逃げる事は悪い事……
そう決めたのは誰なんだろう……
現在から逃げる…そうじゃなくて……
未来を掴むために…逃げる……それじゃあ駄目なのかな……
痛いんだ…
ギチギチ…ギチギチ…締め上げるように…
罅が蝕んでいくんだ……
――ボクノココロヲ……
Neon Genesis EVANGELION
- The End of Evangelion -
第26話 まごこころを、君に
少年、碇シンジ。
彼は泣いていた。
何のための涙かすら分かりはしない。
悔しいのかも悲しいのかも…。
ただ涙が止まらなかった。
目の前の受け入れがたい現実に心が軋んでいた。
シンジの目の前に存在する、今はもう動かない、肉の塊。
――葛城ミサトであったもの。
無機質な薄黒い床に広がった真っ赤な血が事実を掲げている。
もう彼女は消えてしまったという事を。
涙は止まらない。
彼女が消えた事実に涙している…?
違う。
偽りとしか見えない滑稽な家族生活…。
それでも温もりも、情も在った…。
居場所の、居ても良い場所の喪失。
それなのだろうか……?
シンジは両手を顧みる。
ベットリと血の付着した手は震えていた。
――ベチャリ。
蒼白の顔に紅い手形がクッキリと付く。
両手を顔にあてがい、シンジは…低く、そして唸る様に…
「ハハハ……ハハハハ…!!」
嗤った。
狂った様に、猛る様に。
変わらずに涙を流しながら……。
――何かがプツリと音を立て千切れ始める…。
+ケイジ。
ユラリと紫色の巨人――初号機の瞳が揺れる。
初号機の眼前には、男。 薄い、何もかも突き抜ける様な薄い笑みを浮かべる男が在った。
束ねられた長く黒い髪がユラユラと揺れている。
「初号機…そろそろ君の出番だ……。」
――ブンッ!
男の、掌を広げたまま振るった腕は、確かに初号機に何かを叩き付けた…。
初号機はグルルッと一度低く唸ると、哭き声を高々とあげた。
「ルォォォォォォォォォン!!!!!」
己を縛り付ける全てを力ずくで跳ね除け、初号機はユラリと立ち上がる。
震えるながら身を捩ると、己の体躯を抱き込む様に背を丸める。
ギチリと背が軋み、蜻蛉の様な羽根が姿を顕す。
――バサッ!
強い光を放つ其れを掲げ、初号機は爛々とした瞳を走らせ、外へと飛び出した。
頭上に存在する全てをブチ破り、初号機は大地へと根を下ろす。
――無人のままで…。
+ジオフロント上。
「シンジ?!」
少女、惣流アスカ。
彼女の第一声は驚きとも喜びとも取れた。
眼前に迫る白い悪魔――量産型EVANGELIONを前にし、後方に下がると慌てて通信を繋げる。
――通信拒否。
導き出された答えにアスカは眉を潜める。
アスカがハッとする。 一瞬目を離した隙に、初号機は既に量産型EVAに向かっていた。
ッチ、と短く舌打ちし量産型EVAへと駆ける。
「…どうなってんだか知んないけど…取り敢えずこの気持ちの悪いのを片付けるのが最優先…ってことね!」
初号機は量産型EVAに近付くと一際素早さを増し、ガチリと顎を鳴らすと一気に距離を詰めた。
――ブシャアッ!
鮮血が四散し、大地に血の泉が拡がる。
初号機の口には、量産型EVAの白い首がダラリと垂れ下がっていた。
頭を振り、首を大地へと投げ捨てる。
血に濡れた口が妖しく嗤った気がしてアスカはブルリと震えた。
「まるで悪魔ね…。」
呟きつつ、握りこんだプログレッシブナイフをフックを打ち込むように突き刺す。
グリグリとねじ込み、手を離すと後方へ跳ぶ。
周りに存在する既に息絶えた量産型EVA、それを地に縫い止めている槍――ロンギヌスの槍、その模造品。
グィッと引っ張り出すと両手でガシリと掴み、眼前の量産型EVAに向け、渾身の力で投げつけた。
――ギュオォ!
朱色の槍は唸りを上げ、空気を切り裂く。
――ゴパァ。
また一つ、首から上の存在しない量産型EVAが出来上がる。
先端に引っ掛かった白い首により、朱色の槍が更に紅を濃くする。
「残りは4体……さぁて…如何してくれようかしら……。」
再びアスカがハッとする。 4体は瞬き程の時間で2体へと変わっていた。
――言うまでもなく初号機だ。
向かってきた量産型EVAを一閃。 放った右腕は吸い込まれるように白い胴を綺麗に消し飛ばした。
千切れて跳んできた上半身は生命力を失わず、初号機へと噛み突きを試みる。
それをスッと横にいなすとそのまま向かって来ていた他の量産型EVAへと向けてやる。
こうして、初号機は流れるような動きで2体を戦闘不能へと追い込んだ。
疾いだけではなく巧さもある。
それがアスカの感想である。
でも、と続ける…。
「いや…違うわね…疾い、巧い…そうじゃなく強いんだわ…。」
圧倒的に。
+発令所。
驚きと喧騒、そして恐怖。
発令所はそれ等に彩られていた。
いや、若干、恐怖の度合いが高いだろうか。
容易く量産型EVAを薙ぎ倒す初号機には恐怖の色がベタリと張り付いていた。
無理も無かった。
通信は遮断され誰が乗っているかも分からない…。
シンジ以外には有り得ない筈だが、弐号機を操って見せた渚カヲルの前例がある。
しかも、恐怖に慄く面々が知るシンジがこんな戦法を取る筈が無い事も大きなトリガーとなっている。
何よりも…血に染められた初号機の口が妖しく嗤っていた…。
禍々しく、狂おしい程に美しい……鮮血に染まり歪んだ顔…。
発令所の面々はジットリと掌が湿り気を帯びている事を自然とする程に…確かな戦慄を感じていた…。
誰が乗っているか分からない。
それは多くの面々に取っては事実であった。
少なくとも当事者と、女、赤木リツコ以外にとっては。
彼女は確かに観ていた。
長髪の男が無人の初号機に何かを込める場面を。
「(でも…思い出せない…! 男が居た事は覚えていても、顔も体格も…『居たという事実』以外は…全てがぼやけている…!)」
シルクの布を幾枚か重ね見る様に。
でも、確かに覚えていた。 そう続ける…。
「(男とカメラ越しに目が合った…何もかも見透かした様な…笑み…それで全てが霧へと入ってしまった…。)」
自分以外は『居たという事実』にすら気がついていない…。 リツコは頭を振る。
「(まさか…消したとでもいうの…? まるで魔法ね…。)」
自分の言葉に薄く嘲笑する。
バカらしい、と。
+ケイジ。
男は初めて笑顔を断った。
――驚きの表情によって…。
「リリス……。」
その言葉に蒼い髪が揺れた。
「あなた…誰…?」
男の眼に映っているのは綾波レイだった。
「僕かい…? 僕は君の花婿さ…。」
再び蒼い髪がユラリと揺れる。
レイは目を細めた。
男の笑みが妙に薄っぺらに見え、沸々と感情が煮えきって行く…。
「貴方…嫌い…。」
――ギュオ!
レイの右手に収束した光が一筋の刃へと変化し、男を襲った。
「つれないなぁ……。」
男はレイの上に浮かんでいた。
「A.T.フィールドによる重力遮断…これくらい驚く事でもないだろう…?」
「……何故…?」
レイの声が怒気を孕み始める。
「何故、貴方はA.T.フィールドが使えるの…?」
「僕が僕である根幹であり、悠久を紡ぐ糧と成り得るもの…それが『土の塵』…だからさ…。」
レイの瞳が一瞬大きく開かれた。
「……貴方…誰…?」
「何度も言っているじゃないか…君の花婿…名は…ソウルさ…。」
男が軽く顔を振ると、若干、顔に掛かっていた前髪が横へと流れる。
完璧に現われた顔を目にし、レイの怒気は最高潮に膨れ上がった…。
「…貴方…殺すわ…。」
――グルル。
低い唸り…。
紛れもなく人であった筈のシンジの唸り。
彼は人ではないモノへと変わっていた。
きっかけは、そう、存在意義の欠如によるアイデンティティーの決壊。
兆候はあった。
精神の軋みは絶えず彼を襲っていた…。
軋みは徐々に姿を顕し、身体すら塗りつぶした。
苦しみから解放されるための安易な選択…。
――本能による自己支配。
シンジは今、快楽の絶頂に居た。
The End of Evangelion After stories
With -トモニ-
story : -2 揺らぎ
THE END.
and
To be Continued to 27 or -1.