きょうしゃ ― 【強者】

         力や権力の強い者。

                  大辞林第二版より抜粋

 

 

 

 

 

11th Episode : キョウシャノ (ウタ)

 

written by HIDE

 

 

 

 

ホムンクルス

伝承に残される錬金術師によって造り出される小さな人造人間である。

その始祖はテオファラストス・ボンバストス・フォン・ホーエンハイム、通称パラケルススであると言われている。

彼の死により、その製法は闇へと消え去った…。

 

 

 

 

―――九州。


降りしきる雨の中でカヲルとマユミは駆けていた。

「カヲル様、カヲル様は先程工場にに用が有ると仰いました。」

「ああ。」

「用とは…何なのですか?」

マユミの問いにカヲルは一時の間押し黙り、静かに口を開いた。

「…昔の僕。 いや、僕と同一であって僕の半身…そんな存在を汚された……。 そう、ただの逆恨みさ…。」

ピカッ! ゴロゴロゴロッ!!

雷鳴を背にカヲルの顔が一瞬殺気を帯びた。

マユミは何も言えなくなり、ただカヲルの後をついて走った…。

 

 

 

―――3分後。


二人は巨大な円形の工場の前に立っていた。

「パラケルスス・ファクトリー……成る程、そう言う事かい…。」

掲げられた看板を目にしたカヲルが何かに納得する。

「えっ?」

サッパリ意味の掴めないマユミは思わず疑問の声をあげた。

「パラケルススとはね〜。 なかかな洒落た名前を付けるものだねぇ…ルネサンスも…。」

ザワッ

その瞬間、顔つきを変えずに殺気のみが膨れ上がったのをマユミは確かに感じた。

穏やかな顔から滲み出る憎悪、憤怒、それらの念が殺気となって辺りを覆った…。

「行こうか…。」

カヲルはそう言うと姿勢を低く保ち走り去った。

マユミが持った疑問に答えはなかったが、マユミはソレに気付いた…。

――カヲルが狂おしい程に怒っている事を…。

 

 

 

―――上空。


ブルームが座った姿勢のままでピクリと動いた。

同時に目を閉じていたコウがパッと両の瞳を開いた。

「ックックック、ハーハッハッハッハ!! 何だこの殺気は? ビンビンきやがるぜ! 血が騒いでしょうがねぇ!!」

「(戦闘狂め…。 ま、俺の方も血がざわついてるがなぁ〜)」

急にブルームが立ち上がる。

「もう待てねぇ。行かせて貰うぜ!!」

そう言うとヘリのドアをガバッと開き飛び降りる。

「ッチ!馬鹿が!!」

それを追う様にコウが飛び降りる。

 


ゴォォォゥ!!

空気の流れを切り裂くかの如くブルームとコウが雲を突き破り落下する。

「ブルーム! 勝手な行動は取るな!」

「フン! 何故待つ必要がある? どうせぶっ潰すんだ、関係ねぇんだよ!!」

「(……確かに妙だなぁ〜。 何故ネロは俺達を待たせたんだぁ〜?)」

コウが頭を捻る。

「(まあいい…如何とでもなるさぁ〜。)」

 

 

 

―――工場内。


入り口の警備員を殴り飛ばし、カヲルが少し奥まった位置にあるドアを勢いよく開けた。

すると其処には、円形の部屋の周りを囲む様に配置された多くのコンピューターが光を放っていた。

そして其の中央には、コンピュータから伸びた幾本もの束になったコードに繋がれたカプセルが爛々と光っている。

其の中では外見上は間違いなく人間と言い切れるモノが湛えられた液体の中で目を閉じ、深緑の髪を靡かせていた…。

 

カプセルの前に据えられたパネルをカタカタと操作する女は、確かにカヲルの知る女、マヤ=イブキであった。

マヤの姿を確認したカヲルの殺気が益々上がっていくのがマユミにも手にとるように分った。

――それ程の殺気の増大。

その殺気に反応する様にマヤがクルリとカヲルの方へと顔を向ける。

「あら…タブリス君…何の御用かしら?」

「マヤ=イブキ、貴方は如何やらドクトル・アカギ以上の天才の様だね〜。」

「光栄ねぇ…。」

マヤがニタリと笑う。

「まさかホムンクルスを、しかもこのサイズで完成させるとは恐れ入ったよ…。」

「……完成? まだコレは未完成よ…まだ、最後のテストが残っているもの…。」

そしてマヤがパネルを何度かタイプするとカプセルの中の液体が底へと抜け、カプセルが上へと上がっていった。

「そう、最後のテスト……。」

 

ウィィン

カプセルが完全に開け放たれ中に居たモノの瞳がパチリと開いた。

ゴウゴウと滾る様な燃え立つ瞳。

まるでそれは何かを渇望する様に光り輝く。

「……ママ…。」

薄い唇が開き、マヤに言葉が向けられる。

モドリー分かっているわね?アナタが何をするのか…?」

「分かってるよママ…壊せば…いいんでしょ…?」

「そうよ…アナタの性能をママに見せてちょうだい。」

「うん。 頑張るよ、ママ…。」

クルリとモドリーがカヲルの方をむきゆっくりと歩み寄って行く。

モドリーの体からはカプセルに満たされていた液体が滴り落つ。

カヲルはマユミに何かを耳打ちすると同じ様に歩み寄る。

 

――二人の視線が空中で交錯する。

 

ビュッ!

先に仕掛けたのはカヲルだった。

肩口から真っ直ぐに右拳がモドリーの頬を目掛けて放たれた。

バッ!

モドリーはそれを頭を後方へと移動させ容易く避ける。

が、その動きとほぼ同時にカヲルの体が浮き上がり左脚が飛び出した。

左脚が天に向かいギュンと伸びる。

ゴッ!

モドリーの右掌がそれを掴み取り、ニッと笑う。

――カヲルの額に汗が一筋流れ落ちる。

見切られている。

確かにカヲルはそう感じ取る。

一瞬の気の迷いもなく放った連続攻撃を笑いながら避けられ、受けられた…。

カヲルはこの瞬間、モドリーが並ではない事を悟った…。

 

カヲルが一旦、後方へと下がり間を置く。

そんな事にはお構いなくモドリーが瞬間的に距離を詰め、カヲルへ攻撃を仕掛ける。

パン!     パン!        パン!

        パン!      パン!

   パン!               パン!

呼吸を整える間も与えずモドリーが拳を打ち込み、カヲルはそれを全て手で打ち落とす。

超高速の拳の応酬が続く。



しかし、それも長くは続かなかった。


パン!     パン!        パン!

        パン!      ドゴゥ!

   バゴォウ!               パン!

徐々にモドリーのスピードが上がり、カヲルの処理が遅れ出す。

一瞬、ついに均衡が破れた。



ドドドドドドド!!!   ドドドドドドド!!!!!

      ドドドドドドド!!!   ドドドドドドド!!!!!

                  ドドドドドドド!!!   ドドドドドドド!!!!!

      ドドドドドドド!!!   ドドドドドドド!!!!!

ドドドドドドド!!!   ドドドドドドド!!!!!

      ドドドドドドド!!!   ドドドドドドド!!!!!

                  ドドドドドドド!!!   ドドドドドドド!!!!!



モドリーの目も眩む様な連打がカヲルを遂に襲った。

最早、常人では捉えられない回転の速さは、モドリーの腕すら見えなくしていた。

 

モドリーが攻撃をピタリと止め、笑顔を作る。

「ママ、終わったよ。」

ドサッ

カヲルがガクリと崩れ落ちた。

 

 

 

マユミは全力で走っていた。

「ルーの父さんを…見つけてくれ…そして『約束のモノを取りに来た。』と伝えてくれ…。」

カヲルは確かにマユミに向かってそう耳打ちした。

何処にいるかの見当は付いていた、入り口の近くにあった分かれ道を反対に行けばいいだけなのだ。

自分達が行った道には部屋は一つしかなかった、ならば当然、こっちに居るのだろうと簡単に結論に辿り着く。

分かれ道を反対に行くと、すぐさま眼前のドアを押し開く。

其処には無数のコードと機械、カプセルが蟻の様に集まっていた。

 

部屋の中の視線が全てマユミに注がれる。

マユミは見知った顔を探し、辺りをグルリと見渡す。

が、ルーの父、テラの姿は全く見当たらなかった。

「何か用か…嬢ちゃん。」

部屋の中の科学者らしき人物の中の一人がマユミに話し掛ける。

「テラさんは!?テラさんは何処ですか?!」

マユミの剣幕に男は一瞬ビクリとするが、テラの名前を聞いて顔色が変わった。

「…テラか…あいつは俺たちを此処から逃がそうとして地下の営倉に入れられてるよ…。」

「テラはよくやってくれたが…如何にもならんかった…。」

「助けたくても地下の営倉の近くには失敗作のキメラどもがウヨウヨいて、とても手がだせねぇ…。」

部屋の中の男が口々に言う。

「其処には如何いけばいいんですか…?」

マユミが静かな口調で問い掛ける。

「………嬢ちゃん…“user”だね…。」

「えっ!?」

「分かるよ…何か理由があるんだろう…? “color”が滲み出ている…。」

確かにマユミは恩のあるテラに対する仕打ちに怒り、ぼんやりと白色に輝いていた。

「此処を出て真っ直ぐ左に行けば階段がある。」

マユミはお辞儀をすると翻り走り出した。

「嬢ちゃん! キメラに遭ったら額を狙うんだ! そうすりゃ融解するぞぉ!!」

男が叫ぶと、マユミはもう一度お辞儀をして走り去った…。

 

 

 

ガクリと崩れ落ちたカヲルだが、意識はハッキリしていた。

ただモドリーの拳を受け続けた腕と掌はもう既に使い物にはならなかった。

もう格闘はおろか技を放つ事も出来ない。

だからこそ、倒れた。

僅かに残った一瞬のチャンスに賭ける為に。

その為の『死んだ振り』。

「(“word”発動と同時に放つ必要があるね〜。)」

今のモドリーならば雷する避ける、カヲルはそう確信していた。

それと同時に心中でざわめき立つ殺気を抑えるのに必死だった。

「(ホムンクルスだろうと何だろうとこんな異常な速さは絶対に得られない物だ…。 間違いなく『何か』を混ぜている…。 大体予想はつく……如何やらルネサンスは愚行を犯したようだね………殺したくて堪らないよ…。)」

 

 

――モドリーがカプセルに戻ろうとした瞬間、その一瞬は訪れた…。

――自分以外に注意が行く瞬間が。

 

 


ドゴォォォン!!

 



突如、天井が打ち破られ二人の男が工場へと侵入した。

天井の破片が飛び散り、二人の男が地面へ降り立つまでの僅かゼロコンマ何秒で……カヲルは行動を起こした。

(ライ) !!」

“word”を唱えた瞬間、カヲルは纏った全ての雷をその場で放った。


カヲルは賭けたのだ。

カプセルを満たしていた液体が電解質であることに。

 

その瞬間、床に拡がっていた液体を通し、モドリーに雷の鉄槌が降りた。


バチチバチバチ!!! バゴォ!!


モドリーはその場で火を放ち燃え始めた。

 

 

地に降り立ったコウとブルームはパシパシッと体に落ちた瓦礫を払うと、モドリーとマヤに目を向ける。

「おい!そこの女!」

意識が飛んでいたマヤがハッとその声に反応する。

「そいつがホムンクルスか?」

モドリーに視線をやる。

「……アナタ達は…誰?!」

「ネオゼーレ特別機動隊・レリウーリア所属、ブルーム=スメラギだ。」

「同じくコウ=ハモン。」

マヤはゼーレの単語に絶句した。

と、同時に突如現われたブルームとコウに恐怖を覚えた。

マヤはゴクリと唾を飲み込み、口を開いた。

「そうよ…その子が最強のホムンクルス、モドリーよ…。」

「何が最強だ! 燃えちまってるじゃねぇかよ!」

マヤがニヤリと笑う。

敵ともとれるネオゼーレに何故、事実を教えたか。

それは二人に対する恐怖ではなく『自信』。

モドリーならこの二人に勝てるという『自信』からだった。

「モドリー!!」

マヤがモドリーに向かって叫んだ瞬間、燃えていたモドリーはブルッと一度体を捩り火の粉を掻き散らした。

 

 

一方、カヲルは渾身の一撃で仕留めたと確信していたモドリーがほぼ無傷な事に驚きを隠せないでいた。

決まった。

そう思っていた筈の一撃はモドリーにとっては軽い一撃でしかなかった…。

カヲルはヒシヒシと感じていた…。

――己の無力さを……。

 

 

そして…


――己の弱さを……。

 

 

 

 

 

―― to be continued.