はいしん ― 【背信】
信頼を裏切ること。信義にそむくこと。裏切り。
大辞林第二版より抜粋
[ // ]
15th Episode : ハイシンノ詩
written by HIDE
親友。
口に出さずとも、互いにそう思っていた筈だ。
審判の刻の混乱により、互いの居場所を知る術は無くなっても、トウジはそう思っていた。
それでも、今、トウジの目の前に居るケンスケは敵として現われた。
――32日前、〇月4日。
――第壱中学、体育館。
「………何で俺が此処に居るのかって顔だな?」
ケンスケがクィと眼鏡を上げる。
「……どういうこと…や?」
「何がだよ?」
「おのれが…敵として此処におるんは、どういことや!」
トウジの語気が少し荒くなる。
苛立ち、というより信じられない事態に対する恐怖に近かった。
「…さあな。ただ…一つハッキリしてるのは、今俺達がすべき事は再会を懐かしむ事でも、思い出話をすることでもない…殺しあう事。 そうだろ?」
ケンスケの言葉にトウジは頭を抱え、床を見据え、混乱する。
「(何や…何なんや!一体…どういうことなんや!何で…何でケンスケが此処におる?何で殺し合いなんかせんと、いかんのや?)」
混乱するトウジを眺めながら、ケンスケは薄く笑う。
「…フッ、まあいいさ…。こっちから、行くまでだ。」
「なっ!」
その言葉にトウジがケンスケの方へと視線を移すが、既にケンスケの姿は消えていた。
途端、トウジは背後から風を感じる。
実際の風ではなく、殺気の篭った感覚的な風をだ。
ジトリと汗が滲み、トウジは素早く後方へと体を翻す。
ズゴッ!
体を翻したトウジの、顔にピタリと合わせる様に拳が一直線に向かって来た。
「ぬおぅ!」
バッ! ガシィ!
顔に当たるギリギリの所でその拳を受け止める。
紙一重、といったところだ。
ケンスケのものと思われる拳に、トウジは微妙な表情を作る。
黒い扉から腕だけ飛び出した姿では、ケンスケの顔は勿論捉えられない。
バッ! バッ! バッ! バッ!
トウジの周りに無数の扉が現われ、一気に開く。
同時に、拳やら蹴りやらが乱れ飛んでくる。
「圧!!」
ギニュゥ!
トウジの“word”――“圧”が周囲の重力を捻じ曲げる。
向かってきた拳と脚は、歪められた重力に流され、あらぬ方向へと向かった。
「へぇ……これがトウジの“圧”か……流石に“l.l.-word”だけあって……痛いな」
再び、トウジの目の前にケンスケが姿を現す。
ケンスケの視線の先には、高圧によって本来なら曲がらない向きへと曲がった、己の腕があった。
「“c.l.-word”と“l.l.-word”……こうも違いがあるとはね…。“Gravity”の重力操作じゃこうはいかない…」
事実、第一世代以外が使用する“word”――“c.l.-word” の中で、トウジの“圧”と似たような力を“Gravity”は発揮する。
その力とは周囲の重力操作に他ならない。
第一世代が使用する“word”―― “l.l.-word”は『l.l.』が指し示す限定言語(limited.language.)の意味の通り、世界共通語である英語に対する、限定された言語――漢字である。
限定、とつくだけの能力の差を、ケンスケは自らの体で感じ取ったのだ。
「それでも…これでもう一つハッキリした」
そう言いながら、ツカツカと靴で音を立てトウジに接近する。
そのケンスケの行動に、再びトウジは焦りを感じる。
何故、どうして、と。
未だ、トウジにはケンスケと闘う理由は、見つからなかった。
『敵として現われた』、という理由だけでは足りなかった。
それでも、トウジは死を避けるためケンスケの接近に身を強張らせる。
「……俺はトウジに負けない、という事がだ」
言葉を続けると共に、ケンスケの体が黄金の光を放ち始める。
「Gate!」
ブォン!
「…な、なんちゅう…デカさや!」
現われた黒い扉は、トウジが目にしてきた、どんな“Gate”による扉より巨大であった。
その全長、およそ10メートル。
半壊していた体育館の天井は、軽くブチ破られた。
「トウジ、お前に一つイイことを教えてやるよ。“Gate”の“user”は“color”によって繋げられる空間の距離、扉の大きさ…その他諸々が 決定される。第三世代の どんな“Gate”の“user”だろうと、第二世代の 上位に位置する、俺と同じ大きさの扉は作れない。俺と同じ距離は繋げられない。断言してもいい……俺が“Gate”の“user”としては ナンバー1だ!」
言い終えると同時に、ケンスケがブンと片腕を振り上げると、音も立てずに扉が開く。
そして、扉から赤い迸りが現われる。
溶岩だ。
溶岩は扉から1ミリたりとも飛び出ず、まるで合図を待つように、ピタリと止まっていた。
「地下約3000キロメートルへと空間を繋げた………なかなかの距離だろう?……ふん、でもな、俺の限界はこんなもんじゃないぜ?」
ニタリとケンスケは笑い、腕を振り上げる。
同時に、同じ大きさの扉が現われ、開く。
扉の奥に見えたのは、暗黒の世界と巨大な金属だった。
溶岩と同じく、その燃え盛る鉄の塊は、ピタリと止まっている。
「スペースデブリってやつだな……受け切れるか?」
底が見えん!――そう心中で叫びながら、トウジは身構えた。
――第壱中学、屋上。
強い風の中、黒と赤の髪がなびいている。
定まらずバラバラに風に流される赤い髪が、突如、急加速により一方向へと流れた。
矢のように弾け飛んだ赤い髪の持ち主、アスカは一気に跳躍する。
その動きに呼応する様に、黒い髪の持ち主、ビイは体を縮めると大きく跳ねた。
空中で一瞬、二人の視線が交錯し、アスカの体が光を放つ。
一方、ビイは輝くアスカを静かに睨めつけ、動かない。
「爆!!」
アスカの“爆”の発動。
それは一瞬にして、熱エネルギーをアスカの右腕へと収束させた。
膨大な熱エネルギーは繭のように丸まり、周囲に陽炎を生み出す。
アスカは、熱エネルギーのボールを無造作にビイへと向けて、打ち出した。
ゴゥ!
既に着地していたビイにとって、ほぼ真上から放たれたボールを避けることは、容易だった。
ビイは軽く1、2度バックステップすると、3度目には大きく後ろへ跳ね飛んだ。
丁度、屋上の端へと着地する。
バゴォン!
その瞬間、ビイを轟音、そして爆風が襲った。
屋上のほぼ中心に、抉り取られた様な跡が残り、抉られたコンクリートが巻き上がる。
砕けて飛んでくるコンクリートを払いのけながら、ビイは爆心地へと目を向けた。
そこには粉塵を真ん中から切り裂いて進む、赤い影が在った。
ブォ!
刹那、目の前の煙が裂け、アスカの顔が眼前へと踊り出る。
しなる様にビイの左腕へと向かう、掌と共にだ。
驚くべきアスカの早業にビイは目を奪われつつ、アスカの掌が内包する熱エネルギーを敏感に感じ取る。
が、それを感知した時には、既にアスカの掌が左腕に接触していた。
ドゴォン!
その瞬間、アスカの掌に込められた熱エネルギーが、ビイの左腕で爆発を巻き起こす。
閃光と嫌な音。
ビイの視界は閃光に埋められ、耳には肉の爆ぜ音が残った。
ブスブスと湯気を上げる己の左腕を一瞥し、ビイは視界を走らせる。
「アンタ、舐めてるわけ?」
ビイの視界の先、朽ちた貯水タンクの上から、アスカの声が響いた。
「どういうことです?」
サッパリ、わけが分からない様子でビイが答える。
「まさか、“non-user”って事はないでしょ?」
「つまり、“word”を使わない事が不満。そういうことですか?」
「そういうことよ」
ビイが、僅かに口の両端を吊り上げる。
「……そんなに、死にたいんですか?」
笑み、というより狂気を顔に貼り付けたビイに、アスカは少し顔をしかめる。
ビイは表情を崩すと、貯水タンクに向けて歩き出す。
足を進めるビイの体から、ジワリジワリと光が滲み出る。
虹色。
それがビイから漏れる光の色――“color”だ。
七色の光を目の当たりにし、アスカの瞳は動揺に揺れる。
最高位の“color”を有するだけあって、相当の実力者であることは間違いない。
だが、アスカの動揺の元は其処ではなかった。
ビイの“color”がドクリドクリと脈打つ様に、少しずつ広がっている事が原因であった。
ドックン…ドックン…ドックン…………。
その脈動がピタリと収まり、一気に爆発する。
ドックン!
ビイを中心とし、溢れるように光が弾け飛んだ。
同時に、ビイもが弾け飛ぶようにアスカへと飛び掛かる。
「此処からが、本当の恐怖ですよ………恐れ、泣き叫べ!」
――ビイの殺気が凶風となって、アスカを撫でた。
――第壱中学、廊下。
レイの体は切りつけられ、無数の痣と傷が刻まれていた。
だが、レイの瞳から闘志は消えることは無く、コハクを貫く。
コハクはその視線を、軽く受け流すと、前傾姿勢を取る。
「また……それなの?……芸が無いのね」
その姿勢を受け、レイが小馬鹿にしたように言い放つ。
「………主……その言……我が……技……見切り…得てから…言うべし…」
ボコボコと脈動する筋肉。
獣を象徴する剛毛。
そして、鋭い爪。
それら全てを、コハクは発現させた。
右腕の筋肉は、黒装束を引き破り、剛毛がそれを覆った。
左腕の爪が太く強靭な、人殺しのための兇器となる。
前傾姿勢から強く足を蹴りだすコハク。
無駄の存在しない、足の筋肉が唸りを上げ、疾風の如き速さを引き起こした。
そのまま、レイに接近し攻撃する。
爪で、あるいは拳で。
それが今まで、レイが受けた傷の全てだ。
幾度となく繰り返される、獣の様な連撃に翻弄された……ように見えていた。
少なくともコハクにとっては。
が、レイにとっては違う。
避けられない訳でなかった。
むしろ、容易に避けられた。
トウジの“圧”を利用しての高重力トレーニング…その成果である。
向かってくる白い爪。
それを今度こそ、本気でレイはかわす。
やはり、とレイはそう思い、心の中で続ける。
「(私の方が……速い…)」
レイの疑惑は確信へと変わり、そして、その事実は自信へと変わった。
今まで抑えていたスピードの全てを、レイは解放する。
ブゥン! バキィ!
思い切り振りぬいた右拳は、コハクの頬へと陥没した。
コハクは脳の揺らぎに一瞬、動きが止まる。
それを待っていたかのように、二撃目を逆の頬へと放つ。
ブォ! ベコォ!
衝撃に、コハクの小さいな体が宙に舞う。
しかし、空中で姿勢を入れ替えると柔らかに着地する。
しなやかな、獣。
まさに、そう形容するに相応しい動きだ。
「………主……その速さ……上々なり……故に……我……」
最後の言葉を言い終える前に、コハクが駆けた。
レイの背後に回ると、左足を蹴り上げる。
「…遅い…!」
しかし、レイの速さはそれを捉える。
「………甘し……!」
「なっ!」
ビュギョ!
蹴り上げたコハクの左足から、新たに獣の腕が、丁度、脛の辺りからニョキと生え現われた。
足から飛び出た腕。
見たことの無い造型に、レイは一瞬戸惑い、それが命取りとなる。
「クッ……ガハァ……」
防御は間に合わず、腹にめり込んだ一撃は、レイの口から血を吐き出させた。
足の加速と飛び出た腕の加速。
それらが強大な威力を生み出し、内臓を傷つける。
同時に、コハク自身の右腕がレイの右胸辺りに突き刺さり体を浮かせた。
「……っ…アガァ!」
1メートル程先へと飛ぶレイ。
「……主……確かに…我より……速し……。が……それでも……我…主より……強し…」
レイはコハクの言葉をどこか、遠くからの言葉のように、聞いていた。
――大森林。
「…あった!…っえ?!」
ミサトの呟き。
ラミエルのコアを見つけたのだ。
しかし、ミサトは疑問の表情を崩さない。
「………サクノ=ルツェイン」
コアとおぼしき球体、それを抱えていたのは、タイプ17――タブリスとゲンドウが呼んだ少女である。
ミサトは思考を走らせた。
「(彼女はルネサンスによってネルフ内に極秘に監禁。それを渚君が助け出し、リツコの所で治療……その後は……その後は如何したの?!)」
ミサトがリツコの元へ訪れた時は、確かに居なかった。
「(……味方、と思ってもいいの?)」
自分の考えに、自分で違うとダメだしする。
いくら冬月によって隠されていたとはいえ、彼女はネルフ内でボロボロの傷を負ったのだ。
憎まれて当然だ、と。
「それでも、コアはあそこにある…」
だから、行かなくてはダメだ、とミサトは自分を奮い立たせた。
「あの子の所まで、行って…」
自分を抱え飛んでいる“Fly”の“user”に指示を飛ばす。
――ミサトの体と心は震えた。
―― to be continued.