陳腐な世界だ――と誰かが嘲笑う。

 

 

 

 

 

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written by HIDEI

 

 

 

 

 

 2015年。
 世界は光に包まれ《3rd Impact》は引き起こされた。その瞬間、人は滅び、再び生まれ出でた――何1つ変わりない姿で。
 変わったものは人以外――世界だ。地震と津波、そして噴火。栄華を誇った都市は崩れ、食糧供給は途絶え、全ては ガラクタへと変わってしまった。

《3rd Impact》の引鉄が引かれた地、かつての第三新東京市でもそれは変わらない。何もかもが消え、人は飢えた。
 だが、人は諦めなかった。 食べ物が無ければ作り、住居が無ければ築いた。
 ――例え、その全てが《3rd Impact》前に劣るものだったとしても、だ。
 人々は一筋の希望を取り戻し、新たな街――スラムを造り上げた。その動きは世界へと広まり、スラムは増え続け、今でもなお 拡大を続ける。中でも巨大な、それこそ《3rd Impact》前と大きさだけは変わらない、そんなスラムすら生まれた。
 《七大スラム》――そう呼ばれる一種の国とも言える巨大スラム。

 その一つ《スラム=ルッビス》こそかつて第三新東京市と呼ばれた場だ。

 

 

+++++++++++

 

 

 無数の傾いたビルに雨音が響く。月が雲に隠れているせいか、いつも以上に薄暗い。
 そんな中、ジットリと纏わり付く重い空気を振り払いながら、影が一つビルの前に現われる。
 その影は雨で濡れた己の黒髪を首を左右に揺らして振り払うと、僅かな灯りを目指して足を速めた。
「まいったな。久しぶりだってのに……鬱陶しい雨だ」
 顔をしかめるとビルの影へと入り、再び水滴を払った。
 頭上に見える電球はビルの名残であろうか。僅かな光量だったがその影の顔を照らすには充分なようで、顔が顕わになる。
 17、8ほどの至って普通な、美男子とも不細工とも言えない顔つき。だが、瞳に宿るモノが普通ではなかった。およそ平凡な顔からは 想像も出来ない、そんな瞳から発せられる熱を帯びた光。
 ――その光は頭上の切れかけた電球の比ではない。

 

 

『行くのかい?』
 そんな親友の言葉が彼の頭をよぎった。彼にはこの土地での明確な用というものが存在しない。 ただ、探し、得る――そのために《スラム=ルッビス》を何年かぶりに訪れた。

 雨が弱まったのを確認して道へと足を踏み出す。道、といっても瓦礫の道だ。そのせいか、少し彼の足元はおぼつかない。
 が、突然。そう、突然にふらついていた足がピタリと止まる。
 その目の前には大男だ。
 雨の中を歩くとは思えない、妙に肌の露出が多いシャツ――そこから筋肉質な体が見える。
「あんだ? テメェは?」
 その大男の後ろに隠れるように立っていた、毒々しい色のバンダナを巻いた男が口を開いた。バンダナ男の目は明らかに彼をバカに したような――そんな目。
「いや、特に何も……」
「ふん、なら何だ! その目は! 気に入らない目だ!」
「確かに君達の目は腐った魚みたいだ……」

 ――ブォ! バガッ!

 空気が鋭く切り裂かれる音と、コンクリートが破砕する音。その2つの音は大男の拳によるものだ。 すでに上半身を覆っていた服は裂け、異常なほどに肥大した筋肉が露出している
「チビ! 俺を舐めてるのか? 俺をルッビス東地区のナンバー1――シン=ゴウと知っての暴言か?」
 大男――シン=ゴウはそう言うと再び拳に力を込める。その瞬間、シンの体が青く輝いた。
「Power!」
 そして、シンの口からその言葉が出た時、彼の顔つきが本格的に変化した。

 

 

 

 

Episode 01 : 雨天

 

 

 

 

「ポイント015-026-001-Sで反応が2つ――いえ、3つです」
 天まで立ち昇った機会群の目の前。オペレーターらしき女性が報告を告げる。
 モニターには点が3つ。輝き続ける点が2つと、点いては消え消えては点く――点滅を繰り返す点が1つ。
「《color》は?」
 そして、その報告をミサト=カツラギが返す。その目つきは鋭い。
「buleが2つ、計測不能が1つです」
「計測不能?」
 説明を促すような視線を他のオペレーターに向ける。
 その視線の先にいたオペレーター――マコト=ヒュウガは、いかにも慣れた具合で説明し始めた。
「おそらく《word》の発動、そして発動停止。 そのツーアクションをMAGIの《color》計測限界を超える速度で行なった、と考えるのが妥当でしょう」
「MAGIの計測限界は?」
「《word》発生時における《color》計測限界は、10のマイナス5乗分の1秒です」
「それってどれくらいよ……」
 ミサトは嫌そうな表情で頭を抱えた。
 目の前のモニターに映る光点は既に1つ減っていた。光り続ける点が1つになったのだ。そして、点滅を繰り返す光点が1つ、夏場の 蝿のように動き回っている。
 その目まぐるしい動きに、ミサトはよく動くものだと何故か感心していた。
「かなり速いわね。015-026付近の地形データーを呼び起こして」
 光点の動きが隅へと追いやられ、モニターに地形データーが表示される。
 xyz、つまり、横縦高さの座標で表される空間ポイントだが、015-026はほぼMAGIが捉える範囲の端に位置している。 そのためか、映された地形データーは端より向こう――ネルフと遠くなるにつれて酷く曖昧だ。 だが、曖昧であろうと無かろうと広がっているのは所詮傾いたビル。ミサトが知りたいのは何があるかではなく、足場なのだ。
 足場と言ってもアスファルトか瓦礫、それと砂利程度の幅しかないが、ミサトにとってはその僅かな幅こそが重要である。
「瓦礫も瓦礫。しかも、最大高度差3メートル、平均高度差0.7メートル。この足場の悪さでこれだけのスピード……物凄い」
 瓦礫の積もりで出来る足場の高度差――それが0メートルであれば当然高度に差がない平らな道だ。 高度差は1×1メートルに区切られた空間ごとの足場の平均の高さを、隣の1×1の空間と比較して算出されている。 その高度差が3メートルなのだ。足場と呼べるのかも疑わしい。
 少なくとも、この足場の悪さで、これだけの速さを実現できる者をミサトは知らなかった。
「偵察機、出せる?」
 だから、警戒した。

 

 

+++++++++++

 

 

「《word》か……君達には少し過ぎたモノだ」
 彼が見下ろす先には、赤く染まった地面と太い腕があった。腕は肩から切断されたようで、断面には肩骨が見て取れる。
 断面から滴り落ちる血は血だまりを形成したが、それも雨にすぐ流された。
「シン! シン! おい、しっかりしろよ、シン! ……クソッ!」
 シンの後ろに隠れていたバンダナ男が、切断された自分の腕を眺めて呆然としているシンの肩を掴み、揺する。
 だが、シンからの反応は皆無だ。
 ギリっと歯の軋む音とともにバンダナ男――ユウ=ヤエムの体が青く輝きだす。
「Deteriorate!」
 叫びとともに、ユウの右腕が飴細工のようにドロリと形を失う。そして、数秒の後に人の肌とは程遠い――銀色の光り輝く戦斧が 右腕にあった。いや、右腕自体が戦斧となったのだ。

 ユウの右腕が振り上げられ、風が巻き込まれ、空気の唸りが響いた。振り下ろされた戦斧は、ガキリと地面にめり込む。 ユウは確かに彼を狙った筈なのに、だ。
 圧倒的な速さ。強大な『力』も『変質』された異形も、触れることの出来ぬスピードにはなす術も無い。
「テメェ……調子にのるなよ!」
 戦斧の刃が縮まり、先端が鋭角的に伸びる。古来よりの日本の武器、ブレイド――つまりは刀だ。
「細切れにしてや――アガァ!」
 肉が裂け、血が舞った。響いたのはユウの断末魔の叫びのみ。ユウの首が転がり、血を吐き出す。

 ――ブンッ!

 彼が右腕をしならせると同時に、血が空中に散った。
 彼の手にあるモノもまた刀だ。
 白銀の切っ先には血が付着し、それが雨で流れていた。シンの血とユウの血が混ざり、傾斜の大きい地面を転がるように流れて 行く。その流れ着く先を彼は目で追った。そこには、右腕を抱え、シンが座り込んでいる。
 途端、ブチッと唇を噛み切る音が雨音に混ざった。
 唇の端から流れ落ちる血を舐め取りながら、シンが体を持ち上げる。
「アガァァーー!」

 ――ギュン!

 叫び声とともにシンが投げつけたのは、切断された自分自身の腕だ。
 シンの腕は一直線に彼を目掛け、雨を割った。
「まだ、立ち上がる気力があったか」
 姿勢を極限まで屈め、鞘を腰へと寄せる――居合だ。風が斬れる音とともに、雨を切断して一つの弾丸が駆け抜ける。 屈められた体は、爆発的な瞬発力に後押しされて、一気にシンの腕へと向かった。
 一跳びでシンの腕へと迫り、下から上へ刀を振り上げる。銀色の煌きが軌跡を描きシンの腕をとらえた。
 縦に裂けたシンの腕を尻目に一端地面へ着地し、再び強く跳躍する。振り上げた刀はそのまま上段に構える。鞘は既に投げ捨てた。 重力に従い落下しながら、寸分の狂いも無くシンの左肩を目指す。
「グォォォ!」
 だが、シンも黙ってはいない。《Power》によって高められた堅く強い筋肉を、左腕にのせて突き出す。
 拳が雨を突き抜けた。

 

 

+++++++++++

 

 

「偵察機、ポイント015-026-001-S到達。現在《word》反応源探索中」
 モニターには荒涼とした《スラム=ルッビス》の姿が映し出されている。
 偵察機のカメラレンズに雨が付着し、捉えられた映像はまばらだ。
「反応増大。先ほどのbuleの《user》と波形が一致します」
 映ったのは、シンの切り離された腕が矢と化した場面だ。丁度、シンと彼を横から捉えたアングルといっていい。
「速い……」
 誰が発したかわからない呟き。
 その目に映るのは空中で縦に裂けたシンの腕と、上空へと昇った彼。

 ――ズバッ!

 音を拾えない筈の偵察機から、音が届く。 実際には響いてなどいない。しかし、モニターを見つめる視線の主達は確かに感じ取った。
 それほどの斬撃。
 その一撃は突き出されたシンの左腕を掌から肩まで一気に断った。恐ろしいほどのきれいさで肩から二つに別れたシンの 腕は、ドクドクと血を吐いている。
「データーの呼び起こし、開始して頂戴」
「え?」
「手ぇプラプラさせてんのと、勝ち誇って突っ立てる男のよ!」
 理解の遅い部下にミサトが少し声を荒げる。
 普段の彼女はこんな事はしない。ただ、目の前で起こった惨状に、いや、彼の実力に興奮していた。
 ミサトは彼の顔をその目に捉えるべく、目を凝らした。しかし、レンズに付着した水滴が邪魔をしてうまくいかない。
「呼び起こし完了。両腕を切断され男がシン=ゴウ――《スラム=ルッビス》を根城にするチンピラです」
 正直、ミサトにとってシンの情報はどうでもよかった。知りたいのは彼。圧倒的な速さをもつ彼だ。
 だが、はやるミサトを嘲るように新たな反応がモニターに灯る。
 脈打つランプとともに示された名――3th ANGEL SACHIEL。
「使徒出現。第3使徒と固有パターン一致!」
「ッチ! どうしてもっと早く探知できなかったの!」
「MAGIの反応測定限界域の丁度間をぬうように侵入した模様です」
 MAGIのテリトリー、つまり《スラム=ルッビス》も真四角になっているわけではない。グニャリと湾曲し、えぐれ、その概形は 幾何学的とはいいがたい。
「サイズは?」
「約2メートルです。対応はどうしますか?」
「……」
「カツラギさん? 指示を!」
「現状を維持しなさい」
「え?」
「だから、ほっとけって言ってんのよ」
 ミサトは知りたかった。果たして使徒を前にして彼はどうするのか、ということを。
 サキエルに殺されない確証はある。あれだけのスピードがあれば、サキエルの攻撃などあたらないのだ。どんなに強力な攻撃でも 当たらなくては意味などない。
 勿論、ミサトは備えを忘れてはいなかった。
「レイとアスカを待機させておいて」

 

 

+++++++++++

 

 

「グヌ…ヌヌ…」
 シンの苦悶の声。
 その声を打ち払うように、彼がシンへと言葉をかける。
「君の《word》――《Power》はどこで手に入れた? どこで《user》になった?」
「テメェ……それを知ってどうする? 戦ってわかった……テメェも《user》だろ…なら、関係は――ガフッ!」
 シンの胸に突き刺さる刃。
 だが、それは彼の刀ではない。もっと異質で硬質な突撃槍――ランスだ。
「サキエルか」
 彼は嫌そうに呟くと、シンを突き刺した異形――サキエルへと飛び掛かった。
 刀を横に倒し、叩きつけるように薙ぐ。ガキンと金属がこすれ合うような音が響き、サキエルが吹っ飛ぶ。
 だが、その体に傷は無い。一方の彼の刀は、刃が真ん中あたりで折れてしまっている。
「ナマクラめ……」
 折れた刀にそう毒づくと、彼は後方へと一端距離をとった。
 先ほどと同じ様に体を極限まで屈めると、今度は右腕を折り曲げ拳に力を込める。
 ギュルとサキエルが鳴き声をあげる。その姿はかつて第三東京を襲った第3使徒そのままである。違うのはその大きさだ。 そり立つビルよりも巨大だったその体は、傾いたビルと同じ程度の――人とそう変わりないサイズとなった。
 そして、何よりも――
「ATフィールドの欠如は致命的だ」

 ――ゴォウ!!

 雨を切り裂く唸りが再び響いた。打ち出された右の拳は、風を巻き取るように吹き飛ばす。
 その狙いは一点――サキエルのコアだ。
 彼の拳に硬い感触がぶち当たる。しかし、それすら鬱陶しげに、構わず拳を押し込む。
 ブチッと何かが破れるような音。破れたのはサキエルの腹。破ったのは彼の拳で押し込まれた、サキエル自身のコアだ。

 腹から押し出されたコアが砕け散る。
 彼は貫通した腕を勢いよく抜き去ると、腕を空にかざし雨が血を洗い流すのを待った。

 

 

 使徒は途絶えた筈だった。
 だが、運命はそう簡単には人を戦いから放してはくれなかった。

 《3rd Impact》の直後、 人は再び生まれ出でた。這い出てきたのだ――まだ赤さが残る海から。
 ただし、人だけでなく使徒も。 そして、《creater》もだ。
 《creater》は装置だった。
 それも、人が築いた科学という名の魔法――その遥か先をいく超常の装置だった。超常がつくりだすモノも、また超常。
 その名の通り《creator》は《user》を『つくった』のだ。
 そして、《user》はその名の通り《word》を『つかった』。
 《word》は『言葉』だ。しかも、超常現象を引き起こす奇跡の『言葉』だ。《Power》は『力』を与え、《Deteriorate》は『変質』を 引き起こす――その力は多種多様である。

 

 

+++++++++++

 

 

「反応消失。 サキエルは殲滅された模様です」
 ゴクリと唾を飲み込む音がする。
 その場にいた人間全てが、自分が飲み込んだのでは――そう思った。
 それだけの戦慄を彼は与えたのだ。
「素手で使徒をぶち抜く、か……やってくれるわね」
「カマイタチ……」
 マコトがボソリと呟く。
「ん?」
「よく漫画なんかでは速いヤツっていうと大概カマイタチを使いますよね?」
「漫画ねぇ……」
 漫画などここ数年見ていない。書く人間がいないのだから当然である。
 《3rd Impact》はそんな当たり前の娯楽さえ奪っていった。
「でも、動きが速いなら一番有効なのは直接の打撃攻撃なんですよ。速ければ速いほど与え られる力が増すのは物理における大原則ですから……。ただ、その証明を使徒と人間の拳で見ることになるなんて……」
 マコトは笑って言ったつもりだった。しかし、その笑顔は中途半端でどこか滑稽である。
「圧倒的な速さ、か……」
 ミサトがハッと思い出し、言葉を続ける。
「で、この男のデーターは?」
「あ、はい。すぐに」
 オペレーター席の画面の隅に『データー検索終了まで10秒』の表示が見て取れる。
 10秒がミサトにとっては酷く長い。
「データー呼び起こし完了。――え?」
「ん? 何?」
「す、すいません。も、もう一度検索を」
 再びミサトは10秒待たされる。
 彼女のイライラも頂点だ。
「データー呼び起こし完了……」
「また検索するなんて言い出さないわよね?」
「し、しかし!」
 業を煮やしたミサトはオペレーターを押しのけて、表示された名をその目に捉えた。
 一度、目を見開いた後、ミサトは偵察機から送られてくる映像を再び凝視する。
 まばらな映像に映る彼。
 その姿をミサトはジッと見ると、哀しいのか嬉しいのか微妙な表情で呟いた。

 ――おかえりなさい、と。

 

 

 ミサトの報告で慌しくなるネルフ。上層部もただことではない騒ぎとなった。
 その喧騒に取り残されたように、ひっそりと静まり返るオペレーター席のモニター。
 そこには、その名がポツリと表示されたままとなっていた。


 ――3rd Children Shinji Ikari.


 彼は帰ってきた。

 

 

 

 

 

+++++++++++++++++

 

 

To Be Continued to Episode 02.

Next, one more man appears with the rumbling of thunder.
And Shinji uses word.

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 

 

 


<後を書く>
用語説明的な箇所が萎える。でも、そのまま。
そこが、俺のある種のいさぎよさだと思うわけで(要は逃げ
あと、妙に英語使いたがってるのは英語の成績下がりすぎでピンチな裏返しだから。
『英語の多用がイタイ』とか核心つくのはステキに禁止。だって立ち直れなくからアハハ。


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