きょうじん ― 【兇刃】
人殺しのための刃物。
大辞林第二版より抜粋
[ // ]
8th Episode : キョウジンノ 詩
刃。
到底、刀などとは呼べはしないその刀身と幾重にも巻き付けられた黒き呪符、放つ力…。
その総てが正しくコレが刃だという事を物語っていた。
「傷が深すぎるわね…。 数日はかける必要があるわ…。」
リツコが溜め息を吐きつつ言う。
「……悪いが待ってはいられないんだ…頼めるかい?」
「ハァ…しょうがないわね…サクノ=ルツェイン…私が責任を持って預かるわ…。」
リツコがでも、と続ける。
「時間がかかると言っても2、3日くらいよ何故そんなに急ぐの?」
「…シヴァとの差は大きそうでね〜時間が惜しいんだよ…。」
「……そう。」
リツコがそう返すとカヲルは赤木医院を後にした…。
「それに……シンジ君がアレを出す以上は…僕も本気になる必要がある…。」
外でカヲルが呟いた…。
―――30分前。
シンジとカヲルはスラム=ルッビスの北寄りにあるシンジ邸に久しぶりに訪れていた。
「………カヲル……『不動明王』を覚えているか…?」
「…スラム=ウエストのかい?」
インド東部に位置する嘗てのカルカッタ…それが七大スラムの内の一つ、スラム=ウエストである。
二人は一時期、そこで生活をしていたことが在った。
「…ああ。 …俺があいつと死合った時に俺が使ったモノ……覚えているか?」
カヲルは一瞬目蓋を上下に開くと相槌をうった。
「………アレのことかい?」
「そうだ…アレを使う…。」
カヲルは再び目を大きく見開くと疑問を口にする。
「……でもアレは不動明王と死合った時にインド洋に沈んだ筈だろう…?」
「馬鹿を言うな…アレを何だと思っている…?」
「……確かに…アレは還元されたアレだねぇ…在る…のかい?」
シンジは薄い笑いを浮かべるとベットをズリズリと右に移動させた。
すると其処の壁には幾何学てきな模様が何重にも重ね描かれた匣がめり込んでいた…。
「成る程……聖櫃かい…?」
「コレを解き放たなければシヴァには勝てない…絶対にな……だからこそ俺は解くのさ……コレの封印をな…。」
バキッ!!
シンジが聖櫃、カヲルがそう呼んだ匣を右手で粉々に砕いた。
「これで後戻りは出来ない…これが俺の決意だ…。」
ルゴウゥゥゥ!!!
ソレの周りに禍々しいオーラが渦巻いている…少なくともカヲルはそう感じた…。
「行くぞ…初号機完全還元により世に降り立ちし…死を誘う禁断の剣…魔刃『紫鬼』よ……。」
軽く3メートルを超える刀身、そこに巻き付けられし黒き呪符を刻まれし布…太刀を超える太刀…正しく魔刃……。
「……一つ聞きたい……シンジ君、君はこれから何処へ向かうんだい……?」
「俺か…? 俺は北へ…東北へ行く……。」
「……そうかい……僕は南…九州へ行くつもりだよ……。」
二人は一瞬、互いの瞳を見つめると無言で真逆の方角へと歩みだした…。
――後、二人は出逢う…。
――北で…強さと…真実に……。
――南で…哀しさと…愛に……。
「……シヴァ様……。」
「何用だ……十二使徒…アンデレ……。」
「シヴァ様が左腕ノース・ガバナーが召集に応じません。」
「…ほう…奴がな……ならば……我が右腕……闇の皇……コクヤ=アーリマン…奴をお前が説得し向かわせるがよい……。」
「ハッ! アンデレの御名を冠せしシヴァ様が僕、エイク=ワンの名に賭けその任務、遂行さて頂きます!」
「サガよ……あくまで我に反逆し続けるつもりか………。」
――シヴァが小さく呟いた。
「コウ=ハモン、ただ今戻りました。」
「ハイ・スピード…なかなか見事な手際だったぞ…。」
「で、コレの方は?」
コウが右手の親指と人差し指で丸を形作る。
「金か……払うさ…必ずな。 だが…その前に一つ仕事をして貰う……デカイ仕事をな……。」
「…幾らくれる?」
「5億ドルでどうだ…?」
「いいでしょう……暫く貴方の飼い犬になりますよ……っふ…。」
「…まず手始めにレリウーリアを率い……」
ネロが言い切る前にコウが口を開く。
「あの狂犬どもを私が…? ご冗談でしょう…?」
「ふん…と言っても実質お前がてこずるの3人だろう…?」
「…買い被り過ぎですよ……あの3人……ティス、カズハ、ブルーム…奴等は一騎当千を超える…一騎当万ですよ…。」
ネロがニヤリと愉しそうに笑う。
「…一騎当万? それは貴様とて同じであろう…?」
「………金次第では…。」
「っくっくっくっく…だからお前はいいのだ…っふっふっふ…。」
ネロが再び笑う。
「奴等を率い…パラケルスス・ファクトリーを支配下に置け…。」
「パラケルスス……?」
「パラケルスス…遥か昔にホムンクルスを製造したとされる錬金術師の名だ……。」
「支配してどうなさるおつもりで?」
「随分と簡単な事を聞く……ホムンクルス…製造に成功したならば使わぬ手は無い…っくっくっくっく…。」
コウは少し痛くなった頭をトントンと手で軽く叩くと部屋を後にした。
「まずは…そうだなぁ〜荒ぶる鬼…ブルーム=スメラギ…奴から攻略するかねぇ〜。」
――コウが至極、軽く呟いた。
―――2016年。
シンジとカヲルは揃ってスラム=ウエストに居た。
理由はシンジの師が言った『美味い…いや、旨いカレーが食いたい!!』の一言にシンジがカヲルを誘った事が発端である。
「…師匠も人使いが荒い…。」
「……何故僕を付き合せたんだい…?」
「いや……カヲルがカレー好きだったのを思い出してな……。」
「……それで僕がこんな目に遭ってるのかい…。」
カヲルが溜め息を吐く。
遺跡。
俗に言う寺院の跡だが極最近になって発見された遺跡である。
インドは過去には国民の殆どがヒンドゥー教徒であった。
が、『審判の刻』によりイスラム教等も含めアレを食べるなコレを食べるなで生きていける世界では無くなってしまった。
だからこそ食べ物に制限がかかる宗教は廃れ、インドでは古代と同じく仏教が栄えていた。
その寺院はそんな仏教徒に取っては正しく聖域であり見ず知らずの物が入るのは当然の如く禁忌であった。
もちろんシンジとカヲルはそんな事は知るよしも無くうっかり其処に足を踏み入れてしまった。
「全く…何で僕が縛られなくてはいけないんだい…? 痕が付いたら責任は取ってもらうよ…。」
カヲルがシンジに向けて言う。
「……どうでもいいが流石にアレはただの寺院にしては大げさ過ぎないか…?」
アレとは二人の目の前に用意された斬首台、所謂ギロチンである。
贔屓目に見ても二人がアレにかけられるのは目に見えている。
「どう考えても大げさだ…ただ入っただけで殺されるのはな…。」
「つまり何かがあると…?」
「…そういう事だ…。」
二人は顔を見合わせニッと笑うと――
ブチッブチッブチッッ!
ブチッブチッブチッッ!
――縄を己の力で解き放った。
「……俺は右、カヲルは左…どうだ?」
「了解だよ。」
―――2分後。
「……成る程…何を呼ぶつもりかは知らんが……これは…かなりやばそうだ…。」
シンジの眼前には祭壇が拡がっていた。
それも麻薬と思われる香が炊かれ、何十人もの僧が念仏とも呪文とも取れる言葉を繰り返していた。
狂った様なその景色の中、シンジは焦りにも似たものを感じていた。
まさかと思うような巨大な波動が近づいてくる…そんな気がしてならなかったのだ…。
「(今すぐにでも祭壇の破壊は出来る……だが……この感情は何だ?! 期待感にも似たこの高揚感は?!)」
シンジは感じていた…。
恐怖を凌駕する強きモノとの闘いへの気の昂ぶりを…。
―――5分後。
カヲルは唸るような狂信者達の声に誘われてシンジと同じく祭壇へと辿り着いた。
「アレは……!?」
カヲルはゴクリと唾を飲み込み目を丸くした。
その視線の先には大輪の炎を背にし、右腕に利剣を握り締めた5メートルを軽く越すモノが浮いていた。
「…小僧……我を五大明王が長…不動明王と知っての狼藉か……?」
不動明王の眼前にはシンジが刀を構え立ちすくんでいた。
「…さあな…? そもそもそれ程高位の仏がこうも容易に呼び出せるのか…?」
「小僧…言葉が過ぎるぞ…。」
「……黙れよ!」
バッ!
シンジが不動明王へ向かい踏み込む。
同時にシンジの体が白色の輝きを放つ。
「 切 !! 」
ギャリュウゥゥ!
刀の先端から紅い鋭気が迸り、刀身をそのまま伸ばすように紅い刃が振りぬかれる。
「…温い……。」
ビキッッッッ!!
不動明王が右手を無造作に突き出しシンジの刃がいとも容易く砕かれる。
「(この力……まさか本物か…?! だが…だがな!!)」
シンジの体が強く煌き、闘気が溢れる。
「この地獄とも呼べる世界、それを救えもせずに神を気取るな!!」
ルゴウゥゥゥ!!!
バゴウゥゥゥン!!!
――禍々しき波動を放ちながら巨大なソレが天井を突き破り、砂埃と共に…突き刺さった……。
カヲルの膝は何時の間にかガクガクと震えていた。
床に突き刺さる、紫色の刃…柄に掘り込まれた鬼の紋様……。
カヲルが恐怖するその力の奔流…。
「……この…波動……初号機…なのか…?」
カヲルの目の前でシンジは導かれるようにソレを手にすると――
「オォォォォォォ!!!!」
――吼えた。
断!
カヲルは見た……シンジが手にした…魔刃『紫鬼』が…不動明王を真っ二つに切断するのを……。
――魔なる刃の覚醒……そして……再びの解放……それは闘いへの誓い……。
―― to be continued.