下克上こそ戦国の前触れだ。

 

 

 

 

 

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written by HIDEI

 

 

 

 

 

 白が視界を覆う。ビャクを中心に吹き荒ぶそれは、粉雪には程遠い叩きつけるような白銀のつぶて。純銀のブリザート。
 右手を眼前にかかげながらカヲルは思案する。これは何なのか、と。いくら吹き荒れようが所詮は雪であり、これでダメージを 受けるわけもない。ならば何が狙いか。
(煙幕か)
 何にせよ、もうビャクの速さは完全に把握した。いくら視界が潰されようと、ダメージを貰うことはない。避けられる自信があった。 故に踏み込む。待つ必要もない。相手の土俵に殴りこんで、なおかつその土俵において二度と向かって来られないように叩き潰す。 完全な敗北を与えてやることこそカヲルの哲学であり覚悟であった。
 周囲を埋め尽くす雪の幕を突き破りながら駆ける。目指すべきビャクの黒い影が奥に見えた。最短距離を辿り、一寸のタメもなく 右足で蹴りこむ。巻き込まれた風と雪が波打ち、空気に奇妙な模様を描き出した。
 ガリっと人とは完全に異なる感触とともに、影が千切れ飛ぶ。千切れ飛んだ影はそのまま風景に溶けるように消えていく。
 雪で作られた人形だった。視界は完全なる白一色。ものを影でしかとらえられない環境へと変えた上でのビャクの手だった。
「古びた手を……」
 カヲルは動じない。影が人のそれではない事にはとうに気付いていた。それでも構わず飛び込んだ。自らビャクの策へと踏み込んで見せ た。こちらは自らの戦う姿勢を態度で示した。ならば、ビャクはどう踏み込んでくる――
「既にここは僕の間合いだ」
 銀の《color》を放ち《word》を開放したカヲルから、無数の静電気がつるのように飛び出した。これは言わば触手であり、触覚。 触れれば電圧の変化を感じ取り瞬時にカヲルへと伝える感覚器。
 後方30メートルで電圧が乱れる。意識を後方に向けて延ばし、その出をうかがう。来ない。まだ、来ない。あと3秒待って来なければ 再び自ら踏み込む。
 一。
 二。
 三。
 その瞬間、驚愕が音をたてて白銀の世界を切り裂いた。
 カヲルの疾走。
 ――否。それはカヲルではない何か。カヲルが体を後方に向けて回転させ、右足を踏み出そうとした直後、いや、1歩目を踏み出したと 同時に飛来する何か。
 とっさのガードも間に合わない。流星じみたそれはカヲルの左胸に直撃し、砕け散る。 またしても雪。だが、先ほどから体を叩く生ぬるい吹雪とは次元の違う、 その小さな球体に極大の威力を秘めた塊だ。
 カヲルの動きが停まる。塊は信じられない正確さでカヲルの心臓に衝撃を与え、 体を硬直させた。致命的な停止。人体の構造上避けられない停止。思考は出来ても体が動かない。 カヲルは発作的に人である自らの体を憎んだ。
 停まってしまったカヲルとは裏腹に塊の飛来は停まらない。それ以降は正確さなど微塵もない。停めなくてはいけなかった初撃とは 違い、今求められるべきは手数によるダメージ。停止するその刹那の間に、無数の塊が飛来し、カヲルの体中を打ちつける。 皮から肉。肉から骨へと威力が伝播し、カヲルは磨耗していく。ダメージの蓄積量が凄まじい。
 停止から回復した時、既にカヲルは満身創痍に近かった。特に右腕の被害が甚大だ。肩と肘の骨が既に跡形もない。加えて、身動きが 出来ない。今なお狙撃は続いている。次々と放たれる雪塊でこの場に縫い付けられた。
 それでも、まだ頭は動く。まだ死んではいない。まだ手はある。それも無数にだ――。

 

 

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 慌ただしく情報が駆け巡る。更新。更新。更新。1秒前の情報が瞬時に書き換わる。
 ここ――ネルフ中央作戦司令室――では情報こそが全て。スラム=ルッビス内で繰り広げられる2つの戦闘を余すことなく記録し、 照合し、刻み、銘記し、書き起こし、書き換え、変換し、統合し、細分し、記し続ける。
 大画面左翼は一面の雪に白く染まり、右翼も同様に白く染まっていた。
「画面を赤外線複合補正に切り替えます。3秒前。3、2、1――」
 白が透過し左翼には右腕をだらりと下げたカヲルが、右翼にはハクとシロに見下ろされるトウジがそれぞれ映し出された。
「状況は?」
 本来作戦を指示すべきミサトは病院のベッドにいるため、今声を上げるのはマコトだ。表情は厳しい。
「フィフスは通信機を所持していないため、詳細は不明。MAGIは右腕の致命的破壊を理由に撤退を推奨。 セカンドは通信に応じません。フォースは自主的に通信を遮断。おそらく通信による思考移動を排除したものと思われます。 ファーストは通信に応じません」
 歯噛みする。状況は圧倒的に芳しくない。考える。こんな時、ミサトならどうするかを。
 まず必要なのは把握だ。現状、敵、味方。把握しなければ何もなすことは出来ない。
「フィフスに飛来した物体の解析は?」
「半径約5センチの球状物体。材質は雪。重さは……重さは100キロです」
「100キロ……だと?」
 納得がいった。あの雪球は100キロもの雪をたった直径10センチにまで凝縮した、まさしく雪の塊なのだ。一撃でカヲルの動きを停めた 驚異的な威力にも納得がいく。威力とは与えられる力だ。力とはニュートン曰く重さと速さの積だ。100キロの小球体が流星じみた 速度で体を打つ――なるほど、骨も砕けよう。

 襲撃は図ったようなタイミングで行われた。シンジがゲンドウと別れて最後にカヲルと会話を交わし後、つまり、出立した直後に 3つの白い影がネルフへと牙を剥いた。
 対応は迅速だった。最大戦力であるチルドレン3人での迎撃を決定し、シンジを見送ったカヲルにも出動を要請。
 しかし、甘かった。
 今ネルフが投入できる《user》全員を向かわせるべきだった。最大戦力であるチルドレン3人は容易くあしらわれ、切り札である筈の カヲルも満身創痍。最悪の展開もあり得る。
 襲撃者3人はルネサンスであると名乗った。それを信用するならば、冬月が早くも動いたことになる。目的は明白。そして、その目的 を達成されることこそ最悪。すなわち《creator》を奪取されるという展開。
 《user》をつくり出す《creator》は生命線だ。自らの陣営に《user》を多く持つことはメリットにこそなるが、デメリットには決して ならない。戦闘においても情報収集においても《user》と《non user》では比べる事も馬鹿らしいほどの開きがある。

 だが何故、とマコトは思う。
 《creator》を欲すならば、何故3人なのか。何故もっと多くの人員を投じて来ないのか。
 そしてもう1つ。
 奇妙だった。明らかな違和感を感じた。
 今回襲撃してきた3人――ビャク=ロン、ハク=ロン、シロ=ロン。そして、ミサトと戦ったブル=ロン。さらに、《Aqua》でシンジ を苦しめたギズィ=ロンとメギィ=ロン。
 ――ロン。
 誰もが皆、ロンを名乗る。ルネサンスでの慣習なのか本当に親族なのか、それとも……。

 

 

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 ガクリと膝をつく。動きの質が違いすぎた。トウジの一撃は自らの《word》である《圧》で圧力を付加した強力な一撃なのだ。 当たれば骨を砕き内臓すら破壊する威力がある。だが、当たらない。相対するハクとシロは速すぎた。かすりもしない。 その上、絶妙なタイミングで雪を煙幕のごとく使用する。
 大振りの末、容易く空振りをきっし懐にもぐりこまれる。懐に入ってしまえばハクとシロの天下だ。トウジのそれよりは軽いが、 速い一撃がハリネズミの針のごとく突き刺さり、雪吹雪が凍傷を引き起こす。
(痛いわ……めっちゃ痛いわ……)
 トウジの意識は徐々に霞がかっていた。軽かろうと数が重なれば威力は体に残るし、体温の低下は体力の低下にそのまま繋がる。 遠のく意識と指一本動かす隙すら与えない連撃が、 トウジの反撃への道を完璧に閉ざしていた。
 一撃。
 ただ一撃を打ち込む隙が、一瞬が、欲しかった。その一撃が入れば全ては決着する。
 故に待つ。ガードを固め、待ちに徹す。勝算はあった。ハクとシロのさらに奥に見える倒れ伏したレイ。彼女が気絶から舞い戻り さえすれば、隙は出来るはずだ。何より2対1の不利な状況を少しでも緩和できる。2対2になったとしても個々の実力差は埋めようがない ほど開いている以上、不利は変わらない。あくまでも緩和だ。だが、もしかしたら――
(もしかしたら、実力差が埋まるかもしれん――綾波の《word》で)
 ともあれ、今は耐えるだけだ。性に合わないが、勝つためには全てが正しい。

 

 

 後方30メートル。位置は確定している。問題は五月雨のごとく降り注がれる雪塊だ。全て砕くことも不可能ではない。だが、それも 両手が健在ならば、だ。今の状態では、他の手段をとらざるをえない。
 故に、カヲルは意識を研ぐ。受けには回らない。受けに回ってどうこうなる場面などではない。 攻撃に向けて細く細く、電撃を練る。このまま放つわけには行かない、電圧を落とす。微妙な、それこそカヲルにしか理解できない感覚的 操作を経て作られたそれは、70ミリボルトの電気信号。さらに練り、鋳造し生体電流と寸分たがわぬ形へと作り変える。 人体に流れる電流と同等のそれを叩きつけられれば、脳は誤認する――五感から受け取った感覚によって情報伝達のため脳に流れ込む 電流と。言わば、感覚飛ばし。聴覚からの情報伝達と同様に練り上げればテレパシーのごとく。触覚から受ける痛みの感覚と同様に 練り上げれば――。
 弾幕が薄くなる。
 練り上げられた架空の痛みがビャクを襲った。本物の感覚でない以上、その不自然を知覚した瞬間に痛みは消えていく。それでも、 攻撃の手は一瞬止まった。その一瞬こそはカヲルと相対するビャクにとっての死刑判決に他ならない。
 薄くなった弾幕の隙間をぬって、吹き荒ぶ雪を白銀の矢が貫いた。その左手には迸る紫電。ビャクの頭上より空気ごと削り取るように 振り下ろす。が、ビャクとてそう簡単な相手ではない。とっさの勘で両手を頭上で交差させ、その攻撃を防いだ。
 そして、その攻撃を防いだ瞬間。カヲルを自らの腕越しに見上げた瞬間に、ビャクは自らの敗北を悟った。紫電を放つカヲルの腕、 銀髪の揺れるカヲルの頭、そして、その先。

 殺意をたたえた雷雲。

 いつのまに――そう思う暇すらなく、音を越えて青い雷光がビャクをいた。

 

 

 

 

Episode 07 : 愚者の園庭

 

 

 

 

 燃えていた。えていた。え ていた。えていた。青白い炎が周囲の酸素と粉雪を喰らい尽くしながら、 盛っていた。
 その暴虐の蒼炎を手に宿す者もまた青。
 青い髪を雪風に晒しながら、レイがその右手に抱いた炎を振り回す。撒き散らされる火の粉が雪と接触する度に、1つまた1つと白が青に 塗り潰される。
 レイの眼前にはハク。
「それがキミの《word》か、ファーストチルドレン」
 問いには答えず走り込む。《Snow》の雪は問題ではない。自らの《word》で全て溶かしつくす。問題は身体能力と体術技能の圧倒的な 格差。その証拠に放つ拳はかすりもしない。
 炎を巻きつけた両の拳によるレイのコンビネーションは、そのことごとくが撃墜される。高温の炎をものともせず、的確に手首のみに 向けて手套を連発するハクのディフェンスは超一流だ。
 それでもレイの瞳に焦りの色も絶望の色もない。熱さを増す自らの両手とは対称に、その思考はひたすらクールに。巡る巡る、冷たい 思考。

 レイとハクが対峙するその奥では、トウジとシロが火花を散らせていた。レイが気絶から目覚めたことで、2対2にはなったものの不利は 変わりはしない。ハクの攻撃が消えたことで1度に向かってくる攻撃は減ったが、だからといって避けられるわけでもない。変わらず無数 の拳がトウジを貫く。
 そのトウジだが、
(……もう、ええわ。これで終わりや)
 開き直っていた。
 防御もせず、スタンスを大きく開く。防御を捨てた――そんなレベルではない。防御を自ら握りつぶした。同時に体から昇る橙色の 《color》。そして握り拳に込めるのは自らの《word》、《圧》。岩をも砕く圧力が拳に宿る。
「狂ったか、フォースチルドレン」
 その行動をシロが嘲る。いかにその一撃が強大なれど、当たらなければ意味がないことは何度も証明した筈だ、と。故に恐れも抱かず トウジの間合いに踏み込む。その速度は確かにトウジの動きを遥かに凌駕していた。
 トウジを連撃が襲う。防御の意思がないトウジにその攻撃は面白いように突き刺さった。

 そして、一撃、二撃、三撃と打つごとに襲い来る強烈な違和感。

 裏返りだ――。
 ふと、その違和感に気付いた瞬間、シロの両の拳は砕け散っていた。一瞬の逡巡。
(何故?!)
 戦いの最中の迷いは死。何故は禁句。
 次いで、シロは既にそこにある眼前の圧倒的な存在感に気付く。岩のごとき圧迫感を以て、トウジの拳がその頬を粉砕し、脳を揺らす。 ブツリと断線したように途切れたシロの意識が告げていた――自らの敗北を。
 裏返りだ。
 自らに炸裂するシロの拳が与える圧力をゼロに、そしてそのままマイナスに。マイナスの圧力はすなわち威力の反転。シロの拳が 持つ威力を裏返し、あまつさえ更に重力を付加。裏返った威力がシロの拳を破壊した。
 この所業。自らの《word》の発展的使用。トウジがそれを成しえる自信は皆無だった。賭けでしかなかった。トウジの《limit》はほぼ ゼロ。《圧》を行使できるのは、ほぼ自らの体のみ。試したことなどなかった。ただの賭けだったのだ……。
「こんなどこぞで拾ったような勝ち、嬉しくもなんともないわい」
 呟き、見た先ではレイの一撃がハクの意識を断っていた。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 縦だった。まるで佐渡の割戸。山が頂上から楔を打ち込まれたように縦に割れていた。その不自然な自然の造型を見上げるのは、 背に魔刃まじん紫鬼しきを負う シンジ。
 白の襲撃者とネルフが相対した、その数日後。シンジはゲンドウから渡されたサガの手紙を頼りにこの地を訪れていた。手紙が 真実ならば、この不自然な縦割れの山にシンジの師がいる筈である。
 割れ目を見上げる。切り立った崖が向かい合った格好で、それぞれの端が繋がり谷となっている。その中腹に いくつもの横穴が開いているのが見えた。土と砂が混ざり合ったような柔らかな大地を踏みしめ、山中へと進入した。

 瞬間、斬られてシンジは死んだ。

 否、シンジがそう感じただけだ。柔らかい膜のようなものに触れたと思った刹那、無数の無形の刃がシンジの体を貫き通した。 確かに感覚的にシンジは斬られ、そして自らの死を覚悟したのだ。だが、真実は、
「それで、一度死んだぞ? 相変わらずだな、シンちゃん」
 真実は、この男の途方もなく広い範囲に放たれる殺気に触れた。ただそれだけのこと。
「サガ……」
 死の感覚に背を冷たくしながら、声の方へと振り向く。無音にして高速の移動が既に声の主をシンジのすぐそばまで近づけていた。
 怜悧と獰猛が同居した緑色の瞳と、異形じみた内部筋肉を持つ細身の体躯。 梟の頭脳と獅子の牙――シンジがその瞳にとらえた男は紛れもなく生き物として、シンジとは違ったステージに存在していた。
「待ってたぜ。久しぶりだなシンちゃん。甘ったれは治ったか?」
「お久しぶりです」
 サガの精悍な顔が笑みに歪む。更に歪めて二の句を継ぐ。
「取り敢えず、少し遊んでやる。来い」
 殺気がまるでゴム風船のように膨張して一気に弾けとんだ。波紋を広げ緩やかな縦波を描き、その欠片が四散する。 弾け飛んだ瞬間に起こる風圧のような、そんな余波に当てられシンジの体が傾ぐ。
 ただ、そこに立つだけで人を殺せる。ただ、瞳を注ぐだけで人を殺せる。ただ、存在のみが既に凶器。そんなシヴァのような生き物が ここにもいた。それだけで、シンジは武者震いが止まらない。1人しかいないわけではない。つまり、たった1人のみが、そんな存在へと 昇るのではないのだ、と。自分も昇れる。2人いるのならば、3人いようと10人いようと問題はあるまい。
 歯を噛み締める。殺気を孕んだ風に頬を撫でられながら、一度目を閉じすぐに開いた。全力だ。全力でこの人に挑んでみよう。 サガが遊びというのなら、サガにとっては遊びなのだ。 それでも、シンジにとっては遊びなどではなく、遊びではない状況こそを望む。
 まだどんな意図で自分を呼んだか訊かぬうちから、シンジの目的は定まった。すなわち、より高みへと――。

 

 

 

 

 

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To Be Continued to Episode 08.

Next, the killer from CATAKOMBAE comes to a cliff.
And, Childrens take intensive lessens.

 

 

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<後を書く>
アスカだけ置いてきぼりな感があり。
単にその内アスカが活躍する話を書くから今回は大人しめなだけですが。
で、そろそろアイデアが追いつかなくなってきたので、敵の方が格上ってのをやめたい。
どう転んでもカヲルとシンジ以外はそう巧く事が運べなさそうでグンニョリ。


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