ぎょうこう ― 【僥倖】 (名)スル
思いがけない幸運。幸運を待つこと。
大辞林第二版より抜粋
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13th Episode : ギョウコウノ詩
written by HIDE
+ Shinji Ikari --- 3rd children + Kaworu Nagisa --- 5th children |
「ハァー」
ディスプレイに表示される情報を眺め、リツコは深く溜め息を吐いた。
「状況は依然、変わらず。あの子達が、診療所に立ち寄ってから3ヶ月……短いようで長いわね」
カタカタとキーボードを叩く。
「ミサト、貴女の方はどう?」
リツコが振り返ると、ミサトが頭を振りながら答える。
「全く見えないわ。二人とも国内には居ないのかもしれないし、遮断系の“word”領域に居るのかもしれないし…」
ミサトが放っていた銀色の光――“user”の証である“color”が収まりを見せる。
同時にミサトは頭を少し傾け、低く唸った。
「あ゛〜頭痛い」
「“word”の使用過多ね。休んでおけば治るわよ」
「“Save”で治してくれてもいいじゃない…」
露骨にリツコは嫌な表情を形作る。
「徹夜で堪えてるんだから…無駄な労力、使わせないでよ」
「けっちぃわね」
所で、とリツコが続ける。
「ミサト、貴女の“Eye”だけど見通した先で、他の“word”の使用…出来る?」
「遠隔的に“word”を使うって事?」
「そういうことね」
むぅ…とミサトが唸って、頭を捻る。
「仮に出来たとして、どうなるの?」
「そうね。“Memory”と“Search”を貴女の千里眼と合わせれば…或いは彼らの行方を辿る事も可能…かもしれないわ」
再びミサトが唸る。
「……そもそも私が“Eye”を使ってる時に、どうやって他の“word”、見た先で使うのよ?」
「“Connection”の“user”に何とかさせるわ」
「“Connection”で“word”を4つ連結ってわけ?…無茶苦茶ね」
――無茶苦茶でも今はそれが絶対に必要なのよ。
リツコが呟いた。
――61日前、×月6日
昼下がり、リツコは診療所で惰眠を貪っていた。
いかに荒廃した世で、病院など無いに等しい環境であろうと、リツコの様に『治す』事の出来る“user”はゴマンと居る。
つまり、滅多に客は来ず、今もリツコは暇を持て余しているのだ。
ただ、第二世代である、リツコの“Save”に匹敵する 能力の高さを持つ“user”は滅多に居ない事も事実である。
なので、シンジ達の様に極稀に来る重傷を抱えた患者…そのお陰で生活が成り立っている。
デスクに伏すリツコの耳に、ガチャとドアの開く音が飛び込んだ。
その音に反応して、リツコの半分眠っていた体は一気に覚醒する。
「誰?」
ドアの方を向かずに言ったその問いかけに、訪問者が静かに答えた。
「私よ…。」
聞き慣れた声にリツコが素早く振り向くと、そこには見知った顔が真剣な表情を浮かべていた。
「ミサト………?どうしたの、突然?」
「話が…あるわ」
「話?」
コクリとミサトが頷く。
「まぁ、座りなさい」
そう言ってリツコが椅子を指さすと、ミサトはそこに腰掛け、話を始めた。
「ネルフが危ないわ」
「随分といきなりね。どういうことなの?」
訝しげに、リツコが眉を眉間へ寄せる。
「200体のタイプ14…ゼルエルのネルフ襲来…知ってるわよね?」
「勿論、知ってるわ。同じスラム=ルッビス内のことだし…何より、シンジ君と渚君がその直ぐ後にここに来たもの」
そう言って、ライターでタバコに火を入れる。
プハァーと煙を吐き出しながらリツコは続ける。
「大方想像はついてるわ。MAGIの能力は審判の時以来、 大幅に衰えたもののスラム=ルッビス内のことくらい全て監視の目が走っている……それで、知ったのでしょう?」
「何をよ?」
リツコがフフと笑い、白煙をミサトの顔目掛けて吐き出す。
「ケホッケホッ……煙ったいわねぇ!何よ?!」
「分かってるくせに」
途端、ミサトが顔を下に向けた。
「そうよ…その通りよ…。『ルネサンス』『カタコンベ』……それに昨日、『ネオゼーレ』から司令宛に通信があったわ」
「………『ネオゼーレ』は初耳ね」
「『我、ネオゼーレ首領…サクサー・オブ・ゼーレ、ネロ=アルゴンなり』ってね」
「『サクサー・オブ・ゼーレ』…ゼーレの後継者、ね」
タバコを灰皿にグシャリと押し付け、リツコはうって変わって真剣な表情となる。
「あのガキ…ネルフに宣戦布告してきやがったわ…『屠ってくれよう…』って自信満々で言ってのけたわ」
ミサトの握った拳がプルプルと震える。
「ルネサスもネオゼーレもネルフと事を構える気よ?……悔しいけど、ネルフで集められる“user”は40人程度が限界…ってとこね」
「嫌よ?」
「っえ?」
リツコの突然の言葉に、ミサトが疑問の声を漏らした。
「ネルフには戻るのは嫌、そう言ってるのよ」
「そう言うと…思ってたわ」
でも、とミサトが語気を強めて続ける。
「“creater”が狙われてる…って言ったら?」
リツコの表情が一気に変化し、ミサトを見据える。
リツコとて“user”を造り上げる唯一の物、“creater”の希少価値は分かっていた。
が、狙われるとは夢にも思ってはいなかったのだ。
“creater”を、ネルフから移動させる事が、困難であることが一つ。
多くの第二世代を抱え、高度なセキュリティーを誇るネルフへ侵入する事は、困難であることが一つ。
何より、何も知らない人間が手を出していいものではない事が一つ、だ。
「…どういう…ことよ…?」
「私の“Eye”の遠視能力で、ルネサンスは九州でホムンクルスを生産、カタコンベは北陸で使徒を生産してる像を捉えたわ…」
「………分かったわ。ネルフに協力しようじゃないの…」
ルネサンス、カタコンベの両組織は兵力を高め“creater”をネルフから奪うのでなく、ネルフを“creater”ごと奪うつもりだ。
――暗にミサトはそう言ったのだ。
――54日前、×月13日。
「まず一つ分かっている事があるわ」
会議の席にてリツコが、そう切り出す。
「ミサト、貴女の“Eye”で九州と北陸を遠視した、そう言ったわよね?」
「ええ、言ったわ」
「でも、ルネサンスもカタコンベも本拠地は見えない…そうでしょ?」
「確かに見えないわよ?でも、それはただ単に、私の遠視の限界が国内ってだけでしょ? 実際、カタコンベの本拠地は、スラム=アーテクルに有るってことは全世界共通認識なんだし…」
既に、七大スラムを始めとする全世界中のスラムには、ネオゼーレがスラム=ルインを得、カタコンベがスラム=アーテクルを本拠地 としている事は、伝わっていた。
「それが、おかしいのよ。両組織、共にそれを隠そうともしていないし、そんな素振りも無い。でも…本当の根幹である、カタコンベの 本拠地は、世界一複雑な構造のアーテクルの何処にあるのか?って事はサッパリ伝わってこないし、ルネサンスが海外に本拠地を置くとは思えないのに、貴女は 捉えられない…」
「つまり如何いうことよ?」
「隠す事が出来る事を、隠してないってことよ」
「………わざと見せてるってこと?」
「そいうことね」
会議に出席し、口を開かずにいる面々全てが息を飲んだ。
「兵力増強を見せて、攻めるぞ!って意思を伝えてるってとこね?上等じゃない…」
大人しく聞いていたアスカが、口を開く。
「余裕って事、なのね?……気に入らないわ…」
次いで、レイが口を開いた。
「近いうちに来るわね……。そこでまずセキュリティーの強化、そして、“user”の徹底的な能力の引き上げが、当面の課題ね」
そう言って、リツコはアスカとレイを眺めた。
その視線に、ギリッとアスカが歯を軋ませる。
「分かってるわよ……私とレイの“color”は黄色。第一世代だろうと 何だろうと、このままじゃ役立たずだって事は…」
“user”の力量を示す“color”は、最も低くて青色、緑・黄・橙・赤・黒・白・銀・金・虹の順で高くなる。
つまり、アスカとレイは能力的に稀有であり特殊でも、全くと言っていいほどに、実力が伴っていないのだ。
「分かっているなら…強くなりなさい。最低で一週間につき“color”を1つ、これが目標よ」
それに、と続ける。
「シンジ君、そして渚君、鈴原君の“color”…知ってるの?」
「どういう意味よ…?」
「シンジ君も渚君も“up”を経ているにも関わらず、金色。鈴原君は銀色…。同じ期間、“user”であったにも関わらずこの開き…」
再びアスカが歯を軋ませる。
“word”自体が『変わる』“up”を経験する、ということは“color”が一度リセットされることと、同義であるのだ。
同じだけの時間を持ちながら、シンジとカヲルは遥か遠いレベルにある…アスカにとって、これは屈辱でしかない。
「…分かってる、分かってるわよ!」
そう言いながらアスカが、その場で立ち上がった。
「これ以上、此処に居ても私には関係の無い話だけ…私がやらなくちゃいけない事は、今は……一つだけだもの。だから、行くわ」
「アスカ、私も…行くわ」
レイも次いで、部屋を後にした。
「あれだけの自覚があれば、何とかなりそうね」
「そうね…」
ミサトの呟きにリツコが返事を返す。
「所で、その鈴原君だけど…どうなの?」
「問題は無いかしらね。ただ、下半身が思わしくない状態ね…あまりにも細胞が死にすぎて“Save”の力もいまいち効き目が薄いわ」
「効きが薄いって言っても、効いてはいるんでしょ?」
「一応ね。大体、あと三日もあれば何とかなる、かしら?」
セキュリティーの強化案、さらに“user”の強化案についての綿密な話し合いの後、会議は幕を閉じた。
――33日前、〇月3日。
「司令、通信が入りました………カ、カタコンベからです!」
突如として、会議中に飛び込んだその言葉は、緊張を一気に高めるには充分だった。
「繋げ」
ゲンドウが静かに、そう呟いた。
「貴様が…ネルフ司令、碇ゲンドウか…?」
眼前のモニターに、隻眼の男が映し出される。
「いかにも、ネルフ総司令、碇ゲンドウだ」
「我がカタコンベ盟主、シヴァ=モーゼルだ」
シヴァはニタリと笑うと、言葉を続けた。
「明日、正午……十二使徒三名とタイプ5一体にて……ネルフを…裂く……剣を砥いで…待っていろ……」
途端、ブツリと通信が途切れる。
「発信源は?」
「特定できません…」
リツコが素早く聞くが、予想通りの答えが返る。
分かりきっていた事だが、リツコは深く溜め息を吐く。
「ミサト、信じられる?」
「信じられない…わね。でも、私の“Eye”は…嘘は無い、そう告げているわ…」
自分の“word”を過信しているわけではないが、今まで多くの人間を“Eye”を通して見て来た。
その多くの経験の上の絶対の確信が、ミサトにそう告げるのだ。
「それで…三人はどうなの?」
沈黙を振り払うように、今まで黙していたユイが問う。
三人、とはネルフにおける第一世代の三人―― アスカ、レイ、トウジを指している。
「アスカ、レイの二人はノルマである黒色の一つ上…白色の“color”を得ました…」
「鈴原君はケガが完治、“word”を使う事には何の支障もありません」
ミサトとリツコが堂々と答える。
事実、アスカとレイの努力は凄まじく、能力の向上も目を見張るものであった。
――そして、時は来る。
――32日前、〇月4日。
―― to be continued.