ういてんぺん ― 【有為転変】

    世の中のすべてのものが絶えず変化して、
    しばらくの間も同じ状態にとどまることがないこと。

                               大辞林第二版より抜粋

 

 

 

 

 

17th Episode : ウイテンペンノ(ウタ)

 

written by HIDE

 

 

 

 

イスタンブール。

中世においてはビザンティウムと呼ばれ、東ローマ帝国の首都となったトルコの都市である。

いや、都市であった、と言うのが正しいだろう。

今では七大スラムの一つであるスラム=アーテクルへと名を、姿を変えている。

幽霊都市と表現するに相応しい、無数の廃ビル。

湿っぽく、汚れた空気。感じない人の気配。

それら全てが示している。

――この街は終わったのだ、と。

 

 

 

 

――31日前、〇月5日、20時。


今、その終わった筈の街に、光が灯る。

と同時に人々が溢れ出、光へと群がった。

足りない食糧、少ない水――それらを補うための配給用の大型車。

その大型車こそが光の源だ。


その光景を見下ろす影があった。

影の主は廃ビルの中でも一際大きなビル、その最上階に鎮座していた。

――壁一面のガラスの前の、高級そうな椅子に座って。

「まるで光に群がる蛾、だな……。そうは思わないか、シモン…」

灰色の髪、閉じた片目――カタコンベ盟主、シヴァ=モーゼルである。

「ハッ…まさしく、醜き人の業のなせる技かと」

シヴァの問いかけに、頷きながら同意するシモン――カンパ=カンパ。

跪きシヴァに(こうべ)を垂れるその姿は、忠誠心に溢れている。

「して、此度の結果は…?」

「サガ様召集の任を負っていたコクヤ様、アンデレは失敗。
 両名とも軽傷のため、治療は既に完了しています。
 また、ネルフからの“creater”奪取の任を負っていたユダ、ペトロ、大ヤコブ、バルトロマイも失敗。
 ペトロ、大ヤコブは重傷のため治療には、もう少々時間がかかります。
 ユダに至っては、ほぼ無傷のため治療の必要は無いかと」

「で、バルトロマイ――ソウはどうした?死んだか?」

「……死亡しました」

「……死んだ、か」

「はい。ネルフ外部にて作戦遂行のため、かく乱を行なっていたタイプ5と共に…」

「…当然、だろ? タイプ5のコアはソウが持っていたのだからな…」

これが、ミサトがタイプ5――ラミエルの戦闘中、ラミエルの体内にコアを発見できなかったからくりである。

つまり、十二使徒は3名ではなく、その実4名がネルフに潜入していた、ということに他ならない。


「ユダ達が失敗した際、独力で“creater”を奪取できるよう、バルトロマイを行かせた筈だが?」

そこに、第三者の言葉が介入した。

長く垂れた銀髪、黒い瞳――盟主補佐、コクヤ=アーリマンである。

「コクヤ、調子はどうだ…?」

「問題はありません。で、シモン…どういうことだ?
 万全を期すため、私と貴様に次ぐ実力を持つソウを向かわせた筈だが?」

「分かりません。ただ、私の“Telepathy”が感じ取ったバルトロマイの最後の思念は、『A.T.フィールド』。
 ――その言葉で埋め尽くされていました…」

コクヤがその言葉に眉根を寄せる。

「偶発的に使徒にやられた、ということか?」

「しかし、コクヤ様が先ほど申された通り、バルトロマイは十二使徒の中でも私に次ぐ者です。
 そうそう使徒に討たれるとは…」

 

二人の会話を、遠くを眺めるように見ていたシヴァは、フッと気がついたように横へと顔を向ける。

そのシヴァの視線の先には、黒髪の少年が居た。

「………元使徒としての意見は無いのか?新たなる我が片腕……カヲル=ナギサよ…」

 

――そこに、かつての笑顔は無かった。

――ただ、嘲るような冷たい微笑みがあった。

 

 

 

 

――28日前、〇月8日。

――ネルフ。


レイ、アスカは結果的に勝利を収めたが重傷を負った。

同じようにトウジも重傷を負ったが、二人とは重傷のレベルが明らかに違った。

内臓破裂。心停止。脳細胞の損傷。

――数えるのもバカらしい程多くの傷。

今、トウジに埋められている人工臓器と最新鋭の医療機械を抜き出したなら、それは死人と変わらない。

いや、既に殆どの臓器が人工臓器へと変えられたトウジは厳密には死んでいるのかもしれない。

現に、収容された時点でトウジは死んでいた。

リツコの“Save”と世界最新の医療技術が、トウジを甦らせたのだ。

 

そんなトウジをガラス越しに、幾人かが見守っていた。

当然、病室内への出入りは禁止されているので、結果的に中を覗けるガラスの前に集まる結果となったのだ。

その中にはミサトとリツコの姿もあったが、レイとアスカの姿は無い。

傷が癒えていないのではなく、訓練を行なっているのだ。

勝ったとはいえギリギリ、しかも偶然に近い勝利。

それ故、力不足を感じ訓練に明け暮れている。

 

「鈴原君…治るの?」

ミサトが目を細め、リツコに尋ねる。

「……貴女はどう思う?」

「痛いトコ、つくわね…」

同時に吐いた溜め息は長く、強い。

「治る見込みはゼロではないわ。でも…治ったとしてマトモに生活できないのは確実ね…」

リツコが淡々と述べる。

「リツコ…アンタねぇ、そんな簡単に…!」

その淡々とした口調に、ミサトが語気を荒げ突っかかる。

そんな言い方はないでしょ、と。

「…じゃあ何と言えばいいの? 治る見込みのないものを治ると言えばいいの?
 私は……医者よ…悔しくても辛くても、奇跡に頼らず治す方法を探すしか…ないのよ…」

そう言って目を反らしたリツコの唇は、歯痒さから噛み締められ血を流していた。

「……ゴメン」

ミサトもそう言って顔を反らす。

 

 

“Save”の能力は細胞を限りなく活性化し、細胞本来の回復能力を飛躍的に向上させるものだ。

つまり、生物本来の自然治癒能力を、最大限に高める事が可能なのだ。

だが、細胞が既に死んでいる場合はどうなるだろう?

既に死んでいるものが甦ることはない。

それは、この世界を構成する絶対的なルールなのだ。

 

リツコの“Save”である程度の傷は塞げても、既に存在しない臓器を作り出す事は不可能だ。

だからこそ、トウジの失われた臓器は人工の紛い物でまかなわれ、機械によってトウジは生かされている。

 

 

 

 

――同日。

――スラム=アーテクル、カタコンベ本拠地。


「それで、お前らは今回の敗因をどう捉える?」

そう言葉を放つコクヤ。

その言葉の先には、大ヤコブ――コハク=ルメール、ペトロ――ビイ=ティルム、ユダ――ケンスケ=アイダ。

――この3人が、コハクは直立不動で、ビイは跪き、ケンスケは興味なさ気に別の方向を向きコクヤの言葉を聞いていた。

「敗因も何も、負けたのはこいつらで俺は無傷で帰ってきた」

ケンスケが、どうでもいいように言い放つと出入り口のドアへと向かった。

「ユダ、まだ話しは終わっていないぞ?」

「俺はこれ以上話すことは無い。 俺は負けていないからな…」

と、部屋を後にした。

「ふん…確かにユダの言うとおりだ。 負けたのはお前達二人で、ユダはその尻拭いをしたに過ぎん。
 だからこそ、お前等二人が己が敗因を明確にするべきだと思うが?」

コクヤ再度の問いに、ビイが口を開く。

「驕りと認識不足、でしょうか?」

「ほう…具体的には?」

「絶対的に私の負けが無い、という驕りが一つ。
 また、セカンドチルドレンの“word”は爆発させるだけのものと認識していましたが
 実際には爆発は任意によるもので、爆発前のエネルギーは空気と変わらない物であろう、というのが一つかと」

「ならば驕りを捨てろ。己の弱さを認識しろ」

「はっ…」

ビイは短く答えると、部屋を後にした。

残ったコハクは直立したまま、ピクリとも動かない。

コクヤも暫く黙っていたが、痺れを切らし再び問い掛けた。

「大ヤコブ…お前はどうだ?」

「……我…敗因は…ペトロと………変わらず。
 己が……実力の過信……それに加え……ファーストが“word”……“水”……。
 その力……水が状態変化すら……引き起こすものとは……感ぜず……。
 それ故の……敗北なり………」

「相変わらず硬い喋り方だな……。 お前は驕りよりも、その喋り方を何とかしろ……」

曖昧に頷くと、コハクも部屋を後にした。

 

「シヴァ様、やはり第一世代(ファーストジェネレーション)の“word”―― “l.l.-word”の能力を明確に知る必要が――」

「コクヤ、バルトロマイが死んだ所為で十二使徒に欠員が出た……新たに補充しておけ…」

ある、と続けようとしたコクヤの言葉をシヴァが遮った。

順調に事が進んでいれば、“creater”を奪取し使徒中心である戦力を“user”中心へと変更できたのだ。

現在、カタコンベでは世界各地に4つほどの小規模な研究所を設け、使徒を生産している。

しかし、200体のゼルエルがシンジ一人に殲滅させられるなど、使徒の力は強力な“user”の前には遠く及ばないのだ。

だからこそ、今回の作戦の失敗は大きな意味を持っている。


「はっ!それは既にタクジ=カタオカをバルナバとして十二使徒に加えました。
 先ほどの話ですが、やはり“l.l.-word”の能力を――」

またも、シヴァがコクヤの言葉を遮る。

「“l.l.-word”ならば、既に十二使徒マタイを調査に出した……」

それに、とシヴァは不適に笑うと続ける。

「サード――シンジ=イカリの能力は把握した……ナギサによってな」

「………シヴァ様、何故、カヲル=ナギサをサガの空いた席に?」

納得がいかない――そんな表情でシヴァを睨む。

普段、滅多に見せないシヴァへの少しの怒りだ。

例え袂を分かち、自分が殺したとはいえサガはコクヤの無二の親友であった男である。

しかも、カヲルは一応の所、敵であった筈だ。

「……サガが恋しいか?」

「………恋しいなど…」

「ならば、納得しろ。 『今の』ナギサは強いぞ? 恐らく貴様よりも、な…」

その言葉を聞いた瞬間、コクヤの両の瞳が輝きを増す。

「…今の言葉、真実でしょうか?」

「…見誤ったとでも?」

コクヤは更に納得いかない表情を顔に貼り付けると、部屋を後にした。

――僅かに殺気を漏らして。

 

「……ふん、コクヤのやつ……闘い()りに行ったか………」

 

 

 

 

――27日前、〇月9日。

――ネルフ。


「やはり、サードとフィフスの召集が急務と思われます」

会議はリツコのこの第一声から始められた。

「カタコンベについては“creater”奪取を目的とした再度の襲来が予想されます。
 また、ルネサンス、ネオゼーレの今後の動向は不明です。
 しかし、九州に存在していたルネサンスのホムンクルス工場はカタコンベの本部襲撃と同日に消えています。
 ホムンクルスが生存したかは不明ですが、どちらにしろホムンクルスが精製された以上は
 本部襲撃の可能性は非常に高いと予想しています」

会議室がざわめく。

ルネサンスの九州工場が消えていた、という情報のためである。

「赤木君、ルネサンス九州工場は一体、何故?」

「不明です。 しかし、何かに押し潰されたように工場が瓦解している、とのことです」

全てミサトの“Eye”による遠視がもたらした情報だ。

本来ならば、ミサトの“Eye”で原因を明確に捉える事が可能だっただろう。

しかし、カタコンベ襲来と同時に事が起こってしまったため、それはならなかった。


「今後、三組織の同時襲来なども考えられます。
 今回の戦闘でフォースは重傷、今後の戦闘参加は不可能です。
 いかに、ファースト、セカンドの能力の向上がめざましいとはいえ、現状の戦力では到底太刀打ち出来ません。
 だからこそ、サードとフィフスに協力を促すべきではないでしょうか?」

至極もっともな意見であり、会議室内の全ての人間がその意見に賛成である。

しかし、大きな問題があった。

「……問題は二人の行方、ということだな…」

ゲンドウの言うとおり、問題は二人の所在である。

リツコは二人がどこかへ行った事は知っているが、明確な場所までは聞いていない。

「二人の捜索は葛城二佐を中心に行なう予定です」

分かってはいたものの、責任重大な任にミサトは少し目の前が暗くなる。

 

だが、ハッと思い出したようにミサトは立ち上がると、

「タイプ17――サクノ=ルツェインの処遇について、意見を求めたいのですが…」

と、恐れを含んだ口調で言った。

サクノはミサトにラミエルのコアを破壊させた後、仮眠室でずっと眠りに就いている。

戦闘後に森の奥で発見された死体は、何かに押し潰されたように絶命していた。

恐らくこいつがコアを持っていたのであろう、とミサトはあたりを付けた。

同時にそのコアをサクノが持っていた、ということはサクノが男を絶命させたと見て間違いない、ともミサトは考えた。

事実、この男はコクヤが自分とシモンに次ぐ実力を持つと語った、十二使徒バルトロマイである。

バルトロマイの最後の思念『A.T.フィールド』は、サクノが使用したA.T.フィールドに他ならない。

サクノは、A.T.フィールドによりバルトロマイを押し潰したのだ。


「彼女については何も問題ないわ」

「リツコ、アンタ…言い切るわけ?」

ミサトはサクノに対し、恐れを拭えずに居た。

不安なのだ。

――サクノが本当に敵ではないのかが。

「彼女は私の診療所に入院していたのよ? しかも、渚君の頼みでね。
 それこそ彼女を邪険に扱えば、渚君の召集は難しくなるわよ?
 彼女とは入院中、話もしたしタブリスとしての力のコントロールも出来ている…。
 何の問題もないじゃない?」

反論の隙さえ与えないようなリツコの早口に、ミサトが何か言えるはずも無くかった。


その後、シンジとカヲル捜索のための具体案などが話し合われ、会議は終結した。

 

 

 

 

――0日前、◇月5日。


「で、“Memory”と“Search”と私の“Eye”を“Connection”で連結するのはいいわよ。
 でも、ネルフには“Memory”と“Search”は居ても“Connection”の“user”は居ないわよ?」

“word”の使用過多による頭痛の所為か、渋い顔でミサトがそう言う。

「それくらい何とかするわよ…」

「そっ、なら良いけど……ううぅ…頭痛い」

リツコはいかにも早く“Save”で何とかしろ、というミサトの態度に溜め息を吐く。

そんなリツコの様子などお構いなしに、ミサトはリツコに尋ねる。

「そ〜いや、サクノの様子はどうなの?」

「アスカともレイとも大分馴染んでるわよ……。
 本人は早く渚君とシンジ君を、直接探しに行きたいらしいけど」

リツコの返答にミサトは『ん?』という顔をすると、再度リツコに尋ねる。

「何でリツコがそんな事知ってるのよ? さっきサクノに会った時、んなこと言ってなかったわよ?」

「愛情の差よ、愛情の」

「悔しいけど、確かにあの子はリツコに一番懐いてるのよねぇ…」

そう、何故かサクノはリツコに一番懐いていた。

まるで、子供が母親に懐くように、だ。

「それにしても行きたいなら、行かせてあげればいいじゃないの」

「ミサト、あのねぇ…ただでさえ薄い戦力が更に手薄になるでしょう?」

それもそうか、とでも言いたそうなミサトの顔に、リツコは再度ため息を吐いた。

 

 

 

 

―― to be continued.