勝利を欲すならば、血と涙を流せ。

 

 

 

 

 

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written by HIDEI

 

 

 

 

 

 抜群だった。前後左右から迫り来る黒いレインコートの群影は互いの死角と、互いの攻撃に必要な溜めと、それ によって生じる隙を完璧に理解し合っていた。右からの攻撃を避けた途端、その体の動きにピタリと合わせた絶妙な攻撃が左より 襲い来る。前から、後ろから、右から、左から攻撃は間隙なくドミノ倒しのように続く。
 その高度に高度を重ねたコンビネーションをいないしながら、カヲルはある1つの懸念を抱いていた。
 ――連携がよすぎる、と。
 それは抜群の域を超え、最早異常でしかない。まるで1つの精神が4つの体に宿ったかのようだ。
 絶え間なく続いた攻撃が途絶えたかと思うと、4人が同時にカヲルから距離をとる。
 来る――反射的にカヲルはそう感じた。磨かれた勘と蓄積された戦闘知識が告げる死の予感に、身を震わせる。意識を体の内から 外に広げるイメージを描き、自らの《color》を世界に解き放ち、それに備えた。
 4つの声が寸分のぶれもなく重なる。
「Wall」
 壁だ。
 空気を裂きながら白い壁が大地より突き出、そびえ立った。まるで世界とカヲルとを分断するかのように、飛び出た4枚の壁が カヲルの頭上で結合し角ばったドームを形成する。閉じ込められた。
 白い4枚の壁は何で造られているのか、鏡と見まごう程に表面が輝いている。さらに、壁にはつなぎ目がない。 そう、1枚の壁は壁でしかなく、壁以外の何かではない。それ自体が1つの『もの』。 何かを組んで造ったのではなく、何かを結して造ったわけでもない。
「まずい……」
 苦い顔でカヲルが呟いた。もしも。もしも、この壁が絶縁体であったならば、カヲルの不利は決定的だ。 予想しうる事態ではあった。再生の徒ルネサンスの人間とは過去に2度戦っているが、 技を見せすぎた。特に雷流を電圧操作と波形変換により70ミリボルトの生体電流に模す――『感覚飛ばし』は、今目の前にいる4人に も使ってしまっている。
「対策も当然か……。でも、だからこそやりがいがある」
 まずはこの壁を知る必要がある。本気で突くが、ビクともせず、ついでに流した電流も通りはしない。極めて硬質の絶縁体壁。 レインコートの4人が《word》発動時に見せた《color》はsilver。つまり、カヲルと《word》の練度は同様。それが4人。未だ姿を 現さない人物も不気味。
 だが、それでも、だ。それでも、やらなくてはならない。
「さあ、始めよう――」
 言葉とともに肘までを大地に突き刺した。

 影が波のように揺れる。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 シヴァ=モーゼルは礼を弁えていたし、美学もあった。故に、宣戦布告をした。シヴァにとって戦いは酒と同じなのだ。 酒は多大な酔いと昂揚と幸福感をもたらし、だからこそ楽しく飲むべきだ。戦いも同様。より強き昂揚のためには楽しみが必要 なのだ。被虐に嗜虐が混ざり、戯れて溶け合う。シヴァを駆り立てるのはそういった類の衝動だった。
 ――宣戦布告。
 単純にして明快な4つの語の連なり。古来より連綿と受け継がれてきた戦場の仕来たり。その流れに従うなら紙の手紙をこしらえるのが 最良だが、その手紙を渡すためにネルフを訪れるのは2度手間だ。

 そうして、今ここに立体投影によりカタコンベ盟主シヴァ=モーゼルと、ネルフ総司令ゲンドウ=イカリが相対していた。
 立体投影はコンピュータによって造られた擬似3次元映像でしかない。しかし、何だろう、この空気は。ゲンドウの後ろに控えるミサト の緊張は当人達以上だった。
 次元が違った。ミサトの入り込む余地などない。
 精神の怪物同士の邂逅は想像を絶す空気を作り出す。その存在のぶつかり合いの勝者こそが会話のイニシアチブを握るとでも言うが ごとく、無言の削り合いに終わりは訪れない。その沈黙を破ったのはシヴァだ。
「語るべきことは多いが、言うべきことは少ない。そろそろ沈黙も飽きた。貴方も、だろ?」
「沈黙には慣れているよ」
 シヴァが不適に微笑む。右目に走る傷が醜く歪んだ。
「優秀なネルフのことだ、既に我らの情報は筒抜けだろう。だが、敢えて言おう――カタコンベ盟主、シヴァ=モーゼルはネルフに 対して宣戦を布告する」
「何故だ?」
 ゲンドウの瞳がぎらつく。上に立つ者に相応しくない貪欲な我欲の強い光だ。
「何故、と問うか。意味のない問いだ。それとも、まさか呉れと言えばただで呉れるのか?」
「何をだ?」
「何を、か。その問いは更に意味がない。 《珠》も、最後の使徒ラストエンジェルもあまねく我がもとに……と、答えれば満足 か? 何を言わせたい? 何を引き出したい? 何を得たい?」
 2人の瞳がぶつかる。空間も次元も超越し、空気が裂けたようだった。 言葉には魔力がある、と言うが2人の言葉は魔力と言うには禍が強すぎた。 ミサトは抜き身の白刃を首に突きつけ合いながら話す2人を思い描く。ゾッとする。比喩ではなく、真実だ。そして今、シヴァの 太刀がゲンドウの首の皮を1枚貫通した。
「地の遺志を得て神にでもなったつもりか?」
 ゲンドウが刃を返す。そちらが何をしたいかは分かっている、と。
「なるのでもなったのでもない。意思は意思だ」
 互いが互いの手の内を明かし、相手の情報をわずかずつ引き上げていく。
「待っているのは空虚のみだ。終わらせるだけでは救われない人間もいる」
「未だとどまることを知らない小規模使徒を何とする。あれこそ終わらせるべき遺志の具現だ」
 言葉と言葉の鍔迫り合いだった。互いに後退のネジを取り払った。交渉をするつもりは互いにない。あるのは情報の奪い合いだ。
「ならば意味のある質問をしよう。《スラム=アーテクル》での戯れ事は何のつもりだ?」
 刃がザクリと突き刺さる。
「なるほど、優秀だ」
 シヴァは感嘆する。カタコンベの本拠地が既に知られていることは想定外であった。
「だが、戯れ事と言うか……。認識が食い違っているな。あれは我が国だ。《七大スラム》の1つとしてあるべき1つの完成形だ。 そちらの《スラム=ルッビス》とは事情が違う」
「違いはしない。住むのは人だ」
 ククと笑う。シヴァの笑みは既に哄笑に近づきつつある。
「ルッビスには使徒も住んでいるようだがな」
「何が言いたい」
「その問いも無意味だ。貴方がたの造りごとには嫌悪を催す――結局はそういうことでしかない。そして、それだけで充分だ」
 闘争の理由はもう充分すぎるほどに充分だった。気に入らない、とただそれだけでもいい。
「我ら地這いの使徒カタコンベ、ことごとくを奪いにそちらにうかがう。 5日後。人数は3名。せいぜい、あがいて魅せろ……」
 中空に浮かんでいたシヴァの像が消える。
 ミサトは息苦しさを覚えて、息を大きく吸い込んだ。今の今まで自分が息を止めていることにすら気がついていなかった。 新しくもたらされた情報量の大きさと張り詰めた空気の残滓のせいで、脳の処理が遅れている。ミサトは知った――上に登れば登るほど 頂が見えなくなる山があるのだ、という事を。自らが成長すればするほど精神の怪物たちは尚遠く見える。
 眼前のゲンドウがゆっくりとイスから立ち上がり、天を仰ぎ目頭を押さえた。まばたきをしたのかも怪しい。
「30分後に会議を行う。資料をまとめておけ」
 そう言って部屋を後にする。
 ミサトの焼けついた脳髄が事実を整理し終えるには、もう少しの時間が必要だった。

 

 

 

 

Episode 12 : on the edge

 

 

 

 

 壁を越えた先に待ち構える4人の敵を討つべく、土中の金属粒子を渡ってカヲルの超高電圧電流が四方に駆ける。 伝導物質が殆ど存在しない空中に放電するよりも遥かに容易い。 紫電を撒き散らし、土中と空気中の電子を残らず簒奪しながら超速で走るその姿は、さながら地脈に巣くう龍。
 雷龍がそのあぎとを解放する。
 4人の敵に向かって、そのおかぶを奪うかのように、それぞれ電流が大地から壁のように立ち上った。真下から昇り来る殺意の電流に 対して、抗う術はない。音は越えない、しかし、その速さは気付いてから避けられるほど温くはない。真っ二つ、だ。電流の刃が 4人の敵の体と意識を断った。
 それに合わせてカヲルの四方の壁も消える。土中から腕を引き抜き、土を払った。まだ、姿を見せない敵が1人残っている。 気は抜けない。静電気をつるのように束ね、四方に散らす。電圧の変化により敵をとらえる触覚器だ。
 カヲルが眉根を寄せた。おかしい。前後左右360度どこにも、
「いない……?」
 瞬間、
「なっ――上!」
 降ってきた。白亜が真っ直ぐにカヲルに降り注ぐ。前後左右ではなく、答えは上。一枚絵のように切り出された白い壁がミサイルの ごとく飛来し、カヲルの銀髪に触れた。
 ちりちりと髪が焼かれる感触。
 刻一刻と頭皮へと迫る死。
 刹那の時にカヲルの思考が走る。
 選択肢は2つ。死ぬ気で堪えるか死ぬ気で避ける。この感覚するスピードと威力は確実に意識を断つだけの力がある。敵前での気絶は すなわち死。死を避けるために、死なないために、死ぬ覚悟をする。さあ、決断だ。シゲルの言葉が蘇る。
 ――『真に正しい決意をする』のではなく、『決意したことを正しいと信じるしかない』ということだ。
 選択する。
「死ぬ気で堪えながら死ぬ気で避ける!」
 急所――頭への衝撃をさけるために首を捻りながら、両手を掲げる。急速に動いた首の筋肉がたわんで弾け、頭上の壁とすれ違った 髪が吹き飛んでいく。掲げた両手からは、収束した静電気が高電圧のエネルギーを作り出し紫電が溢れ出る。 例え絶縁体で電流を通さないとしても、エネルギーによる撃力で壁の勢いを弱めることが可能だ。
 スピードは弱められたが、それでも壁は止まらない。壁を掴んだ手のひらごと肩にぶち当たった。衝撃に体が後ろに傾ぐ。
「ぐっ」
 倒れこみながら、勢いにまかせてそのまま壁を後方に放り投げた。カヲルはわずかに安堵する。しのいだ、と。しかし、未だ敵の 姿が見えないことを忘れてはいない。すぐさま前後左右だけではなく、上下にも電子のつるを伸ばす。不意に伸ばしたつるの先端で 電圧が急激に変化した。15メートルほど上空でほぼ0。絶縁体だ。今度は壁が落ちてくる気配はないが、上には空しか存在しない 以上は不自然だ。
「やっぱり上か」
 見上げる。相変わらず厚い雲に覆われた空は夜のごとく暗く、上空は見えにくい。暗いと言っても人が1人空に浮かんでいれば、 いくらなんでも気が付かない筈はない。しかし、影1つとして確認することは出来なかった。
 無視してもいい。このまま本来の目的地である銀色の建物内に走りこんでも問題はないのだ。『このまま』が叶うなら、だが。 建物に向かったところを狙われないとも限らない。上空に不可思議な反応があろうと、敵がどこにいるかは依然として分からないのだ。 電子のつるで捉えられないだけで、すぐ後ろにいる可能性も存在する。
「確認する必要がある、ね」
 まずは上空だ。周囲を見渡して、殆ど原形をとどめたままのビルの残骸にあたりをつける。 駆け寄るとそのまま残骸を足場に、天に向かって跳ねていく。
 壁面を垂直に駆け上がり、首の痛みをこらえながら、三度電子のつるを伸ばした。そして再び電圧0地点の反応が眼前に。やはり、 何も見えない。ならばやるべき事は1つ。足先を壁面にめり込ませその場にとどまると、脆くなっているコンクリを壁から剥ぎ取る。 それを右手に握り込むと腕の振りだけで投げつけた。
 直撃。
 何かにぶち当たり、ビルの欠片は砕けて空に拡散していく。『何か』がある。見えない何かが、確かに存在している。 存在するが見えない――それはあやふやで恐怖以外の何ものでもない。人はあやふやなもの不確かなものに本能的に恐怖を抱く。 それはカヲルとて例外ではない。その種の恐怖の解消には、あやふやなものを確かにする事が必要だ。
 しかし、電圧が0になる以上、雷流をぶち当ててもどうにもならない。空を厚く覆う雲を見て思案する。今なら黒雲が既に空にあるので、 雷を落とすのは晴天時よりも容易だ。超々高電圧の落雷ならば電気を通さなくとも強力な熱エネルギーで、『何か』を打ち砕くことも 出来よう。
 ならば、と意識を天に向けて研ぐ。自らの《color》の尖端で黒雲で穿つイメージ。
 雷は例え絶縁物質だろうと背の高いもの、尖っているものに落下しやすい性質を持つ。周囲に崩れかけのビルが乱立する この環境での落雷の操作は困難を極める。かつてのカヲルは偶然に頼る他なかった。
「それでも、今なら」
 黒雲に銀色の《color》が染み渡る感覚。染みた《color》が一気に拡散し、負の電荷を収束させる。圧縮され増大した負の電荷が 地上の正電荷と強烈に引き合い、カヲルの《雷》の媒介を経て、ついには空気の壁を突破――稲妻が轟き雷鳴が響いた。 カヲルが普段放つまがい物とは違う、音すら凌駕する真実の雷だ。
 熱エネルギーが『何か』に叩きつけられ、焼け焦げた匂いが立ち込める。『何か』の上部が崩れた。その光景を見た瞬間、カヲルが 壁面から『何か』に飛び移る。
 何か、は何かだった。見えないものは見えない。だが、カヲルの瞳は空に立つ男の姿を捉えた。浮かんでいるのか、『何か』に 立っているのかは判然としないが、それでもいる。いるならぶちのめす。高々15メートル。落ちても痛いだけだ。既に首の痛みで感覚も 麻痺し始めている。関係ない。跳べ。飛べ。翔べ。
 両手にそれぞれ電子をかき集め、先ほどの4人と同様に黒のレインコートと不恰好なガスマスクを纏った男に、それを叩きつける。 跳躍の勢いそのままのその掌撃を、
「壁!?」
 白亜が受け止める。壁にカヲルの手が接触したと同時に、カヲルの左右後方頭上もまた壁が覆う。そして、不自然が生ず。
 立ててしまった。
 空中に、立ててしまった。壁に周囲を覆われたまま、空に立ち尽くす。直後、理解した。単純な話だ。
「これも、壁か」
 見えないのではなく、『見えないように見える』だけの壁がカヲルの足元に広がっていた。始めにカヲルを 囲った壁が白色だったため、白色と壁は等号で繋がり、完全に策にはまってしまった。あれは破られる事を前提とした壁であり、伏線。 男は空の迷彩を施した絶縁体壁を足場に、カヲルを待ち受けていたのだ。緻密で高度な計算がなされた罠。 今度こそどうにもならない。全力で殴っても傷1つつけられないことは証明されている。 しかも、足場すら絶縁体で覆われ地中から電流を通すことも叶わない。
 ――捕獲された。
 さらに隙をなくすべく、2重3重4重と壁が重ねられていく。カヲル専用の檻とでも言うべきそれは、空を滑り降りる。 地上まで壁を斜めに結合し続けた即席の滑り台を立方体が落ちていった。

 カヲルの影もそれに合わせて流れ行く。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

「細かい――それこそ当事者同士だけが分かり合ってる部分を抜きにしても、いくつか問題が浮上した感じね」
 背後のミサトの言葉を聴きながら、カタカタとリツコはキータッチを続けている。
「カタコンベの本拠地が《スラム=アーテクル》であることが1つ」
 手を止めると、回転式のイスを120度ほどミサトに向ける。
「分かったからどうだって言うのよ? 司令は必要なことしか言わない。知らされていないということは、私たちには意味がない、という ことでしょう?」
「まあね。《スラム=アーテクル》はペルー。国内ならともかく、どうにもならないわ」
 ネルフが存在する《スラム=ルッビス》と同様の《七大スラム》が一、《スラム=アーテクル》。 サルカンタイ金山を中心に首都リマやマチュピチュ、クスコ等の古代遺跡を含む円心円状地域だ。
「それに、カタコンベ、つまりシヴァ=モーゼルの目的も自分で言ってたわね。 《珠》と最後の使徒ラストエンジェル……」
「ブラフ、じゃないの?」
 その言葉をミサトは鼻で笑う。有り得ない、と。
「あんたはあそこに居なかったから、そんなことが言えんのよ。寿命が一気に縮まった感じ」
 思い出してゾッとした。あの空気で互いに誤情報を混ぜていたのならば、2人は何ものだ? 人ではない何かだ。それだけの異様な 空間だった。もう2度とあんなのはごめんである。
「最後の使徒はサクノの事、よね。だとしたら《珠》は何かってことか」
「それも同じ。司令が言わないのだから、知る必要はない、ということね」
 デスクの上に載せられたカップを手に取り、たっぷりと注がれたコーヒーを喉に流し込む。カフェインが体の奥から広がるようだ。 ミサトがもたらす情報は目新しく興味をそそるが、それ以上に怪訝なことがある。
「で、5日後に3人?」
「ええ」
「冗談じゃないのよね?」
「笑える?」
 そう言うミサトの顔は笑っている。
「笑えるわよ。正直」
「よっぽど自信があるってことね、多分」
 悪寒がする。2人はシヴァがシンジとカヲルをそれぞれ打ち倒す映像を見ている。その自信が確かな実力に裏打ちされている事は、明らか だ。その3人がシヴァと同等以上の刺客ならば、どうにもならない。というよりシヴァが1人で来たとしても、抗えるだろうか。
「カヲル君がいればね……」
「あら、貴女が1人でいかせたのに」
 その判断は未だ間違いだとは思わないが、それでもタイミングがずれていたならば、と思わずにはいられない。
「で、作戦戦術部のトップとしてどうするつもり?」
「敵が3人だというのが真実ならば、答えなんか1つしかない。チルドレン3人で1人、私が1人を相手にするのが妥当」
 カヲルとの模擬戦闘で勝利したとはいえトウジと戦ってもミサトは負ける気はしない。アスカとレイを加えてチルドレン3人と自分が 戦っても同様だ。
「残りの1人は?」
「……残りの戦闘の可能な《user》全員であたるしかないわね」
 その数、おおよそ30人。
30対1そ れでなんとかなると本当に考えてる?」
「リツコがその気になればね」
 ミサトの視線がリツコを射抜く。命を賭けろ、と問う矢だ。
「なるわよ」
 サラリと肩口まで伸びた金髪を流す。自分が歩んできた道が正常清浄せいじょうなどと 世迷言を言うつもりはない。それでもこの道が間違いだとは思わない。穢れた道こそ自らの道。例え泥にまみれてもやるべきことを果たす ために、前に。命を賭けよう。償いではなく贖罪ではなく、ただ明日のために――自分と、そして子供達の。
「そういう貴女は大丈夫なの? あのシヴァ=モーゼルが来たらどうするつもり?」
「例えシヴァ=モーゼルが来ても負けはしない。勝てなくとも負けは、ね」
 浅く頷く。互いに互いの決意が見てとれた。
「子供達は?」
「訓練中。相変わらずトウジ君は飛ばしてるわね」

 

 右手に圧力を集積し胸にあてる。心臓が強く脈打った。強制的に拍動を強め、全身に血を放つ。心臓が1度に送り出す血液の量が、 運動量を決める。
「ぐっ」
 トウジの顔が苦痛に歪む。全身が痙攣した。
 圧力の加減を間違えると途端に命の危機が訪れる。血液による酸素の供給が巧く機能しなければ人は生きられない。人の体は絶えず 酸素を欲するのだ。血を流し続けると、死ぬ所以である。
 フォースチルドレンたるトウジは密着戦クロスレンジにおいて無敵といってもいい。 《圧》が肉体への衝撃(圧力)を全て反転させ、敵へと威力を返す。問題は単純な物理的側面での『力』以外の攻撃だ。 熱や電気などのエネルギーは単純な『力』ではない。マクロな視点で見れば全て原子や分子の運動であり、視点の違いでしかないが、 あくまでもトウジの《圧》が操作できるのは圧力のみに限られる。
 密着戦に対して離々戦ロングレンジ中間戦ミドルレンジは相手の《word》にもよるが、不利な面が大きい。トウジにはそれらの距離での攻撃手段が存在しないのだ。 ならば、どうするか?
「速く、強く、速く、強く」
 身体能力をもって、接近戦に持ち込むしかない。故に鍛える。
 初めは《limit》の拡張を考えた。自らの体に対してのみ使用できる圧力操作を、何メートルか先の物体にまで行えれば、 それは脅威となる。敵に無動作で無色透明の見えない圧力衝撃をぶつけられるのだ、さける術も察知する術も皆無だ。 しかし、出来なかった。カヲルとの訓練で《word》の純度・練度を示す《color》は何段階も《up》したが、それでも《limit》は 微動だにしない。
 速すぎれば追突の衝撃は強大で、軽すぎれば吹き飛んで、強すぎれば反動は強大で、多すぎればこぼれ落ち――強力すぎる力には リスクがつきものだ。故に制限リミットが存する。
 結論は単純で明確。
 強力すぎる《圧》の力に対して――神の気まぐれか、《word》の潜在力か、何らかの遺志か――ともかく 自身にしか作用しないと《limit》が定められたのだ。
 やはり、鍛えるしかない。
 身体能力向上の近道は体をいじめ抜くことだ。傷つき疲労した筋肉は回復の際、以前よりも大きく強く回復する。筋肉以外の部分も 同様で、衝撃に対する慣れも重要だ。普段から10の力を受けていれば、次第に10の力をものともしなくなる。
 心臓を鍛え、骨を鍛え、肺を鍛え、筋肉を鍛え、体に散らばり接合している歯車を1つ1つ磨き上げる。衝撃を自分の体に加えるのには 《圧》を用い、同時に《word》の接続時間も磨く。最強の肉体を経て、今、トウジは接近戦の頂を目指す。

 

「で、アスカとレイは?」
 リツコの問いにミサトは首を振る。
「ダメ、ね。このままあの3人を組ませたら、2人はきっとトウジ君の足を引っ張る事になる……どうしたもんか」
「どうするもこうするもないわ。全てを言わなきゃ分からないほど、あの娘達は馬鹿ではないでしょう?」
 手に持っていたカップをデスクに戻し置く。それを指で弾くとマグの硬い音が響いた。
「打てば響くほど人間は単純じゃない」
「渚君がやってくれたことの全てが、きっと、あの娘達の背中を押すわ」
「打っても響かないなら、背中を押して、落として砕いてしまえば音だけは鳴るわね」
 言いながら、カップをデスクから軽く押し出し、落下させる。待ってました、とばかりにミサトがそれをキャッチした。
「どうせ5日後には自覚するこになる」
「あの2人死ぬかもしれないわよ?」
「私がそうはさせない」
「貴女は1人で敵を相手しなきゃいけないのよ? そんな余裕あるわけ?」
 ミサトがイヤな笑みを浮かべる。
「さっき、1人は私、1人はチルドレン3人、1人は残りの《user》全員で相手をするって言ったけどね、勿論、私だって何も考えて ないわけじゃない」
「何か策があるのね?」
「それが本来の私の仕事だもの」

 

 

 

 

 

+++++++++++++++++

 

 

To Be Continued to Episode 13.

Next, the corpse is born.
So, Kworu will cry bitterly and cry bitterly.

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 

 

 


<後を書く>
出来上がり自体は早いのに、推敲に時間がかかりすぎる。
1日たつとあんなに良いと思ってた文がクソ文に。


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