働いたのだろう…。
その所為か彼女はいつもより力を込めて“word”を使っていた。
以上の理由でシンジは、ほんの5秒程でシンジは喋れるレベルまで回復した。
「信じられないわね…まさか土中に含まれるアルミニウムを再現して強引に周囲の空気中の酸素と急激に反応さるなんて…。」
空気から酸素が姿を消せば人間は酸素が無くては息が出来ないため死に至る…。
「俺とて信じられないさ…最強にして最弱の“c.l.-word”である“Shaman”の“user” …しかも“color”は見たことの無い虹色…おそらく俺より高位… 神降の器に間違いないだろう…。」
“c.l.-word”の『c.l.』は共通言語(common.language.)を意味し第一世代以外が使う “word”を指している。
多くの“word”が世界には存在するが“creater”つまり“user”を作り出す装置によって誕生する“user”の“word”は決まって世界共通語、英語である。
そんな“c.l.-word”中にあって最も弱いと同時に最も強いとされる“word”…それが“Shaman”である。
シンジはシヴァ=モーゼルの“color”が己でも到達していない虹色で有ったことを思い出した。
そこから“Shaman”を極めし者のみに許される称号『神降の器』であると推理したのである。
「ふむ…神降の器は物理法則すら操ると云うからね〜。」
カヲルが思い出したように呟く。
「シヴァ=モーゼルが盟主を務める組織…カタコンベか…調べてみる必要がありそうだな…。」
「そうだね…。」
シンジの言にカヲルが頷き二人が席を立つ。
「世話になったな。 支払いは?」
「いつもの口座に入れておいて。」
「分かった…じゃあな…。」
シンジとカヲルが部屋を後にした。
「カタコンベ……キリスト教徒が迫害を逃れるために利用した地下墓地の集会礼拝所…か…。」
――嵐は近い…。
―――スラム=ルイン、クインテッド・コーポレーション。
「き、貴様! 何者だ!!」
肥えた豚の様な社長らしき人物がお決まりのセリフを叫ぶ。
「うっせえオッサンだなぁ〜。 俺はしがないサラリーマンだっつってんだろう…。」
「こんな事をしてただでは……グゥエェ!!」
蛙の様な鳴き声をあげて社長らしき男の首が跳ね飛んだ。
「五月蝿せぇ〜なぁ〜。 こちとらネコ被りっ放しでな〜ストレス溜まってんだよ!」
ピクッ!
男の眉が僅かに動く。
「誰だぁ〜?」
と男は上を見上げる。
其処には体を真っ黒な、日本でいう忍者のような姿をしたものがいた。
「ハイ・スピード……コウ=ハモンだな………。」
「よ〜く俺の通り名、知ってんなぁ〜其の通りだぜぇ〜。」
「………ハイ・スピード……主……何故…ネオゼーレに加担する………。」
「其処まで知ってるわけ? う〜ん君何処の人?」
「………我……カタコンベ十二使徒……ゼベダイの子ヤコブ……コハク=ルメールなり………。」
「カタコンベねぇ〜あれか? 最近スラム=アーテクルにでっけえビル立てたとこか?」
「…………ハイ・スピード………主……侮り難し……生かす……得策ではない………。」
コハクの体が黒色の輝きを放つ。
「………Beast」
ギャリュウゥ! メキッメキッメキッ!!
コハクの右腕と右足に毛が渦巻くように生え揃い、更に五指の爪が鋭く突き出る様に伸びた。
同時に左腕と左足にも毛が発生し、禍々しく肉が隆起した。
さながらその様子は右半身がライオン、左腕半身がゴリラの様でもあった…。
「ほひょう〜取り込んだ動物を遺伝子変化により実体とする“Beast”かぁ〜。 早さも力も柔らかさもある…厄介だなぁ〜。」
「………行くぞ……………!」
ビュッ!!
コハクが野生の動物と見紛う程の跳躍で一気にコウとの距離を詰める。
ゴバッ!!
コウの両腕のガードを押しのけコハクの左腕の一撃がコウの胴の前と後ろを繋げた。
「ハイ・スピード………主……其の名……偽りなり………。」
ガバッ
「だ〜れがだぁ〜?」
突如、コハクの後方に現われたコウが両腕をコハクへと巻きつける。
バッ!
コハクがその手を払いのけ後方へ飛んだ。
「……主……その速さ……正に……ハイ・スピード……我……分…悪し……。」
バリィン!!
コハクはそう言うとビルの窓を割り其処から飛び降りた。
「お〜お〜此処10階だぜぇ〜。 …にしても、あの感触…女だなぁ〜。」
コウはそう言うと通信機を取り出した。
「はい。 クインテッド・カンパニー乗っ取りは完了致しました。」
一言だけ言うと直に通信を終了した。
「ネロ様……クインテッド制圧が終了した模様でございます…。」
「ふむ…元を押さえれば後は転がり落ちていくさ…っくっくっくっくっく…はーはっはっはっは!!!」
――こうしてスラム=ルインはネオゼーレの物となった…。
―― to be continued.