あんしょう ― 【暗礁】

    水面下に隠れていて見えない岩。
    思わぬ障害にぶつかり、事がうまく進行しなくなる。

                             大辞林第二版より抜粋

 

 

 

 

 

16th Episode : アンショウノ(ウタ)

 

written by HIDE

 

 

 

 

言葉。

――強いヤツが負けないなんて…どうして言える?

そう言ったのは、誰だったか。

――弱いヤツが勝てないなんて…どうして言える?

そう言ったのは、誰だったか。

 

 

 

――32日前、〇月4日。

――第壱中学、体育館。


ケンスケはその言葉を頭の隅に追いやると、黒い扉の向こうに留まったモノを解放した。

高温が爆発する、溶岩。

纏った炎が唸りをあげる、スペースデブリ。

圧倒的、かつ強大な、二つの塊。


トウジは前方に“圧”の力を最大限に行使する。

強力な重力を黒い扉――押し戻す方向――に向けて展開した。

拮抗する重力と巨大な2つの塊。

「(一瞬も……気が抜けん!気ぃ抜いたら…まず、殺られるわい…!)…………ケンスケ…」

最後の呟きだけが、その場に虚しく響く。

「……トウジ、満足か?」

「何やと?!」

脈絡のない言葉に、驚く。

「お前は、それで満足なのか?」

「(何や…?満足?それで満足?何がや?何や……何や…分からん……何が…なんだか…分からん…)」

ッフとケンスケは鼻で笑い、続ける。

「理由も無く殺し合って、俺の攻撃を止めた気になって…満足か、と言ってるんだよ」

トウジは益々、わけの分からない顔でうろたえた。

一瞬、ケンスケは考えるような素振りを見せ、言う。

「…お前、もう……大人しく…消えてくれ…」

なっ!とトウジの口が形作った所で、ケンスケが腕を勢いよく振り上げた。

その動きにトウジは体を強張らせる。

ケンスケが扉を出現させる時、決まって手を振り上げていたからだ。


連続する連結(コンティニューコネクション)!!」


結!


「な、何やと!」

トウジが創った圧力の壁と、2つ塊の間にもう一つ扉が現われ、更にトウジの真上にもう一つ扉が現われる。

2つの塊は現われた扉に吸い込まれ、トウジの真上の扉から現われた。

「(ま、間にあわん!)」

トウジが、圧力の向きを変えようとするが間に合わない。

そして、トウジに溶岩とスペースデブリが降り注いだ。

 

 

 

――第壱中学、屋上。


「グハァ!……カッ…グゥ…」

辺りにアスカのうめきが響いた。

ビイの拳がアスカの鳩尾を捉え、深くめり込んでいる。

いや、めり込むというよりクレーターの様に…陥没していた。

その上、アスカの体はビイの腕を支えに宙へと浮き上がっていた。

「脆い…ですねぇ?」

ビイは楽しげに笑うと、後方に飛ぶ。

と、同時にその場でアスカが崩れ落ちる。

「死にました、か?」

明確にアスカに向けていないような、そんな問いに、アスカは力なく答える。

「……ピンピンしてるわよ…!」

「強がりを…」

正しかった。

強がりだった。

内臓はズタズタになっている事は、アスカも自覚していた。

更に、この先どうなるかも。

――これはヤバイ、と。このままでは、長く持たない、と。

事実、アスカの内臓は危険な状態にあった。

「……早いとこ、決着…つけなきゃ…!」

ユラリと体を起こすアスカ。

「決着?つけるまでもなく……『今の』アナタなら分かっていると思いますが?」

その通りだ。

とアスカは心の中で呟く。

なまじ強くなってしまった為に、実力の差がハッキリと分かってしまったのだ。

弱いまま(むかし)なら、力の差がありすぎて分からなかっただろう…。

だが、今では力の差が感じられるほどには強くなってしまった。

そんなアスカの思考を知ってか知らずか、ビイがニタリと嫌らしい笑みを浮かべ、言葉を放つ。

「………強くならなければ、知らなくて済んだのに、力の差に絶望せずに済んだのに……なんて、思ってますか?」

更に口の端を吊り上げ、続けた。

「ックックック……ププッ…ギャハハハハハハ!弱いままならよかったなのにな!何も考えずに死ねたのにな!ガキが調子に乗るからこうなるんだよ! ギャハハハハハ!何が第一世代(ファーストジェネレーション)だ!何がセカンドチルドレン だ!キサマなんかただの弱っちいバカな勘違いをしたガキなんだよ!自分は強いって勘違いをな!アッハッハッハッハッハッハッハ!」

笑いが収まらないのか、壊れた機械のように笑い続ける。

「……………わよ」

アスカがポツリと何かを言うが、ビイの笑いにかき消される。

「………んじゃ……わよ」

ビイはやっと聞こえた様子で聞き返す。

「あん?何だってガキィ?」

「勝手に決め付けるんじゃないわよ!」

何をだ、という顔でビイがアスカの顔を見た。

「悔しいけど……皆、皆…私よりも強いわ…」

アスカの浮かべた皆の中には、シンジやカヲル…ビイの姿が在った。


「それでもただの一瞬だって…弱くていいなんて思った事なんかない!」


言い終えると共に、バッと跳ぶ。

アスカは空中で、痛みを訴える内蔵を気にもせずに、体を派手に縮めると熱エネルギーを両手に一気にかき集める。


「それでもキサマは弱い!」


負けずにビイが声を張り上げ、跳ぶ。

そして、すかさず空中でアスカの脇腹へと拳を叩き込んだ。


「Shock!!」


同時に、ビイの“word”が解放され――


ドォン!!


――まさしく、『衝撃』が辺りに響いた。

 

 

 

――第壱中学、廊下。


焦燥。

それが適切だろう。

レイには、コハクの身体が理解できなかったのだ。

使徒や合成生物、多くの異形を見てもレイは動じない。

それは事実。

が、コハクは違っていた。

中途半端に、オゾマシイのだ。

有り得ない部位――両足――からゴリラの様な双腕が伸びている。

更に、右肘からライオンの物と思われる牙が張り出し、左肩からは力強いワニの様な尾。

まるで、子供がつくった奇妙なオブジェの様な造型に、レイは軽い戸惑いを覚えた。


「……我が……“Beast”の力……とくと…思い知ったであろう…………」

コハクの声が静かに響き、レイがピクリと動く。

「……主……気絶…故に…我が……言……無駄……か…」

「貴女、無駄口を叩けるのなら…早く私を殺したほうがいいわ…」

閉じていたレイの瞳が、うっすらと開く。

「…ほう……まだ…口がきける……か…」

「無駄口、叩いてると……痛い目見るわよ…」

「……痛い目…とな……笑止……主…既に…立つ事すら…ままならぬ…筈……」

「立てなくとも、出来る事は…あるわ!」

瞬間、レイの双眸が完璧に開かれ、レイの体を光が包む。

“user”の証、“color”だ。

白色の光の中、“word”を解き放つ、レイ。


「水!!」


同時に、レイの体を覆う様に水が湧き出る。

レイの体から水流が唸りをあげ、コハクに向かった。

「…主が“word”……“水”…既に見切りえたり……」

そう言いながら、身構えると両足の双腕が引っ込み、替わりに胸から双腕が飛び出た。

丁度、4つの腕で受け止めるように、コハクは水流を迎えた。

水流は逞しい筋肉によって割られながら、それでも、コハクへと向かい続ける。

受け止められた水流は、コハクの後方に大きな水溜りを作っていく。

「この程度の……流水…苦とも…ならず…!」

真っ直ぐに水流を割りながら、少しずつレイへとコハクが近付く。

「……終焉なり…!」

コハクが自分の腕が届く間合いまで歩みを進め、言葉と同時に右腕を振りかぶった。

その時、レイがボソリと何かを呟く。


ズブッ!


「コフッ…ガァッ…バカな…!」

瞬間、水であったものが氷へと変わり、水流を割っていたコハクの腕へと刺さった。


バッ  ビシュ!!


同時に、コハクの後ろの水溜りから水が飛び出し、空中で氷へと姿を変えてコハクの体を貫通した。

「……ウッ…アガァ……シヴァ…様…」

バタリと、コハクがその場で倒れる。

 

「だから、言ったでしょう?痛い目見るって…」

先ほど呟いた言葉を繰り返す。

「…ウッ」

しかし、レイの体は限界を迎え、レイもまた、その場で気を失った。

 

 

 

――第壱中学、屋上。


「……グッ、ガァッ…」

再三のアスカのうめき。

脇腹へのビイの“Shock”を伴った一撃によるものだ。

それは、アスカの内臓を叩き潰し、体を真横へと吹き飛ばす……筈だった。

「ッチ、離せよ!」

体が浮かんだ瞬間に、アスカは素早く己の脇腹に陥没していた、ビイの腕を両手で掴んだ。

攻撃による加速と、アスカの自重により、ビイもアスカと共に横に流された。

「ック、ガキが!」

ゴウ!

再び、ビイは拳を放った。

アスカの頬を目掛けて放たれたそれは、当たればアスカの顔面を粉砕し、頭蓋を砕いただろう。

が、当たりはしなかった。

とっさの勘か、アスカは顔を素早く横へとずらして難を逃れたのだ。

その上、アスカは向かってきたビイの拳の勢いを利用して、ビイの腕を引っ張ると、放り投げた。

そのまま、アスカは直立で、ビイは体勢を崩したまま着地する。

かなりの高さから、おかしな体勢で落下した所為か、ビイにも若干のダメージが伺えた。

「(これっぽちのダメージで同等になったなんて思わない……でも、これで充分よ…!)」

だから、と心の中で続ける。

「(私の、勝ちよ!)」

アスカの目が一際大きく開かれた。

同時に、体を起こしたビイが再びアスカへと向かった。

「いい加減に……しろ!」

アスカの眼前まで近付くと、ビイが叫び、同時に右腕を振りかぶった。

その時、アスカが僅かに笑う。


ドンッ!


「バグァ!」

瞬間、ビイの肩が盛大に爆発し、腕が千切れ飛んだ。


バッ  ドゴン!!


同時に、動きの止まったビイの胴にアスカが両腕を接触させると、爆発が起こりビイの体は飛ばされた。

「……ウッ…アガァ……覚えて…いろ!」

屋上から投げ出され、そのままビイは地面へと吸い込まれていった。

 

「バカだから、気がつかないのよ…私ってば天才、よね」

地面へと落下したビイを尻目に、アスカが呟く。

確かに、ビイは気がつかなかった。

アスカが跳んだ瞬間に掻き集めた熱エネルギーを、放っていない事に。

それは、アスカがビイの腕を掴んだ時、ビイの腕へと埋め込まれた事に、だ。

「…勝った、か」

アスカは再び、己の勝利を噛み締めた。

 

 

 

――第壱中学、体育館。


ケンスケの耳に爆発音が届く。

「……惣流か」

そして、ポツリと呟く。

【ユダよ。ヤコブとペトロの意識が途絶えた。二人を回収、作戦を中断し帰還しろ】

ケンスケの脳裏に声が響く。

空気の振動で伝える本来の音声とは違う、ケンスケの思考にのみ入り込む声だ。

「テレパシー…シモンか?」

【繰り返す。二人を回収、作戦を中断し帰還しろ】

「聞く耳持たず、か?ふん、偉くなったもんだな、シモン」

【ユダ、今は貴様の相手をしている暇は無い。早急に二人を回収し、帰還しろ】

「ふん、気絶した、つまり、あいつ等は負けたってことだな?」

【ユダ!】

「油断するからこういう事態に陥る…。負けた奴らなんて放っておけばいい…それは負けたアイツらが悪い」

【ユダ、いい加減にしろよ?シヴァ様の命に背くのか?】

「……っち、分かった今すぐに帰還する」

言い捨てると、隅に投げてあった仮面を顔にはめ直す。

そして、“word”を発動し黒い扉を展開した。

ケンスケは、扉に片足を踏み込み中に入ろうとした瞬間、気がついたように後ろを振り返る。

地面に追突し半壊した、デブリ。

既に冷え固まった、溶岩。

グチャリと潰され、焼けただれた、何か。

それらが、ケンスケの視界に入る。

「そういうことだ。じゃあな、トウジ」

と軽く言うと、体の全てを扉の中へと入り込ませた。

 

生きていれば、だがな――そう心の中で付け足して。

 

 

 

 

―― to be continued.