人間(ヒト)は何に見える?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MANABInoSONO//E

.URA

《THE FASTER PART》

 

 

 

 

 

 

 

 

――ブーン。

――ブチッ。

騒ぎ立てる羽根虫を押し潰す。

紅黒い血が指先に纏わり付いた。

そして、僕はニタリと(わら)う……。

 

開け放った窓に目を移すと、闇夜に月の輪郭だけが漂っている。

夜の薫りが…徐々に匂い立つ…。

 

そろそろか…。

――ジリリリリー!

――ガチッ。

鳴り響く時計のアラームを止めてやる。

丁度、24時。


――僕の時間だ。

 

 

 

バサリと宵色のコートを羽織り、少しきつめの黒に濡れる、皮のパンツを履く。

全身、闇。

月明かりに姿を暴かれないよう……闇に熔けるよう……僕は漆黒へと変わり行く……。

 

 

夜の涼しげな風が流転し、頬を愛撫する。

カチャリカチャリと首に巻いたシルバーが音を立てる。

ビルの隙間へと入り込み、上を見上げる…。

月は無い。

闇に熔けた僕。 その存在を示す様に首元で鈍い銀色だけが光を放つ。

 

――いた。

 

 

 

僕は数匹いる中で、真ん中に居る奴へと歩み寄り、ガシリと片手で顔を掴み、投げ飛ばした。

――ドカッ!

それは隣の壁にぶち当たった。

「てめぇ! ヒトシになにしやがる!」

他の奴が騒ぎ立てる。

――ビュッ!

飛んで来た拳を、

――ガシッ! メキョ!

右手で受け捻り潰す。

ベキベキッと心地のよい音が響き、骨が粉砕する。

「グァァ!」

グチュ。 メリメリ。

更に口へ掌を差し入れ、騒ぎ立てる鳴き声を黙らせた。

すると、グラリとそれは倒れこんだ。


――肉の割ける音が僕の細胞の一つ一つを満たし、血を強く通わせる。

 

「クソォ! テメェ、殺してやる!」

最後の一匹がゴソゴソと、ナイフを取り出した。

銀色の刃がキラリと輝く。


気に入らないね…。

闇の中で光を放っていいのは虫をおびき寄せる僕だけで充分なんだよ…。

虫は…君達だろう…?

 

「大人しく…潰れてよ……」

羽根虫みたいに。

 

ビュ!

向かってきたナイフをかわし、

ズチュッ!

目を抉る。

指を捻ると、ボトリと何かが落ちた。

「グギャァファガ!」

そうそう、虫は虫らしく鳴いていればいいんだよ…。

グチュ、グチュ!

中を掻き回すと指は紅く染まり、地面のアスファルトを、僕の手を、血は濡らしていく。

 

――そして僕は(わら)う。

 

「何しとるんや!」

後ろからの声…。

また、光に釣られて一匹…寄って来た…。

クルリと後ろを振り向く。

「お前……シンジか…?!」

新しく寄って来た虫が何かを言っている。

「シンジ…一体……ゴアァ!!」

――ベコッ!

思い切り殴り飛ばした。

新しく寄って来た虫の黒い外殻に赤い血が飛沫(しぶ)く。

頭蓋が軋む感触と肉が弾ける感触が、深く僕の拳に根付く。

「クククク……」

(たの)しくて堪らないなぁ……。

――グッ

髪を掴んで既に意識の飛んだ頭を持ち上げる。

――ベキッ! ゴッ!

膝を顔に突き刺し、同時に壁に後頭部をぶつける。

バックリと後頭部が割れ、鼻骨は跡形もなく消え去った。

髪を離すと、ドサリと倒れ落ち、血がアスファルトを池へと変える。

 

 

――僕は充足感を携え、帰路につく。

 

 

 

 

 

 

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「プハァー」

煙草の先端から溢れる白煙が部屋の天井に溜まっている。

煙草をふかす私を、彼女は嫌そうに()めつける。

「そんなに嫌そうな顔しなくても良いじゃない…」

「私が煙草、嫌いなの知ってるでしょ?」

彼女の蒼い瞳が益々、苛立ちを高める。

「だって煙を立てないと吸ったとは言えないでしょ?」

「……の癖に…」

小さく彼女が呟く。

言われなくても分かってるわよ…そんな事くらい…。

「で、今日は何の用なの?」

そう言うと、彼女の顔が下へ向き、赤い髪が一緒にバサリと垂れ下がる。

「貴方、今日学校行かなかったでしょ? ミサトさんじゃないんだから、サボリはよくないわよ?」

彼女の姉とも言える人物を引き合いに出してみたが、彼女は俯いたまま黙している。

「学校も行ってないアンタに言われたくないわよ…」

彼女は消え入りそうな声で、まるで恨み言の様に呟いた。

「忙しいもの…仕方がないわ」

これは事実だ。

マヤさんが抜けた穴は大きく、学校に行く暇など皆無だ。

「忙しい中わざわざ時間を割いてるのよ? 早く話したら?」

と言った途端、彼女は口篭る。

私はハァと溜め息を一度つくと、時計を見る。

「……24時30分。 貴方の神経を疑うわ」

「……ジよ」

「えっ?」

彼女の声が小さすぎてよく聞き取れない。

「シンジよ…」

「どうせそんな事だろうと思ってたけど……やっぱり兄さんの事なのね」

諦めが悪い。

と、毒づきつつ言葉を返す。

「無理だと、そう何度も言った筈よ。 兄さんはもう元には戻らないわ」

「でも…。」

「どうせ今日も外に出るのを見て、相談に来たんでしょうけど……」

これ以上言うのは可哀想な気がして言葉を途中で止めた。

が、手遅れだったようだ。

彼女の顔は蒼白になって、肩はガタガタと震えていた。

「もう時間も遅いし、帰った方がいいわ。 相談ならまた明日聞くから」

「……ゴメンねレイ。 …もう帰るわ…仕事、邪魔してゴメンね」

そう言って踵を返して、出て行った。

 

彼女は二度も謝った。

あの頃では考えられない事だ。

 

 

 


あの頃――2015年、つまり3年前。

《3rd Impact》は全てを飲み込み、ヒトという種を超越し、ヒトを群体から単体の段階(ステージ)へと押し上げた。

ただ、楔となるべき、依り代であった筈の兄さんは群体で在る事を望んだ。

それは、結果として一度依り代である兄さんに入り込んだ、全てのヒトの《(ゼーレ)》を強引に再び解き放ってしまった…。

兄さんは此の世に於ける総ての善と悪にその身を()かれ、ヒトを切り捨ててしまった。

こんなの要らない、と。

 

私の母となったヒト、赤木リツコ。 そして、父となったヒト、碇ゲンドウ。

彼らは愚かにも見誤った。

――兄さんを。

ヒトをヒトとしない兄さんにとって、家族なんて意味がないもの……二人が消されたのも当然だわ…。

 

父さんと母さんは作り物(クローン)として蘇った。

でも、そんな事は私にとって如何でもいい…。

 

 

 


「アスカ、貴方は見放されたのよ……貴方も(ヒト)だもの……。」

彼女が消えていったドアに向かって囁いた。

 


――そして今日も、朝日が私を照らす。

 

 

 

 

 

 

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カチリと時計のアラーム音を停止する。

陽光が顔を照らす>――7時。

学校へ行く時間だ。

僕は学生服に袖を通し、伸びきった髪をゴムで纏めた。

シルバーはつけない。

太陽(ひかり)在る昼は虫寄せの光は意味を成さない。

ならば何をしに行く?


ただの観察さ。

 

道路に出ると、鬱陶しげな風が黒い髪を左右に揺らす。

校門に差し掛かると、丁度チャイムが五月蝿く鳴り響いた。

その音に惹かれる様に、校舎の中へと足を踏み入れ、下駄箱を開く。

ボトボトと手紙が振り落ちる。

「相変わらずモテるな…」

後ろから羨ましげな声が届く。

「やあ、ケンスケ」

仮面を瞬時に被せる。

――碇シンジの仮面を。

「冗談はやめてよ。 ほら」

そう言って、手紙の一つの封を切り開く。

――ボトッ。

幾枚かの剃刀が床に落ちる。

「そりゃぁな、それだけモテてりゃ剃刀の一枚や二枚来るだろ? クゥ〜羨ましいヤツぅ!」

馬鹿を尻目に僕は教室に向かって足を進める。

 


ガラリと開けた扉がギチリと歪む。

昼食を教室で取る何人かが此方に目を向ける。

好奇の視線と胡乱(うろん)げな視線。

唯一、一人だけが殺意と憎悪を散らつかせ僕を()めている。

名前は確か、そう、洞木ヒカリ。

自分以外の事でギャアギャアと鳴き声をあげる疎ましい雌だ。

そいつが此方にツカツカ歩いてくる。

 

僕は瞬く間に結論に達す。

――あぁ、《標本》にしてやろう。と

 

僕はクルリと身を翻し、ドアの直ぐ横に在る、屋上への階段を一歩ずつ踏破して行く。

20段も上がったところで若草色のドアが見えた。

足で蹴り開けると、丁度、灰色の積乱雲が辺りを覆い太陽はその身を沈めていた。

僕はニヤリと笑う。

ザーッと雨音が響き始めたところで、洞木ヒカリが僕の前に飛び出して来た。

「×昨×××日××鈴原×を××××!×××は××××意××××××病××××院××××」

ああ…五月蝿い…。


口を抑え、纏っている物を裂く。

鳴き声は酷くなる一方だが、気にしない。

《標本》にする虫は暴れる。 これは何時もの事だ…。

 

 

 

僕は何時もの様に先生の授業を聞く。

洞木ヒカリは磔になって、物言わぬ屍のままイスに座っている。

淀んだ瞳が僕を少し見ている。

 

――そして僕は(わら)う。

 

 

 

 

 

 

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結局アスカは宿舎に泊まりこんだ様だ。

そうでなければこんな時間になど来ない。

どちらにせよ、

「貴方、また学校サボったわね?」

彼女が一瞬ビクッとなる。

まるで弱々しい。

「まぁいいわ。 で、何?」

「……シンジがああなった理由は大体分かってる……でも、それだけじゃ説明がつかない事も在る……」

彼女が今にも泣きそうな目で此方を向く。

「あの力は何? あいつは幾ら内面が変わったって、外面はヒョロヒョロのあいつのままなのに……」

「何故、あんなにバカすかヒトを壊せるかってこと?」

黙したままコクリと彼女が頷いた。

「簡単な話しね」

私へと彼女がにじり寄る。

「思い込みよ。 自分はヒトが抗えない強さを持っている、というね」

彼女がキョトンとする。

「思い込み…?! 嘘でしょ…?!」

私が言った言葉を噛み締めながら疑問の声をあげた。

「嘘じゃないわ」

だって、と続ける。

「兄さんの《(ゼーレ)》はあの時の反動で多くが欠けたわ。 ヒトは誰しも思うとおりに 自身を変質させる事が出来る…それは分かるわね?」

あの時は、《3rd Impact》を指している。

「分かるわよ。 肉体を鍛える時、結果、出来上がる肉体は、より良い完成形をイメージングした方が効果が大きいのは実証されてるわ。 でも! だからってあの変化が思い込みだっての?!」

「そうよ。 欠けた《(ゼーレ)》は兄さんからイメージングの限界という(たが)を消失させ、 思ったとおりに具現化する。 そうなってしまったのよ…」

「《(ゼーレ)》が欠けただけで…」

「だけ、ですって? 違うわ。《(ゼーレ)》は肉体と精神の設計図でもあり、ヒトを超越したモノがヒトがヒトの範疇であり続けるために定めた物だもの…。 欠ける、ということはヒトという種のもつ限界が何かしら消し飛んでいる状態に他ならないのよ…」

彼女はブツブツと何かを呟いている。

「言わば、兄さんは全てを具現化する神の領域に半歩、踏み入ったのよ…」

しまいには彼女は震え出す。

「じゃあ何…? アイツは、シンジは人ですら無いって言うの!?」

「まだ…兄さんをヒトだと思っていたの…?」

本当に諦めが悪い。

バリィン!

彼女の拳が私の顔を割る。

私の顔を映しこんでいたスクリーンが金属片へと姿を変えた。

「もう機械になったアンタには分からないだろうけどね! 私は…私は…!!」

そう言って、彼女は部屋を逃げるように去って行った。

 

機械でも、心が在るのは辛いのよ…。

――私の呟きはノイズになって掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

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to be Continued to 《THE LATER PART》

 

 

 

 

 

 

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