命を焼き付けろ。

 

 

 

 

 

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written by HIDEI

 

 

 

 

 

 右拳が空気を貫くように一直線に放たれる。鋼をも砕くその一撃は、しかし、牽制でしかない。速さのみを追求し 腰の入っていない、様子見の一撃だ。アーガスはその一撃を左肘で撃墜すると、踏み込むというよりも 空気と一緒に流れ込むようにサガの懐へと移動する。その移動の際にもサガから5発ほどの拳が繰り出されたが、その全てを体の 捻りのみで避けた。
 すぐさまがら空きの腹へと抜き手をお見舞いすべく、アーガスが自らの手の平を鋭く回転させる。その高速で回転する白刃のごとき 指先が、柔らかな肉に触れた。だが、それも一瞬。皮一枚を貫通したが、既にバックステップを試みていたサガの体には完全には 届かない。そして直後、バックステップを踏みながら高々と上げられたサガの右足が、斧のように振り下ろされる。空気を割り裂き 豪風を作り上げつつ落下する踵が、アーガスの体躯を切り裂いた。
 無論、それも皮一枚でしかない。
 互いの傷を確認しながら、僅かに距離をとった。
「無理して紙一重にせず、大人しく頂いとけよ」
「サガ、それはこちらのセリフだな」
 言うなり、アーガスの瞳が赤を濃くし、爪が人ならざる形状へと変質する。羽ばたく翼は闇と同質。そして、ニヤリと笑う アーガスの口から牙が現れる。月光すらけがす、闇色の怪物がそこにはいた。
「根暗なお前にピッタリだな、蝙蝠野郎」
「ザッツ、トゥルー。アイム、ヴァンパイアってね」
 風を切り裂き飛翔する。羽が奏でる風切り音が闇の静寂を是正し、粛清した。その蝙蝠のものにも似た羽が生み出す揚力、浮力、 そして感知すら不可能な何かが、アーガスを自在に飛ばせる。くるくると何度か夜風を確かめるように回った後、急速下降。 風切り音は極致に至り、空間を羽で叩き伏せるように黒き流星がサガへと迫った。同時に、 月光を受けて光る異形じみた強靭な爪を備えた、両手の十指を振り上げる。
 それを地上で身構えつつ待ち受けるサガの思考が走る。アーガスの《word》――《Vampire》は細々とした様々な能力を発揮するが、 その根本はやはりヴァンパイア。サガはアーガスの《Vampire》による全ての力と能力を知っているわけではないが、 ヴァンパイアに根ざしている事だけは確信していた。そして、今サガが最も恐れるべきはアーガスの飛翔能力だ。 ただ落下するのではなく、翼を巧みに操り空中で方向転換を行う。サガが地上で戦うことを選んだならば、翼により落下と方向転換、 さらには全方位に動き回ることが可能なアーガスが有利。 かと言って、いかに驚異的身体能力を誇るサガとて、翼を持つ相手と空中でまともに打ち合える筈もない。 つまり、必要なのは翼を何とかすることだ。
 だが、問題が1つ。
 サガの拳、蹴り――およそサガが現在唯一使用できる肉体という武器では、翼をどうにかすることは出来ない。
 関節駆動、重心移動、螺旋運動など全ての要素を満たした完全な拳や蹴りならば可能だろう。しかし、高速で展開されるアーガス相手の 戦いでは、それほどに完璧な一撃を叩き込める機会があるとは思えない。速さのみを追求した一撃でも鋼すら砕くが、アーガスの 翼は鋼よりもなお高硬度を持つ。
 選択は2つ存在する――完璧な一撃を叩き込む機会を作るか、肉体以外のより強い武器を求めるか。だが、今のサガがとることが可能な 手段はたった1つしかない。

 故に、名を紡いだ。

 右に大きく跳ぶ。降下してきたアーガスと、その両手が描く円弧を一旦避けた。当然、アーガスはその動きを追うように、地上に体が 触れる前に降下姿勢のままで方向を換え、腕を左右に目一杯広げサガに襲い掛かる。サガの顔面をとらえるべく宙をかき抱くように 腕が鋭く振られ、銀の線が空中を走った。その死の直線を再び紙一重で、首の動きのみで避ける。だが、銀線は左右から中央に集まった 後、すぐさま左右に返った。完全なタイミング。既にサガは回避後の紙一重の位置にいる。ならば、今、紙一重のさらに奥の位置に サガの動きと同等以上のスピードで銀線が走れば避けられる道理はない。
「死ね」
 アーガスの呟きと同時に銀線が死を運んだ。ぶつかった瞬間、皮が破れ、肉が裂け、骨が砕けた。血が滴り、アーガスの体を汚す。 完全なタイミング。避けられる筈のない完全な死の一撃。ならば、何故、
「お前が死ね」
 サガの呟きと同時に弾丸が死を運んだ。
 粉砕されたアーガスの両手を越して、その先の翼に全関節が奏でる完璧な螺旋軌道の拳が突き刺さる。その一撃はまさしく巨弾にして 流星。厚く堅固な黒翼がその一撃で紙屑のように千切れ飛ぶ。
 完全な一撃を逆に粉砕されたアーガスの一瞬の戸惑い。その僅かな隙に完全完璧な拳を叩き込み、翼を断った。これで、アーガスは 地上で戦うしかなくなったのだ。これがサガの狙いだった。
「おかしいとは思っていた。唱えた筈の《word》の力を何故振るわないのか、とね」
 そう《Vampire》の力を存分に発揮したアーガスとは対称的に、サガは《Odin》の力を全く使っていなかった。 それを不思議に思いながらも、互いが互いをよく知るもの同士として互いの《word》の《limit》や能力をある程度は理解していた故、 アーガスは特にそれを気にすることもなかった。サガの《Odin》の《limit》は狭く、しかも多かった、と。
「まさか防護用の神名ネームがあったとはね」
 砕けた手をぷらぷらと揺らしながら、確認するように言葉を発した。
 サガの《Odin》――北欧神オーディンの名を冠すこの《word》の能力は、アーガスの知る範囲においてはただ1つ。オーディンの数ある 別名を紡ぎ、その名を事象として顕現させる。
兜をつける者ヒァールムベリってとこかい?」
 問いには答えず、もう2度とこんな心臓に悪い駆け引きはごめんだ、と心中で愚痴りながらサガが後方に距離をとる。もうタネは割れた ため隙を作るには至らないが、逆にタネが割れたからこそ防護用の神名を気兼ねなく使える。ヴァンパイアの膂力に対しても、地上での 肉弾戦では圧倒的に有利だ。
「バット、ソーリー。ほら、ニョキっとね」
 周囲の闇が集い、凝固して翼が再生する。再び空へとアーガスの体が浮かんだ。
「インチキだろ、そりゃ」
「お前の防護用の神名の存在を知らなかったのと同じだ。互いに知り尽くした仲でも、知らないことはあるってこと」
 闇の魔人は薄く笑う。それは嘲りではなくかつての友への憐憫の笑み。
「不思議だ。何も策を弄す必要はない。サガ、お前にはもっと簡単な手段がある筈だ。どうして強力 無比と謳われる攻撃用の神名を使わないんだい?」
 サガは問いには答えない。答える代わりに、地表近くに浮かび上がるアーガス目掛けて突進する。最早、同じ手は通じず、別の方法で 翼を断ったとしても意味はない事がはっきりとした。ならば、不利を承知で飛翔する相手と地上で戦うほかない。 猛禽の王と百獣の王の戦いではなく、その2つを兼ね備えた言わばグリフォンと獅子の戦い。
「アイシー。なるほど、原因はその洞窟か」
 突進してきたサガの手の届かない高高度へと羽ばたく。次いで、サガが出てきた洞窟に意識を走らせ、 奥の僅かな存在感を知覚した。
「攻撃用の神名はそりゃあ、恐ろしいほどの殺気を撒き散らすものね。お前ですら抑制しきれない、ね」
 全てを読まれた。勝っても負けても自分だけの問題で済ますために、シンジの意識を断った。シヴァと刃を交えた以上、アーガスが シンジを知らないはずがない。アーガスがシンジを守りながらどうにか出来る相手ではないことは明白。だからこそ、シンジが意識を 取り戻しては不味い。互いが相手に殺気を向けながら戦っている今の状態ならばいいが、サガですら抑制しきれず殺気が無秩序に広がる 攻撃用の神名では、確実にシンジは目覚める。
「奴隷の足枷ってことか。それなら、枷をとく人間が必要だ」
 言うなり、翼を再生したときと同様、闇がアーガスの手中に集い凝固した。サガが崖を全力で駆け登る。そびえ立つ崖を登り、アーガス に近づくべくほぼ垂直に駆け上がる。過去幾度となく目にした、闇を放つアーガスのロングレンジにおける基本技。放たれれば最後だ。 シンジは気絶から解き放たれるだろう。
 サガの動きは速い。爆発的脚力で崖を走る。だが、既に闇を放つ動作を開始しているアーガスに、放たれる前にとどくわけもない。 激走むなしく、アーガスの手中から球状の闇が発射された。周囲の闇夜の黒よりなお濃い黒色のつぶてが、洞窟の入り口にぶち当たる。 その瞬間、洞窟の奥の希薄だった存在感が真っ当なものとなった。サガがそれを知覚し歯噛みし、アーガスがそれを知覚し笑う。
 シンジはゼロコンマ何秒かで異変を察知し、洞窟の外に飛び出るだろう。既にシンジは覚醒してしまったのだから。

 足枷は消えた。死を覚悟し、怯えを隅に追いやる。何が大事かは分かっているつもりだ。何を今すべきかは分かっているつもりだ。 闇を消し飛ばすべく、闇を引きちぎるべく、闇を壊し砕くべく、無理を承知で、力を顕現させる。
 全ての手順と工程を省き、力を、力を、力を!
 かかる筈だった時間を自らを代償に、力を、力を、力を!

 最早、サガに残された手段はたった1つ――そのゼロコンマ何秒で、全てを決す。

 故に、名を紡いだ。

槍持つ者スヴィズル!」

 と。

 

 

 

 

Episode 09 : 夜の哀歌

 

 

 

 

「簡単な問いですよ」
 とリツコの問いにカヲルはそう答えた。
「自身の《limit》が他の《limit》と被った場合、より力が強いほうの《limit》が他の《limit》を押し潰す。最も、よほど《color》に 開きがない限りは起こらない事ですが」
 それはチルドレン3人とカヲルとの戦闘訓練において、アスカとレイの《word》が封じられた事に対する答えであった。やはりリツコ の推測どおり、bule、green、yellow、orange、red、black、white、silver、gold、そしてrainbowと続く《color》における圧倒的 格差こそが《word》の封殺をなしていた。トウジのorangeに対しカヲルはsilver。トウジは不自由なく《word》を行使した。だが、 カヲルのsilverに対してgreenのアスカとレイは《limit》をキャンセルされ、《word》の行使が不可能だった。
「完全な実力不足ってことね、アスカとレイの」
 つまりは、そういうことだった。
「もう1つ答えて。それはテクニックなの? それとも貴方だけが可能な何かなの?」
「テクニックです。それも訓練次第では誰にでも可能な。コツを掴めばすぐだ」
 言いながら自らの《word》を紡ぐ。周囲の電子が集い、カヲルの右の掌で白い光が、左の掌で緑の光がそれぞれ渦巻いた。 右の白色の渦が円心円状に広がり左の掌に到達すると、そこに渦巻く緑の光の上に被さる。そのまま白い渦が緑の渦を巻き込み1つの 渦となした。
「こんな感じですかね」
「被せて取り込む、か」
 横でリツコとカヲルの話に耳を傾けていたミサトが、顎に手をあて顔を少しうつむかせ考え込む。どんな訓練を組めばよいか、と。 そして、自分自身もリツコと同様に訊いておくべきことを訊いておこうと、顔をあげる。
「あの子達、どうだった?」
 訓練室で死んだように倒れこむ3人を横目に見る。
「見たとうりです」
「でも、最後、ほんの少しだけの間だけど本気出したでしょ?」
 答えず、桃色の趣味の悪い刺繍の入ったタオルを首にかけ、部屋を後にした。答えないことが答えだ。

 

 暗い廊下を足元のライトを頼りに歩きながら思う――あの3人は強くなる。何より判断が速い。それに度胸も覚悟もある。 身体能力も鍛えただけあって高い。だが、《color》が低すぎるのが問題だ。
「理由は大体想像がつく」
 壁、というやつだ。強くなるということも生きるということも戦うということも、壁を乗り越えていくものである。だから、カヲルは 助けはしない。誰かが持ち上げても、それは壁を越えたとは言えず、壁を越えさせてもらったに過ぎないからだ。それでも、壁を 乗り越えようとする者の背中を、軽く叩いて元気付ける者が必要だろう。
「本当はシンジ君の役目だと思うけどね。損な役回りだ……」
 溜め息を吐きつつ呟く――壁は自分もだ、と。それでも、溜め息を吐いても、下を向くのはやめようと思う。下を向いたままでは、壁 も何も見えやしないのだから。
 伸びた前髪を指先で弄りながら、髪を切ろうと決意する。これも、前を向かなきゃ気がつかなかったと苦笑しながら、出口の光 を頼りに暗い廊下を歩いた。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

槍持つ者スヴィズル!」

 刹那、シンジが動くより更に速く、音よりも速く、光と同じ速度で槍が形成される。
 それは槍。
 それは光。
 それは力。
 それはオーディンの槍。
 それは――グングニル。
 サガの体が軋みを上げ、その全てが砕けるのを合図に圧倒的な力が弾けた。花開くように殺気がトルネードを形成し、 殺気の束が幾千の槍刃となり空中に突き立ち、暴虐と暴力と暴威と暴殺と暴怒と暴乱が疼きを上げて叫んだ。
 光と力の咆哮。
 唸りを上げ、音を凌駕する速度で彗星となって、音となって、光となって、全てを粛清する力となって、 神槍が空中をはしる。
 空気を刺す。
 空間を貫く。
 世界を削る。
 そして、闇を穿つ――!

 光が闇を塗り替える。

 月光を遮っていた闇の雫が、瞬間、弾け飛んだ。アーガスの黒き体で1つの光点が産声を上げた。その光点は月光。 アーガスの体を穿った1つの点から差し込む月光。月光が穴を広げ、アーガスの体が黒い霧となって辺りの闇夜に消えた。
 その月光を体に受けながら、サガがその場に倒れこむ。一瞬の何倍もの時間をかけて放つべき力を一瞬で実現させた代償は大きい。 死を覚悟し、怯えを隅にやったつもりでも、死の足音が聴こえた時には身がすくむ。もう5感が1つずつ危うくなっているのを、サガは 感じていた。

 気配を感じた。体に触れるその気配の主の手に覚えがある。
「サガ……」
 シンジだった。視覚が消えようと分かる。確かに、シンジだ。
「サガ……」
 名前を呼ばれている。聴覚が消えようと分かる。確かに、シンジが自分を呼んでいるのだ。
 最後に、口がきけなくなる前に、何かを言おうと思った。何かを言わなければいけないと思った。
 子供が寝ている間に、知りもしない間に、そしらぬ顔で大人が全てを解決している。そんな風に思っていた筈だった。 そんな風に出来る大人がかっこいいと思っていた筈だったし、子供はそうして何かをなした大人の背を見て育つ筈だったし、 それが正しいと思っていた筈だった。
 それなのに、今こうして1番かっこ悪い姿を見られている自分は、本当にかっこ悪くて。
 ああ、そうか、と。そうだった、とサガは思う。

「なあ、シンジ、俺はかっこいいか?」

 サガは笑っていた。

「かっこいいです……凄く」

 ああ、自分はかっこいいんだ、と。そう思うと意識が霞んでいく。
 ああ、自分は何かを出来たんだ、と。そう思うと意識が散っていく。
 ああ、そうか、と。簡単なことだ。子供はいつか、そんな大人の背を見て、そしてまた自分も大人になるのだ、と。
 そう思うと意識が、

「なあ、シンジ、前だけ……見てろ……」

 ――。

 

 

 月光が、全てを照らしていた。

 

 

 

 

 

+++++++++++++++++

 

 

To Be Continued to Episode 10.

Next, Kaworu go out.
And, Run and run.

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 

 

 


<後を書く>
微妙。バトルが後だしジャンケンになってきたので今後何とかしたい。
それと、9話も使っておいて話が進んでないのも何とかしたい。


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