どうこく ― 【慟哭】  (名)スル

           悲しみのために、声をあげて激しく泣くこと。 哭慟。

                                 大辞林第二版より抜粋

 

 

 

 

 

12th Episode : ドウコクノ (ウタ)

 

written by HIDE

 

 

 

 

異形。

背から生えた羽根、二つに割れた顎、不気味な光沢を放つ四肢、そしてミラーボールの様な複眼。

マユミの目の前に立ちはだかるキメラの姿であった。

予想はしていたもの、マユミはその余りの気味の悪さにウッと唸る。

ブンブンと頭を振るうと前方に目標を定め駆け出した。

 

 

 

 

―――工場地下。


「ギュウォォォォ!!!」

「気持ちの悪い声をあげないで下さい!!」

眼前に迫り来る化け物に文句をつけると、ヒョイとその突進をかわす。

そして、待ってましたとばかりにマユミの体が白色の光を放つ。

「Deteriorate!!」

マユミの脚がグニャリと形を失い、ハンマーを形作る。

ブンッ! ベゴォ!!

化け物の眉間にハンマーがめり込むと、化け物の体が型を失い始め、徐々に溶け出す。

マユミは一瞬それを見つめると、再び前を向いて走り始めた。

 

「次から次に…多すぎです!!」

マユミは右腕を鞭に変質させて周りを薙ぎ払う。

と、マユミが急に苦痛の表情をとる。

「…グゥ。」

ポタリと脇腹から血が滴り落ち、マユミは悲鳴をあげる。

脇腹にはグサリとキメラの放った棘が刺さっていた…。

「あと5体ですか…辛いですね…。」

マユミの背の一部がグニャリと溶け、徐々に形を変えて行く。

「これで終わってください…とっておきです ……!白翼翔(しろのはばたき)!!

ギュンとマユミの背から翼が伸び、パキパキと羽が形を顕す。

発破(はっぱ)!!」

マユミの翼がバサッと一度羽ばたき、一際大きく展開される。

そして、次の瞬間―――

 

ビュビュビュビュビュビュビュビュビュビュ!!!

 

―――閃光の様に無数の羽が放たれ、キメラの額はおろか全身を貫いた。

 

融解していくキメラ達を尻目にマユミはやっと営倉の前まで辿り着いた。

無機質な黒塗りの扉をギッと開け、奥に(うずくま)る男を瞳に捉える。

ルーの父、テラである。

マユミはテラに駆け寄ると目に巻きつけてある布と手錠を外し床にポイッと放る。

解放されたテラは頭をニ、三度振るとマユミをじっと見つめた。

その姿を見て、マユミはハッとする。

「マユミか?」

「はい…私です…テラさん…。」

「そうか、助けに来てくれたのか。」

「はい…そうです…。」

ポタリと座り込んだテラの脚に水滴が落ちる。

「何だ? 泣いているのか?」

「………だって…テラさん…目が…目が…!」

「いいさ。 見えなくても感じることができる…。」

テラの顔には本来あるはずの瞳が存在していなかった。

「…テラさん…カヲル様がいらっしゃいました…そして『約束のモノを取りに来た。』と…。」

「そうか…。 カヲルが来たか…。」

スッとテラが天井に顔を向ける。

「私はここから出る事も出来ない…。 だから、マユミ、お前がカヲルに届けてくれ。」

途端、テラの体が黒色の光を帯びる。

「Memory……」

テラの手がマユミに触れた瞬間、テラの帯びていた光がマユミ移った。

「っふ。 ただ記憶を他人に渡せるだけの“word”…それがこんな時に役立つとは…。」

 

 

マユミが営倉を出てから5秒程たったときマユミの体から汗が吹き上がった。

やっと定着し始めたテラの記憶はマユミの体を震えさせた。

「(怖い…。 でも行かなくちゃ…。)」

――マユミは足を速める。

 

 

「マユミ…頼んだぞ…。」

テラが誰もいない空間で呟いた。

 

 

 

 

マユミは走った。

ただただ全力で走った。

工場から出るとアジトに向かい更にスピードを上げる。

 

 


―――アジト。


息を切らしながら、しかも一人で帰ってきたマユミにその場の視線が注がれる。

ルーがスッと一歩前に出ると口を開いた。

「マユミ……一体…」

どうしたの、と続けようとしたがマユミがそれを遮った。

「時間が無いんです! 説明は後でしますから通してください!」

そう言うと奥のテラの部屋の直ぐ前までツカツカと歩み寄り、電子ロックではない昔ながらの鍵穴に手を添えた。

そして“word”を唱えると鍵穴に合わせて手が形を取る。

ガチャッ

ドアを開けると板張りの床に手を掛け、力任せにバキリと板を剥がした。

すると、其処には(はこ)がめり込んでいた…。

紫鬼(しき)が収められていた(はこ)――カヲルが聖櫃(せいひつ)と 呼んだモノと同様にソレには幾何学的な模様が何重にも重ね描かれていた。

マユミはそれを両手でガシリと掴むと、一度ルーの方へと体を翻した。

「ルー様……貴女の気持ちは分かっているつもりです……ですが、私は行きます…!」

「マユミ…貴女…。」

「さようなら………。」

――マユミは直にルーの視界から消え去った。

 

 

 

カヲルの意識は飛びそうだった。

少なくとも勝機を伺っていた時と同等の余力は有った筈だ。

が、微かな希望も断たれ、己の無力を噛み締めるカヲルには、うな垂れるしか術は残っていなかった…。

霞がかる意識をギリギリで引き留めていたのは、マユミに頼んだモノの存在であった。

アレが有れば何とかなるという想いと、両手の使えない今の状況では何も出来ないという想い…。

相反する想いの葛藤を胸にカヲルは目の前の戦いを見守った。

 

状況は明らかであった。

一方が攻め、一方がひたすら守る。

カヲルとモドリーとの闘いと全く同じ構図が展開されていた。


最も、攻めているのはブルームで、守っているのはモドリーという違いはあったが。

 

「シャハハハハハハ!!!!ドラドラドラドラ!!!!」

「…………。」

ブルームの超速の突きを無言でモドリーが受け流していく。

「クハハハハハハ!!いいぞいいぞ、いいぞぉ〜!!!」

ブルームのスピードが一気に競り上がり、モドリーを襲った。

「………。」

バッ

今度はそれに付き合わずモドリーは後方に少し下がった。


モドリーは苛立っていた。

『歪んだ顔が気に入らない』と…。

同時にブルームの後ろで瓦礫に座り込むコウも同様の事を考えていた。

「(ッチ! 戦闘狂め…気持ち悪い事この上ねぇ〜。)」

事実、ブルームの顔は笑いで歪み、形容し難い程の気味の悪さに変貌していた。

 


「ママ…コイツ…嫌いだ…壊していい……?」

マヤの血走った目が上下に振られる。

モドリーが右腕をスッと前に伸ばし、肘を曲げ真っ直ぐ後ろへと引いて行く。

さらに体を低く落とし…跳んだ…。

 

バッッ!! ギャウゥゥ!!

 

跳躍と同時にモドリーが曲げていた腕を再び前へと突き出した。

「(そのタイミングと間合いじゃ〜この戦闘バカはやれねぇ〜なぁ〜。)」

「甘い! 俺様はその程度では殺れんぞ!!」

ブルームがサッと腕をガードに回す。

が、その瞬間、モドリーの腕の中程からズルリと円錐型の槍が飛び出し―――

 

 

貫!

 

 

―――ブルームの腹を貫いた。

 

「ゴボォォ!」

辺りにはブルームの肉片が四散し、口からは血が飛び散った。

しかし、ブルームの瞳は戦意を失っていなかった…。

それどころか喜びの色さえ湛えていた…。

 

「Ax!!」

 

グゥゥン!! ビュゴォォウ!!

 

刹那、斧へと形を変えたブルームの右腕がモドリーに振り下ろされた。

 

ブンッ! ガキィィン!!


――斧と槍が交錯し火花が飛ぶ。

「シャハハハハハ!!!」

ブルームが(わら)いながらガシリと己の紅い髪を掴み取り、

ブチブチブチッ!!

引き抜いた。

それをパラリと目の前に投げ捨てる。

ブンッ!ブン!!とモドリーが軽く右腕から生えた槍を振り、その髪を跳ね除けた。

「こんなの…意味無いよ……壊れちゃえ!!」

再びモドリーの槍が一直線にブルームを目指す。

その瞬間、ブルームが一際強く、黒色に輝いた…。

ズゴォ!!


 

 

 

―――廊下。


マユミは走っていた。

既に肩を上下に揺らし限界が近いのが見て取れる。

眼前に迫ったドアを開けた瞬間、マユミの眼は驚愕の色へと染まった。


其処には幾本もの斧に全身を貫かれた…モドリーがいた…。

 

 

貫かれたのはモドリーだった…。

モドリーの右腕に埋め込まれた槍がブルームに届くよりも早く、それは変わった。

ブルームの“word”――“Ax”によりブルームの髪の毛は全て斧へと姿を変えたのだ…。


「ヌハハハハハ!! “Ax”は俺様の細胞を持つモノ総てを斧へと変える! 場所、時に関わらず総てをな!!」

 

 

その光景を何処か遠い世界のように眺めていたマユミはハッとし、カヲルの方へと歩み寄って行く。

「カヲル様…無事…で御座いますか?」

「一応ね…。」

マユミが手に抱える(はこ)をカヲルの眼前に差し出した。

「テラ様からです…。」

「……もっと近くへ寄せてくれないか? 腕が逝かれててね〜。」

コクッと頷くと少しカヲルの方に寄る。


その瞬間、

「えっ?!」

とマユミが素っ頓狂な声をあげた。

マユミが自分の手を見ると(はこ)は既にマユミの手には無かった…。

 

カヲルはハッキリと見ていた。

(はこ)を攫って行ったのは……コウだった…。

“Speed”により一瞬で加速をつけ、サラリと(はこ)を奪っていった。

 

「これは渡せねぇなぁ〜。 明らかに起死回生のブツだろぉ〜? んなモン、第一世代(ファーストジェネレーション)に持たせるかよ。」

コウが右手でポンポンと空中に(はこ)を放りながら言う。

「欲しいなら取り返してみろ…って既にスッカラカンかぁ〜?」

バッ!

カヲルが止めろと言う少し前にマユミはコウに向かって跳ね飛んだ。

「Deteriorate!!」

マユミの脚がグニャリと形を失い、矛を形作る。

シュパ!

「遅い!」

ガッ!!

マユミの脚がコウに到達する前に、コウの右腕の一閃がマユミの鳩尾に突き刺さった。

「グゥ……。」

マユミは低く唸ると再び飛び出す。

「…遅い。」

ゴッ!!

コウの右腕がマユミの左肩を捉える。

「ウゥ……(とても…無理です…早すぎて動きが見えない……一瞬でも意識が削げれば…。)」

 

 

 

ブルームとモドリーは再び対峙していた。

「マジかよ……面白い…面白いぞ!! シャハハハハハ!!!」

「………痛かった…お前…許さない……。」

串刺しにされたモドリーの傷は見る見るうちに塞がって行った…。

「ママ……出してもいい……?」

マヤがコクリと頷く。

その顔は既におぞましいほどの笑顔で満たされていた…。

マヤの言葉を聞いたモドリーは左手を右腕へと―――

ズブッ

―――突き入れた。

モドリーの右腕からズルリと槍が全て取り出された。

長い円錐型の先端は蒼色に輝き、柄は鮮血を思わせる紅と鈍い銀に彩られていた…。

魔槍(まそう)渺茫(びょうぼう)……君もコイツをコワシタイダロ…?」

モドリーは取り出した槍を右手に持ち替えると。

ブルームを貫いた時と同様に体を落とした。

 

バッッ!! ズゴォォウ!!

 

跳躍と同時にモドリー蒼き槍が獰猛な一匹の獣の様に突き出された。

「甘い! 俺様の勝ちだ!!」

ブルームの黒色の輝きが一気に拡がりを見せ、ブルームは両腕をガバリと開いた。

「ムン!!」

掛け声と共にブルームの体から何十本もの斧が姿を見せる。

この瞬間、ブルームは勝利を確信した。 槍も、モドリーも、総ては隙間無く飛び出た斧に散ると…。


 

 

穿!

 

 

ベキベキベキ!! ズドォン!!



―――槍は斧を全て蹴散らし、ブルームを突き刺した…。

 

 

 

 

同時に、コウは反射的にブルームへ顔を向けた。

「(しまった!)」

時既に遅し…。

(はこ)は再びカヲルの元へと運ばれた。

コウは一度舌打ちすると、ブルームとモドリーの元へと走り寄った。

 

バキッ!!

(はこ)が砕かれた。

――マユミによって……。

「やめろ!! マユミちゃんじゃ耐えられない!! 喰われるぞ!!」

カヲルの声を聞き、マユミは一瞬微笑むと…(はこ)の中から顕れた双剣を手にとった……。

 

「分かってます…私では耐えられない事も…喰われてしまう事も……。」

マユミは淡く白い光を放ちながら徐々に形を失っていく…。

「Deteriorate……。」

マユミが双剣を砕けたカヲルの両手に合わせると、グッとカヲルの手を握る。

「まさか………僕に溶ける気なのかい……。」

コクリとマユミが頷く。

「カヲル様の手は使えない……でも…コレはカヲル様しか使えない……ならば……私がカヲル様の腕へと変わりましょう……。」

「やめてくれ……頼むからやめてくれ……“Deteriorate”の“user”が他の生命に溶ければ意識も…魂も熔けて戻れない…それは知っているだろう……。」

カヲルがブンブンと頭を振る。

「やめません……私はカヲル様に熔け…カヲル様になります……私は何時までも…何時までも……カヲル様と共に……。」

やめろ!! やめてくれ!!!

マユミが繋がれたカヲルの腕へと少しずつ貼りつき、少しずつ熔けていく…。

「カヲル様……私は……貴方を……」

全てが、マユミの総てが熔けていく…とけていく…トケテイク……。

「誰よりも……誰よりも……カヲル様……を……

 








 

――マユミの総てが熔け…カヲルの顔から…全てが消えた……。

 

 

「アァァァァァァ!!!」

 

 

血の慟哭と共に、カヲルは手にした双剣を振り上げた。

 

 

 

 

 

――パラケルスス・ファクトリーは消えた……。

 

 

 

 

―― to be continued.