何とも欺瞞に満ちたクソッタレな世の中だ。
シンジとカヲルの関係を定義する言葉は幾つか存在する。
友や仲間。
そして、敵――
腰を低く落とし、体を回転させて相手の足を払いにいく。地面をこする右足が、砂埃とともにシンジの右足を狙った。
ガキリと骨の感触。
(折った)
その思考と同時に、カヲルの両の掌が地面を掴む。次の瞬間、腕力だけで持ち上げられたカヲルの両足がシンジの
脳を揺らしていた。
僅かに自分の方が速い。それを確認すると、カヲルは拳を放つ。
手首、肘、肩、腰、股間、膝、足首――関節が連動し筋肉がしなる。
およそ考えうる理想的な直線突きが、風を切りながら鋭くシンジの腹へと突き刺さる。
短いシンジのうめき。
だが、そこからのシンジの行動は驚くほど速い。
手刀をカヲルの腕に打ち付けると、空気を巻き込むように右足を跳ね上げる。今度はカヲルの脳が揺れた。
(一瞬の動きのキレはシンジ君の方が上、か……。
流石にただでは殺らせてくれない)
一度、距離をとり相手を見据える。
殺気と闘気がまるで燃え盛る炎のように渦巻き、シンジという形をなしていた。
シンジも同様にカヲルを視線に捉え、視線を絡ませた。
そして、まるで約束事か何かのように、互いに同時に光を放つ。《color》の奔流が2人を覆い包んだ。
「切!」
――シンジと。
「電!」
――カヲルと。
2人の《word》が、激しく唸る。赤い刃が弧を描き、電撃が駆け巡り、中空で激突する。
どちらが倒れたかは定かではない。
+++++++++++++++++
シンジが目覚めた場所は病院であった。
白いシーツ、点滴、時計、ベット。部屋の全ての造型が、ここは病院であることを示している。
ただ、シンジにとって不可解なことがあった。
目覚めに優しくない殺気が周りを包んでいる事だ。
「患者に優しくない病院だ……」
シンジの呟きを合図に、四方から影が飛び出した。その手には長く鋭い爪が光る。
シンジは襲い来る影の1つ――その背後に軽々と回ると、瞬く間に首を掴み、絞め殺す。
(何ともない。良好だ)
貫かれた肺の無事を確認すると、シンジはさらにスピードを上げる。
まず、手に持ったままだった死体を目の前の敵に投げつけると、後ろの敵に向かい蹴りを放つ。
足先には骨が砕ける感触。そして、背に感じる吐き出された血の熱さ。
「起きぬけにはいまいちだな」
流れるような手つきで、敵を屍へと変へていく。
飛び散った血のしずくが白いシーツを汚し、広がる血溜りが青白い床を染め上げている。
鮮血に包まれたシンジは、手と足を軽く振るって血を払った。更に赤味を増す床と死体の群れを一度眺め、そして、
部屋を後にした。
シンジの靴とリノリウムの床がカツカツと音を奏でる。その音の後に残るのは、赤いシンジの足跡だ。
靴に付着した血が、見事にシンジの通った道を示していた。
――尾行は容易い。
シンジの後をつける影は赤い足跡を見てほくそ笑む。
が、そんな思考は曲がり角の辺りで反転する。
「ゴフッ」
肺に溜まっていた空気が一気に吐き出される。
腹を見ると、腕。背後から腹に向けて貫通している腕が見える。
「おやすみ」
肉が裂ける音。ニ撃目は心臓を貫く。柔らかな声を聞きながら、シンジをつけていた影は絶命した。
「そんなに怖い顔をしないでくれないかい?」
「別に後をつけられているのは気付いていた……」
スッと曲がり角の向こうから出てきたのはシンジだ。
その表情は優れない。
「でも、わざと足跡を残したわけじゃないだろう?」
カヲルの質問に対してシンジが舌打ちで答える。
確かに、起きぬけだからなのか、病み上がりだからなのか、とにかく足についた血をうっかり見逃していた。
「ここは?」
「病院だよ。ネルフのね。ちなみに、君は4日間眠っていた」
通りで完治している筈だ、と納得するとシンジは足を早める。そんなシンジの姿にカヲルは溜め息を吐いた。
「サクノ、ネルフにいるみたいだよ?」
「何?」
「君の目的地はここってことさ」
更にカヲルは続ける。
「僕が言うんだ、間違いないよ。最も、ネルフに居るからといっても――」
「ネルフの手にあるとは限らない、だろ?」
シンジを襲った敵はネルフだとは考え難い。殺すつもりならば、治療などせずに弱りきっている所を襲えばいい。
それに、いくらMAGIの能力が落ちたとしても、簡単に外敵を病院に侵入させるとは思えない。
だから、とカヲルは思う。
「ネルフが認識しているのか、していないのかはわからない。でも、組織内で分裂が起こっている――かもしれないね」
「どうであれ、関係ないさ」
「確かに――君の言う通りだ」
Episode 03 : 再生の足音
「うげぇ……」
ミサトが嫌そうな顔をするのもムリはない。
飛び散った臓腑に、満ち満ちた死臭。
それでも、嘔吐感を覚えないだけ立派なものだ。
「きな臭いったらありゃしないわよ」
カヲル、シンジが疑問を抱いたようにミサトも疑問を感じていた。そして、彼女はカヲルとシンジより更に一歩深い答えを
導き出していた。
(下らない。今、仲間割れなんて)
何年も前のヤンキーのようにペッと唾を死体に吐きかける。唾が血の赤に溶け、混ざって消えていく。
(司令は、気付いているでしょうね――私が気付いているくらいだもの)
それなのに、と。
それなのに、どうして何も手を打たないのか。
(また悪巧みかしらね)
有りえそうな想像に、ミサトは顔を引きつらせた。
ミサトが知らせを聞いて驚くのも無理はない。《スラム=ルッビス》の外ならまだしも、病院にはMAGIの網が張られている。
にも関わらず、シンジが襲撃をうけたことを察知できなかった。カヲルが与えられた部屋から消えていることもだ。
ミサトにとって推測できるのはカヲルの場合のみである。
簡単な話なのだ。
超高電圧を回路に流してしまえば、回路は焼ききれる。実際、カヲルに与えた部屋の監視カメラは、ノイズしか映さな
くなっていた。雷の電圧を操作して人の電気信号へと変換してしまうのだ、それくらいは容易い。
解せないのはシンジだ。
シンジの病室の監視カメラはおろかサーモスキャンから盗聴器に至るまで、何から何までがシンジを捉えていない。
唯一、シンジの存在を知らせていたのは心電図のモニターだけ。
その心電計が本人から外れた事と、カヲルの部屋のカメラが何も映さなくなった所で、ミサトは不審な匂いを感じた。
だからこそ、ミサトは気持ちの悪い屍の山を見ることになってしまったのだが。
ミサトは意中の人物の部屋の前に来ていた。足手まといになるであろう部下は、とっくのとうに追い返している。
ゲンドウに掛け合った所で、今まで泳がせていたのに急に動きを起こすわけは無い。
だから、自分で来てやった。
ミサトはある意味で覚悟を決めていた。おそらく、いや、絶対に戦闘になる。
確信めいたものがあった。明確な理由など無い、酷く曖昧な表現だが女の勘というのが正しい。
そして、その戦闘が相当に厳しいものになることも予想出来た。
アスカとレイを連れて来る気にはならなかった。その理由は彼女らしい。
(あたしが個人的にぶん殴ってやりたいだけだもの)
プシュと空気の抜ける音が響き、ドアが左右に開く。セキュリティは素通り。
――相手も気付いている。
最も、そんな事はミサトにとっては関係ない。
何故あえて危険を冒すか、と言われれば分からない。殴ってやりたい明確な理由もない。
シンジを襲ったことに対して憤りを感じているのは事実だ。だが、ミサトはそれだけの理由で1人で踏み込むほど馬鹿でも子供で
もない。それでも、何となく許せなかった。
――おかえりと言った相手が自分に何も言わずに消えていくことが。
――その理由を作ったであろうこの部屋の主が。
「こんにちわ」
返事はない。
しっかりとした足取りで部屋へと踏み込む。同時に感じる違和感。他人の中へ踏み入ってしまったかのような感覚。
はっきりしている。これは、他人の《limit》に入ってしまった感覚だ。
ミサトは心の中で毒づいた。
「わざわざ殺されに来ることもあるまいに」
黒くどっかりとした椅子に腰掛ける、初老に差し掛かる男――コウゾウ=フユヅキが厳かに告げた。
その表情は困ったものを見る、というよりは、駄々をこねる子供をたしなめんとする表情だ。
「君はこうは思っていないか? 碇のやつが私の動きに気が付いている、と。だがね、それは勘違いというものだよ」
ゾッとするような笑みに、ミサトは自分の心を見透かされたような気がした。
自然と体が後退する。
「泳がせているのではない。本当に気が付いていないのだよ。いや、私が気が付かせていないのだ」
それは、コウゾウがそれを行なえるだけの組織を、いや、力を得ていることを嫌でもミサトに分からせた。
コウゾウの笑みは深く強く、この上なく傲慢で、酷くミサトを追い込む。
ミサトは目蓋を強く持ち上げると、瞳に力を込めた。そして、体に強く力を込めた。
――屈しないように、負けないように、跳ね除けられるように。
光が浮き立ちようにミサトを覆う。赤い赤い、真っ赤なミサトの《color》がコウゾウの顔を照らし始める。
「Grow!」
続けて心の中で叫ぶ。
――ぶっ殺す!
+++++++++++++++++
シンジには探しものがあった。いや、探し人の方がより正しい。
シンジは絶対に彼女と会わなければならない。それは、単純に彼の死に直結する話であり、会いたいなどと言うレベルの話
ではないのだ。
事の起こりはそう、何ヶ月か前、シンジが《スラム=ウエスト》を訪れた事にある。
《七大スラム》の1つ、《スラム=ウエスト》はおそろしく広大だ。
かつてムンバイと呼ばれたインド沿岸の都市から、首都であったニューデリーまでを帯状に広がっている。
多くの仏教遺跡を含み、その人口も果てし無く多い。
その殆どは仏教徒である――
インドはヒンドゥー教国家であったが、《3rd Impact》後は仏教が栄えた。
荒廃した世にあって宗教は1つの拠り所となりえるが、いかんせんヒンドゥー教の規律は厳しすぎたのだ。
食べ物が不足した中で、規律を守ってアレを食べないコレを食べない、と出来るほど人は簡単な生き物ではない。
結果、人々は仏教へと心血を注ぐこととなった。
シンジはその仏教遺跡の1つに足を運んでいた。理由はない。何となく、古めかしい建物に興味を惹かれた。
巻き上げられた土砂に半分埋もれた、大きな仏像と太い柱。《3rd Impact》の時に津波でも被ったのか、所々に塩が出来ている。
歩くたびに、靴底と塩と朽ちた床が奇妙な音を奏でる。まるで子供のように、靴を何度も床に擦り付けて音を出す。
ジョリジョリと音が響く中に、異音が混じった。
「……ここは子供の来る所ではない。 早々に立ち去れ」
奥から現われた異様な装束を纏った男がそう告げる。黒い一枚布で、頭から足までをスッポリと覆っている。
唯一肌が覗けるのは目の周辺だけで、その眼光は鋭い。さらに、男から薫る香の匂いは合法なものではない。
麻薬か覚醒剤か、そこらの草でも焼いたのか、とにかく精神にクるものだ。
最も、荒廃し法も特にないこの場所で、合法も非合法もないのだが。
シンジは少し興味を抱いた。
遺跡の奥で密教儀式でもやっているのだろうが、問題はそこではない。
目だ。瞳だ。眼球だ。
今シンジの目の前にいる男の目はどうだ。濁っている。淀んでいる。眼光は鈍い。
それなのに同時に鋭く、人を刺さんばかりに瞬いている。
おかしな話だ。鈍いのに鋭いなどと。
だからこそ、だ。シンジはその理由を知りたいと思った。純粋な好奇心である。
手刀を首に叩き込む。お決まりの気絶法だ。
巧く気絶させられた事に満足し奥に入る。
が、その後がまずかった。儀式を中断させてしまった。祭司らしい人物が《user》であったことが、もっと問題だ。
何が一番の問題であったかと言うと、その司祭の《word》なのだが。
――《Curse》。
それは『呪い』を相手に与える、随分とオカルティックな《word》であった。
その威力、効力などは《color》に依存するが、呪いは呪いだ。
とにかく、シンジは呪われた。
その威力はなかなかで、シンジは1日と経たず死ぬ筈だ。
死ぬ筈だったのだ。
「サクノはいるよ。 この奥にね」
「この感じ……」
「ああ、誰かの《limit》だ……」
2人はロッカールームの前にいる。
カヲルの案内に従い、シンジはここ――深度4000以上の場所へと降りてきた。
カヲルの感覚が確かであることは疑いようも無い。確かにここに居るのだろうと、確信を持ってドアを開ける。
空気の抜ける音。
見えるのは極普通のロッカールームの情景だ。
「どういうことだ?」
「こういうことだね」
カヲルが前方のロッカー群に向けて、右手から電撃を放つ。スパークしたエネルギーの塊がロッカーを打つ。
すると、ロッカーは奇妙にひしゃげ、周りの空間を巻き込むように崩れ出した。
ロッカーの跡に現われたのは黒い扉だ。シンジはこの黒い扉に見覚えがあった。
「《Gate》か」
「さっき感じた《limit》は多分これだろう?」
《Gate》は空間と空間をつなげる扉を作り出す。巧妙に偽装されたその扉を、カヲルは高エネルギーをぶつけ露出させた。
どこに通じているとも知れない扉をくぐる。
その先に見える光景――それは気味が悪いものだった。
漂う腐臭と死臭、転がる死体の山。そして、無数のコードとその先にあるカプセル。
溶液に満たされたその中に漂うのは、銀髪、赤目の少女だ。
彼女こそがシンジの探し人である、サクノである。
「これは……まさか……そんな。すごいな」
感情をそれほど顕わにしない、カヲルの驚愕の表情。
シンジも感じていた。その、おかしな空気を。
「この感じ――きっとそうだ。アンチATフィールド……」
「人工的にか?」
「そうでなくては、サクノが大人しく捕まっている理由がわからない」
サクノはATフィールドを操る。ATフィールドの力を持ってすれば、脱出など容易い。
大人しく捕まっている?
それは彼女の性格上有り得ない事を2人は知っている。
考えられる可能性は1つ――アンチATフィールドのみ。
「人工アンチATフィールド、か。 作った人は間違いなく天才だな……」
そう言って目を細めるシンジの視界に現われる――影。
「どういたしまして」
「……マヤさん?」
その影の主は、かつてオペレーターを務めていたマヤ=イブキであった。
右手に巻いたリングが鈍い光沢を放っている。
「ふふふ。どうしたの怖い顔をして? 使徒の捕獲に成功したのよ? 凄いことじゃない?」
ゾッとするような狂気の笑み。コウゾウの笑みに似通った、嫌な種類の笑みだ。
「17th ANGEL TABRIS――この化け物に何か用でも? あぁ分かったわ。同属を救いにでも来たのかしら?
そうなんでしょう、ナギサ君。 ふふふふ……あはははははははははははははははははははははははははははは!」
ヒュと風が鳴く。
シンジよりマヤよりも、誰よりも先に動いたのはカヲルだ。振り下ろされた足がマヤの脳天に迫る。
その踵が頭蓋に食い込み、脳がぶちまけられ、マヤは絶命する――筈だった。
だが、またしても有り得ない事が起こった。
「――つっ」
転がったのはカヲルだ。
カヲルの踵を跳ね飛ばしたのは、壁。光の壁だ。
「超小型バリアフィールドは痛かったかしら?」
マヤの不適な笑み。皮肉と嘲りと蹂躙とを含んだ毒の笑い。
「手伝うか?」
「シンジ君はそこに座っていればいいさ。ついでにカップラーメンでも作っているといい」
「ふん。3分もかかるのか?」
「冗談だよ」
「カヲル君の冗談は分かり難い」
再び風が鳴く。
跳び上がったカヲルの胴回し蹴り。当然それは壁に阻まれ、カヲルは再び転がった。
「なるほどね」
何かを得たような口調。そして、再び弾け飛ぶ。空気を巻き取りながら駆け抜け、切り裂きながら垂直に飛ぶ。
そして、心の中で叫んだ。
――ぶっ殺す!
+++++++++++++++++
爪が成長し、殺傷力を秘めた凶器へと変化する。即興のナイフだ。
鋭く首目掛けて腕を振る。ビキリと割れたのはミサトの爪だ。
凶器となっていた爪は粉々に砕け、指先の紅い肉が外気に触れる。
それをなしたのは、コウゾウの首とミサトの爪との間に出来た壁。光の壁だ。
「ククク……葛城君、予言しようじゃないか。そうだな……君は私に指一本触れることなく死ぬ、でどうだ?」
誰かに語りかけるような口調。
それに従うように、コウゾウの背後から黒い扉が現われる。《Gate》の扉。
「ご随意に」
扉から出てきた、寡黙そうな短髪の男がコウゾウに同調する。
その体は、ほのかな乳白色の光に覆われている。
――《color》。それもミサトのredより数段高位のwhite。
ミサトは更に劣勢になった状況の中、露出した指の肉の痛さに顔をしかめる。
(わけわかんない壁に、胡散臭い敵。やんなるわね……)
身構え、僅かに残った爪を《Grow》で伸ばし、復元する。さらに成長を続けさせ、再び凶器へと変える。
「碇に伝えておいてはくれないかね?」
まさに飛び掛らんとするミサトの出鼻を挫く。
その笑みは相変わらずだ。
「――じゃあな、とな」
立ち上がり、黒い扉の中へと消える。ミサトは、それをただ見送る。
まるでその出来事だけが世界から剥がれ落ちたような、そんな感覚がミサトを覆っていた。ハッと、気が付いた時には既に扉
存在しない。見逃した自分が自分で信じられない。
そんな思考を辿りながら、視界に短髪の男をおさめる。この部屋から帰す気などない――そんなオーラを放つ男を。
臭う。
ミサトの鼻がひくつく。この臭いを知っていた。ドブ川から漂うような腐敗臭。人間の腐ったやつだけが持つ、最低最悪の
腐敗臭だ。
「生ゴミの日は明日だっての!」
左足のローキックと、凶器を携えた右手を同時に放つ。爪で突き刺すつもりはない。
足を引っ掛け、頭から重心をずらして、転倒させる気だ。転んだ所に馬乗りになってしまえば、相手が男であろうと、跳ね飛ばさ
れない自信がある。
が、この男、ただ者ではなかった。
――甘い。
そんな呟きと一緒にプレゼントされたのは拳骨。堅く、厚い筋肉が織り成す強力な一撃だった。
浅いジャンプでローキックを避けつつ、左腕でミサトの腕をガードし、右拳を叩き込む早業。
踏ん張りが効かず、腰の回転すらままならない――そんな状況での拳が、これほどの威力を持とうとは。
ミサトは砕けた肋骨を心配しながら起き上がり、素早く銃に弾を込める。
体術で勝てる相手ではない。《color》も数段相手のほうが上だ。ならば、銃と知恵で戦う他はない。
(知恵に関しての自信はイマイチだけどね……)
ミサトの拳銃が火を噴き、螺旋を描く鉛の衝撃が男に向かう。そこに現われる、男をスッポリと隠すくらいに大きい黒い扉。
奥に繋がる別の空間へと、弾は吸い込まれていく。
「忘れてたわ……《Gate》の《user》だったのよね……」
不安だ。
+++++++++++++++++
同じ大きさ同じ重さ同じ形の、要は全く同じ2つの石がある。1つは富士山の頂上にあり、もう1つは麓にある。
この時、2つの石が持つ物理的な力は同じだろうか?
答えは――否。
山頂付近の石は、これを転がすと絶壁を転がり、麓の民家を押し潰すことが可能だ。が、もちろん麓の石にそんな力はない。
2つの石は同じ石なのだ、石自体がこの差異を生み出している訳ではない。つまり、石の置かれている場所――すなわち、空間に
こそその力が宿っている。
それこそが空間の持つポテンシャル、と呼ばれるものだ。
この力を上昇させる。それがマヤの開発した防御兵器『超小型バリアフィールド』の根本だ。
10年では到底きかない50年は技術を先取りしたこのリュックサック型の装置は、理論上ではあるが
空間の持つポテンシャルを無限大まで上げてしまう。
そうすると、そこに存在する物理的なエネルギーが同時に高まり、壁を作り上げるのだ。
それは、音や弦の振動に似通った波動的な法則を持ち、物理的・光熱的衝撃を吸収してしまう壁である。
通常の光や電磁波は波動的な性質を持つために通過出来るが、一定以上のエネルギーポテンシャルや質量を持つ場合は干渉し、
そのエネルギーを強烈に減衰させてしまう。
故に、壁を突破するには強大なエネルギーポテンシャルが必要なのだ。
全てを退け、強力な攻撃にのみ穿つ事を許されたそれは、ATフィールドに近い。
スピンするドリルのように、空中で鋭く回転したそれは、マヤの背に突き刺さった。
カヲルの抜き手がマヤの背に深く刺さり、血が指へと伝う。
「やっぱりね。いかに強力な防御兵器も手動入力だと使い物になりはしない、と開発責任者に提言するよ」
バリアフィールドの発生は、マヤが右手のリングで司っている。
それは、どうにも旧時代的なリング側面のボタンによるもので、何度もそこを押しているのを誤魔化せるものではない。
あとは単純な話だ。マヤがボタンを押すより早く動けばいい。
「それにね――」
カヲルが素早く旋回して、リュックサックから伸びるコードをキャッチする。続けて、腕力でそれを千切ると、床に放り投げた。
「高出力兵器というものは電力供給を断てば意味をなさない」
これで、ポテンシャルの引き上げなど出来はしない。蹴りを上段から浴びせる。
バチリと音がしただろうか。
カヲルの足は再び退けられた――健在する壁で。
「あら、残念ね。もう終わり?」
棘、針、鋲。およそ刺し貫く全てを秘めた笑い。
余裕の笑み。嘲りがそこから飛び出す。
「あなたが失ったS2機関の便利さ、身に染みたでしょう?」
永久機関により、マヤの開発した超小型バリアフィールドは電力供給すら必要としない。
手動入力という弱点を除けば地球上に存在する防御兵器で並ぶものはないだろう。
「さて、ナギサ君? このS2機関――どの化け物から取り出したか……分かる、わね?」
この女――!
刹那、カヲルの身から唸り出た雷撃が空中を駆け巡る。
通常の稲妻の比ではないエネルギーは、壁をブチ破るに足りることは明白。
死亡申告――受理。確定まで10ナノセカンド。
大気全てを焼き尽くさんばかりのエネルギーの奔流がマヤを襲う。そこにあるのは壁だ。
空間が削がれる。 貫かれる。 軋轢が生まれる。
バリアフィールドの崩壊と同時に現われるのは、漆黒の扉。全ての望みを断つ黒い絶望の扉だ。
「あら残念」
女は無傷。その雷撃全ては黒い扉の奥へ。
そして、マヤの背後にもう1つ、黒い扉が出現する。
「マヤ……往くぞ」
顔を覗かせたコウゾウの言葉のままに、マヤは黒い扉の奥へと消えた。
一瞬のことだ。
軋ませた歯から鳴り響く低音。
かん高くこだましながら体を刺し貫く敗北感。
――残ったのはそれだけだ。
+++++++++++++++++
To Be Continued to Episode 04.
Next, fool's attack start.
In addition, Misato bursts a deadly blow !
+++++++++++++++++
<後を書く>
少しの真実を混ぜることでトンデモ理論を本物っぽくする手法を使用。
MMRが特許をとってる可能性もあるので使う場合は注意が必要だ。
グダグダにも程があるので、次回はコンパクト化を目指しますです。