―――走り去りし…昔花(ムカシバナ)よ……

―――歩み来たりし…迎花(ムカエバナ)よ……

―――交じり合うが如く……

―――生きづくが如く……

―――融けていく……

―――熔けていく……

―――深く……ただ…ふかく……

 

 

紫苑

〜生きる〜

第2 ダンギク

 

 

 

彼は…彼は何だ?

恐ろしく長大な橙色の刃。 まるで幻想のような煌き。 全てが夢のように目の前の敵を散らしていた。

1キロにも達しようかという巨大な刀。 信じられなかった、こんなモノがこの世にあるのか?

そもそも、あれだけ大質量なモノをあの大きさの機体で支えられるわけが無い。

紅海 シンジ……。 彼は……一体、何だ?

 

 

恐怖。 一種の畏怖の念が、シンジが降り立った格納庫には流れていた。

少年と言っても差し支えが無い程に幼さを残すシンジの容姿。 そこからは決して戦闘中の狂気は伺えなかった。

むしろ、少年は虚ろな濁った瞳を漂わせどこか儚げだった。

グゥ!

バタ!

突如、シンジが糸の裁たれたマリオネットのように床に伏した。

シンジは医務室へと再び担ぎ込まれていった…。

それを尻目にウリバタケは怪訝そうに初号機を眺め、物思いにふけっていた。

「(また、石になりやがった…。 戦闘時にのみ発色だと? 在りうるわけが無いだろうが…。 現に操縦者のアイツが戦闘中に此処に来る前に、コイツは発色してやがった…。 操縦者の意思によるモンじゃねえとしたら、何らかのレーダーか? いや、それこそどうやって? ………!! そういえばアイツが此処に来たとき、コイツに何かをブツクサ言ってやがった。 そのあと、確かにコイツは独りでに動いてアイツを中に入れた…。 AI か? いや、むしろあれは意思でも在るみてぇに…。 フン! 馬鹿くせぇ。 意思だと? それこそ在りうるわけがねぇ。 ……まあ、何にせよアイツに直接聞くのが一番だわな…。)」

  

 

 

この子は一体、何なのかしら?

明らかにアキト君の攻撃は全てあのバリア、いえ壁と言ったほうが良いわね…。

その壁に遮断されていた…。 それをあの巨大な剣はいとも簡単に砕いた…。

いくら、あの大質量とはいえ、アキト君の攻撃もアレに乗っている時に及ばないにしろそれなりの威力は保持しているのに…。

それに、あの剣がエネルギーのような物で作り出されているのは映像でもハッキリと解る…。

そして、壁も剣と同等の発色をしている…つまりあの不可解な2つの物は同じエネルギーの集合体であるとゆうことね…。

はあー。 いずれにしろ推測の域だわ…。 どっちにしろ、この子が起きるのを待てば何か有力なことが…。

………早く調べたいわ……いろいろと……

「オイ!イネス! 何を考えている! ニヤーっと彼を眺めて…。」

そんなにニヤケてたかしら?

「あら。 妬いてるの?」

「ハアー。 もういいです……。」

まったく。 アキト君もからかい甲斐がないわね……ん!

「……まだ……存在…して…いる……。」

暗いわね…。

「シンジ君、調子はどうだい?」

む! アキト君。 私が聞こうと思ったのに。

「(この人は…さっきの…)……はい、大丈夫です…。」

ふむ。 記憶障害もなさそうね。

「そうか……。 (!! そういえば)君の名を聞いておいて俺が自己紹介をするのを忘れていたね。 俺の名は、テンカワ。 テンカワ アキトだ。 さっきは助けてくれてありがとう、シンジ君。」

そう告げるとアキトは優しく微笑んだ。

…ボー………ハッ!……見とれてたわ…。

「……やめてください。 僕は…そんな風に……他人に…褒められるような人間じゃない……」

「そう自分を卑下するものじゃない。 俺は君に何があったのかは知らない。 それでも君がさっき俺を助けてくれたのは紛れも無い事実だろう?」

「!!……」

……動揺してるわね。

「アキト君、彼は病み上がりなんだからそれくらいにしときなさい。」

「そうだな…わかった。 じゃあ俺は食堂に行こう。」

アキトはそう言うと医務室をあとにした。

 

 

右腕を握ってみる…。 感覚はハッキリしている。 でもまだ頭がぼんやりするな……。

この女の人…イネスさんと言っただろうか?

 

――金髪。

 

――白衣。

 

―――リツコさん……。

 

 クッ!!

 

―――鮮血…血飛沫…流れ出る紅の噴水…

 

まただ、また精神がささくれ立ってくる。 何かを壊したくて…堪らない…。 忘れた…忘れたはずだったのに…。

全部、全部、忘却の遥か彼方へと捨ててきたはずなのに……。

「……どうして泣いているの…?」

ハッとして頬に手を当てる。 でも、そこには少し荒れた肌があるだけだった。

しばらくそうして頬をおさえていると、またイネスさんが瞳をこちらに向けて囁いた…。

「……違うわ…。 アナタの心が、心が泣いているわ……」

 

【…哀しいのね……。 悲鳴を上げている……アナタの心が…泣いているわ……。】

 

やめてくれ!

 

【…解らない? …そうね、ロジックじゃないもの。 でも……いつかその心を鎮めてくれる人が現れるわ……。】

 

もう、たくさんだ! 消したい! 消したいんだ!

 

 ―――でも、忘れたくない。

 

違う!! 違う、違う!!!!

 

クソ!

 

 ガツン!!!

 

思いきり壁を叩いた拳は紅く染まり、いつしか僕は本当に泪を流していた……。

頬を冷たい感触が包んだ。 頬の芯まで響くような冷たさ……心まで冷えるような……。

寂しかった。 忘れたつもりでも、忘れては生きていけなかった……。 また……1人になるのは嫌だった。

1人は嫌なんだ。 もう……嫌なんだ……

声を押し殺し泪する僕を、いつのまにかイネスさんが抱きかかえていた。

ふわりと硝子細工をさわるよう……。

その包むような抱擁は……まるで……あの時のようで……

 

………また、またリツコさんを思い出した。

 

―――それでも、不思議と今度は気持ちが落ち着いた……

 

いつのまにか頬は暖かくなっていた。

暫く泣いた後、僕はまどろみの中に再び沈んでいった。

 

 

―――1時間後。

シンジが覚醒すると、既にベットの周りにはシンジを取り囲むようにウリバタケ、イネス、アキト。

そしてオペレーター、星野 ルリが集まっていた。 最も、ルリはアキトに引っ付いてきただけだが。

そして、その後シンジは怒涛の質問攻めにさいなまれた。

「そうね、まず貴方が乗っていたあの紫色の機体は一体何?」

「ああ、アレはいったい何なんだ? 戦闘になった時のみ変色するなんてよお、あんなもん見た事は1度も無えぜ。」

「……アイツですか…。 アイツはゼロ‐ワン。 人造人間ゼロ‐ワンです。 ゼロ‐ワンは自分自身で戦うべき時を見極めます。」

「人造人間?……生きているの…アレは?」

「…ハイ。 確かに生きています。 ただ発色していない時は冬眠に近い状態です。」

「乗ってるお前が言うんだからそうなんだろうな。 ってあっさり納得できるか! 生きてる。 生きてるだと? あんなでかいのがか? よしんぼ生きてるとしてもだ、あんな巨大な生物がいるのか?」

「………いたんですよ…。 ……おそらくこの世界ではなく僕の、僕の世界には…。」

「貴方の世界? ………貴方は別の世界から来たというの?」

「……はい、おそらく。 僕はこんな宇宙戦艦なんてマンガでしか見た事が無いですし……。 それに、今は2016年ではないでしょう? 僕の見る全てが僕の生きてきたモノと違います…。」

「そう。 それで巨大な生物がいると言ったわね? それはたくさんいたのかしら?」

「いえ、全部で18体。 ゼロ‐ワンと同等かそれ以上の生物がいました………。 ……使徒と言う名の……。」

「……使徒…」

「じゃあ俺からも質問させてもらうぞ。 あのデカイ剣は一体何だ? 柄からいきなり発生するなんざ普通じゃねえからな。」

「……あれはA.T.フィールドと言われる特殊な防御壁を依り集め攻撃へと転用した物、プリムラクブレードです。  A.T.フィールドは使徒とゼロ‐ワンしか発生が行えず、また通常はより強いA.T.フィールドでしか破れません。」

「貴方の話しから推測するとさっき戦闘を行った赤いイカに類似した物は使徒、ということになるわね……。」

「……はい。 間違いありませんアレは第4使徒シャムシェル……僕が過去に殲滅したものです……。」

「そう。 違う世界でありながら同じモノが出現する……ということね。 そうね、使徒を殲滅したと言ったわね?」

「……はい。」

「それは何故?」

「……使徒が世界を破滅に導く物だからです。 事実、僕の世界は破滅の1歩手前まで追い込まれました………。」

「つまり、何だ? この世界も破滅するってか?」

「……それは解りません…。 僕の世界とはあまりにも状況が違い過ぎますから……。」

「………じゃあこれが最後の質問よ……。 貴方は何故、ゼロ‐ワンに入っていたの?」

ハッとシンジの目が見開かれ次の瞬間、虚ろな濁った瞳でシンジは崩れそうな声で告げる……。

「…………それは、答えられません……。」

「……そう、じゃあこれでお終いよ。 それと、とりあえず食堂に行って何か食べてきなさい。 栄養が少し不足してるわ。」

「……はい。」

「よし俺が案内してやる。」

シンジがベットから立ち上がりウリバタケに案内され医務室をあとにした。

「彼が別次元から来たという……確証は無いわ……。 でもジャンプが有る以上は可能性はあるわね……。 それと使徒…。 どう思う?アキト君?」

「……確証が無い以上、確かな事は言えない…。 だが、彼はおそらく嘘はついていない……。 心の乱れが感じられなかったからな……」

「……嘘はついていない…確かにそうかもしれないわね……。 でも彼は何かを隠しているわね……。」

「アア…。 それにあの瞳…。 昔の俺に…いやに似ていた…。」

部屋には沈黙が満ちた……。

ルリは?

―――寝息を立てご就寝。

 

 

――――食堂。

美味しい。 黙々とラーメンを啜りながら僕はそんな事を考える。

此処にいる人たちはいい人ばかりだ。 始めて会った僕を疑いもせず看病して心配してくれる……。

アキトさん……レイと同じ声…僕と、鏡に映る僕と同じ瞳……それに……

 

『そう自分を卑下するものじゃない。 俺は君に何があったのかは知らない。 それでも君がさっき俺を助けてくれたのは紛れも無い事実だろう?』

 

【シンジ君、君が人を殺したのは事実だ。 それでも君がアスカを護ったのも事実だろう? 正しいとは言えないかもしれない…。 だが、君は手を紅く染めながらアスカを護り、そして相手の死に心を痛めている…。 フッ、俺はもう心に痛みなんか感じない。 マヒしちまったんだろうな…。 君は俺のようにはなるなよ…。】

 

―――加持さん……。

 

それと……

 

星野ルリ……レイと同じ……無機質な顔……白い肌……普通では有り得ない…瞳……

 

【…私は貴方に誓うわ。 だから、貴方も誓って……。】

 

―――レイ……。

 

  

 

ここは僕には辛すぎる……

―――でも忘れたくないんだろう……

違う!

―――違わないさ……君は本当は嬉しいんだろう……また廻り逢えて……

違う! 違う、違う!

 

 

「なに泣いんの?」

 

【シ〜ンちゃん! なに泣いてんのよ! もう湿っぽいわね。 …………………私は………私は、護るために殺すわ…。 シンジ君、アナタはどうなの?】

 

―――ミサトさん……?

 

「アナタ、さっきアキト君を助けた子でしょ? アタシはミナト、ミナト ハルカよ。 よろしくね。」

 

優しい微笑み……その物腰……ミサト…さん……

 

僕は無我夢中で走り、気がつくとゼロ‐ワンの前に来ていた。

ミナトさんが何か言っていたけど聞いこえはしなかった……。

ここは……ここは……だめだ…思い出す……思い出すよ……ダメだ…ダメなんだ……忘れたいんだよ……。

もう……僕は……

 

 

―――逃げたい…此処から…生から……

―――でも、死ねない……僕は…弱いから……

―――だから…僕は…生きる…。

 

 

忘れ得ぬ……ヒト々…

消し去りたい……ヒト々…

廻り逢う……ヒト々…

交ざりあう……ヒト々…

深く……ふかく…混濁していく…

交じり合い……熔けあい……淀んでいく…

それは……

全てを亡くしたあの頃の…

遠き日の追憶の…

残照……

 

 

……………続 劇。