ものどもは荘厳典雅に楽し候。

 

 

 

 

 

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written by HIDEI

 

 

 

 

 

 シヴァが宣言した日取りがついに翌日と迫った。MAGIによる地這いの使徒カタコンベか らの刺客3人の出現ポイントの算出も既に終わり、それに備えた職員の退避と配置や《user》同士の連携の確認も万端といっていい。 特にカタコンベ側の目的の1つと見られる第17使徒タブリス――サクノ=ナギサに対する警戒体制は、最早警戒や護衛を超えて 隔離の域にある。深度約5000メートルのセントラルドグマレベル#10に、対ショック性に優れた特殊防壁を幾重にも重ねて封じられ るその姿は囚人のようだ。最も、本人は特に気にした様子もない。
「まっ、その気になったらこんな防壁ボクにはカーテンみたいなものだから」
 比喩ではない。彼女は外を闊歩するまがい物なではなく、真実、使徒。ATフィールドも呼吸をするのと同じように使いこなす。S2機関 はマヤに摘出され存在しないが、コアは変わらず胸中に癒着し『世界』にサクノを存在させて いる。永久機関を失った代償にその力は真に永久ではなくなったが、食事とコーヒーが美味しいので彼女は気にしない。
 そもそも彼女は本来、護ってもらう必要はない。何故なら自分の身は自分で守れる。それだけの力がある。 使徒の基本武装であるATフィールドを扱うことが出来るのは現在地球上で彼女ただ1人。まがい物の小規模使徒たちにその力はない。 絶対防御。絶対恐怖空間。呼称は些細なことだ。重要なのは、突破が極めて困難であるというその一点。 カヲルがそうであったようにタブリスたる彼女のATフィールドは結界。鉄砲でもミサイルでも持ってこい、という有様。
 加えて彼女は《word》を操る《user》でもある。かつてシンジが《スラム=ルッビス》を訪れた理由は その身に降りかかった《Curse》の呪いを祓うためであったが、その祓う能力こそサクノの《word》。《Purify》が司るは浄化と純化。 解毒や物の精製を可能にする――戦闘行為そのものより補助的役割が強い《word》だが、ATフィールドという絶対的な攻防手段を 持つサクノにとってはその方が好都合だった。
 しかし、だ。
「シヴァだっけ? あのレベルが来たら多分どうにもならないよ」
 シヴァのレベルは単体で使徒を凌駕している。無論、ラミエルやレリエル、ゼルエルをシヴァが凌駕しているか、 というとそうではない。あくまでもサクノをどうにかできるか、という点でのみだ。
 どんな敵がどんな方法で来るかは分からない。もしもの時のATフィールドの宣言なし解放を約束し、サクノは自ら地下深くへと潜った。

 

 一方、遥か地下の静けさに比べて中央作戦司令室も負けてはいなかった。既に非戦闘員は外部施設へと退避を行い、必要 最低限の人員しか残っていない状況ではいた仕方ないが。
「で、結局どうなの? 間に合いそう?」
 リツコの言葉に対してミサトが返す言葉はない。
「間に合わねーかもね」
「ねーかもね、か。大丈夫?」
 あまり大丈夫ではない顔でミサトがチェアに腰を下ろす。デスクにのせてある包みからクッキーをつまみとって、口に投げ込み かみもせず喉で押し潰すように嚥下した。
「うえっバターきかせすぎ」
「私の勝手に食べといて文句を言わないで」
 リツコの気まぐれで手作りされたそれは、確かにバターの分量が1.5倍ほど多かった。
「取り敢えず連絡がないから、こっちに死ぬ気で向かってるんだとは思うけど……」
「間に合う保障はない、か」
「保険に命賭けるわけにはいかないわ。現状で何とか考えるわよ」
 言いながら再びクッキーをつまみとる。今度は文句を言わなかった。

 

 トウジの脳裏にあるのは、恐怖だった。怖くないはずはない。相手はシンジとカヲルを易々と退けたその仲間だという。 いかに訓練でカヲル相手に勝利を収めたといっても、まさか実戦で倒せるなどと自惚れるつもりは毛頭ない。今まで潰してきた 使徒もどきや、偶然にも勝ちを拾ったシロ=ロンと対峙したと時は明らかに質の違う恐怖。 使徒を殴り倒す時に感じる冷たい恐怖とも違う、対抗組織との小競り合いで感じる哀しい恐怖とも違う、 そのまま血を浴びせかけられたような生暖かな恐怖だ。鉄の臭いが鼻にこびりつくようで、落ち着かない。
 体に流れる血と脈打つ心臓だけが、生を実感させる。今やトウジは心臓が循環させる血に付属するだけの、ただの部品でしかない。 立ち上がり、天井を見上げた。病院に行こう、と思う。妹に会えば少しは気も紛れる。それに、
「最後ってこともあるかもしれんしな……。不吉や」
 自分でいった言葉の意味に再びゾッと恐怖する。いつか殺されるかもしれない。殺している以上、いつ自分にその番号が回って きてもおかしくはない。それが次なのか4番なのか10番なのか550番なのかは誰にも分からないが。
「それでも、もう10年は生きんとな」
 早く全てが終わって、全てが元通りになって、全てがうまく行って、笑っていられればいいと。そう思った。

 ――全てが元通りになる筈はないと知りながら。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 人の上にこそある人というものは、その瞳に磁力を宿す。カリスマという因子をそこから解き放ち人を惹きつけるのだ。 闇にボウと光る炎と見まごう輝きもその類だった。輝きを片目に灯したまま、隻眼の男――シヴァは語る。
「遺志は既にあふれ出ている。こぼれ落ちた遺志は意志となり力となって具現する。 顕現した小規模使徒の数は比例直線上を歩み、最早、猶予はない」
「はい」
「我が何を言いたいか分かるか、ペトロ?」
 ブラックスーツに身を固めたペトロが鷹揚に頷く。 さながら主人にこうべをたれる執事。
比例プロポーションは止まらない。止められない」
「そうだ。地球ほしの 声が、遺志かこが 、意志いまが、《word》と《本質》をなす」
 シヴァの声に応えるようにペトロの左目に固定された片眼レンズが、暗闇の中で鈍く光る。 そのレンズをクイっと軽く持ち上げ、ペトロはにこやかに息を吐いた。
 その息に呼応するように蝋燭に火が灯った。その数15本。見れば、蝋燭は楕円のテーブルの上にぐるりと配置されている。15の光 と15の席に対して、照らされる人影と埋まった席は5つ。1つにはシヴァが、1つにはペトロが、そして残りの3つには更に 奇異な3人が鎮座している。イスラムに殉じたような全身を黒布で覆った白貌の女。異界じみた光沢を持つ白い仮面を纏った痩躯の男。 残りの1つは炎。人の形すらなさず、蒼炎が酸素を席上で貪っていた。
 怪異を前にシヴァが言葉を紡ぐ。音楽のようなリズムを持ったその言葉は、無意識の力を持つ。
「準備はもう済んでいるな、ペトロ、ヤコブ、ユダ」
 ペトロが頷き、白貌が機械のように上下し、仮面が表情もなく笑う。炎は1度大きく揺れた。
「これからが、本当の始まりだ。全ては、GAIA計画のもとに」
【GAIAの異死は灼熱より尚熱く】
「GAIAの遺志は闇黒より尚煌く」
「GAIAの意志は光輝より尚暗く」
 3つの声がこだまし、世界に残響を残す。
 座ったままのシヴァがその顔をペトロに向けると、それに応じてペトロが、
「GAIAの意思は土くれと聖墓に埋没せん」
 後を継ぐ。
 うごめき、ひしめき、いのりあい、ねがいあい、ともにいき、ともにしせ。
 礼拝所カタコンベが 、共同墓地カタコンベが 、地下埋葬所カタコンベが、今、猟兵を放たんとす。
「ペトロ、ヤコブ、ユダ、逝け――ネルフで舞え」
 12の内の4の内の3がゆらりとその姿を閉ざした。

 

 その場に残ったのはシヴァと、そして揺れる炎。
【シヴァ様】
 声が響く。否、声が轟いた。空気を振るわせ伝える通常の音とは明らかに違う音。音や声、というより詞だ。流麗なリリックのように 声ならざる声がシヴァの脳裏に言葉を刻む。
「なんだ、シモン?」
【本当に12使徒われわれの内3人だけでよかったのですか?】
「よい。これ以上人員は割けまい」
 ミサトが感じた疑問――何故たった3人で来るのか、は実に簡単な理由が答えだった。すなわち、単に人手不足なのだ。 15の席の内3つは言わば例外。1つはシヴァ、1つは《Vampire》のアーガス、そして残りの1つはサガのものであった筈だ。残りの12の席は そのまま同列の12人が座るべき場所である。それが4つしか埋まらない現状からしても、人手不足は明らかだ。
「あの3人が自分の仕事を忘れさえしなければ問題はあるまい。別にネルフをどうこうしなくともいい――問題はタブリスだ」
【最後の使徒、ですか?】
「我が直接行くのが1番良いのだがな。残念なことに、それより更に面白そうなことがあると聴いてはな」
 シヴァの顔が愉悦に歪む。
【ヨハネからの報告のことですか?】
「ああ。 間違いない 、魔鏡まきょう夜闌やらんだ。 しかも、ついで――と言うには大きすぎる収穫だが、サードチルドレンも姿を見せたらしい 。魔刃まじんを携えている、という情報は正に収穫だ」
 たたずまいを正し、席を立つ。
「後を頼むぞ。我は行く」
【はい】

 炎だけが残る。ゆらりゆらりと宙に火の粉を散らす。

 

 

 

 

Episode 14 : バーサス-1-

 

 

 

 

 夜が明けた。開戦の日だ。
 日が真南を向く頃、ジオフロント内部に黒い扉が出現する。《Gate》による扉だ。 それはかつて計測されMAGIに蓄積されたデータを一蹴する巨大さだった。扉や壁というより断崖絶壁。切り立った傾斜ゼロの崖。 その巨大さからか、中から現れた3つの人影がひどく小さく感じられる。
「それでは、手筈通り。連絡を忘れないように」
 2人に告げると特に答えも待たず、ペトロはネクタイを片手で引き剥がす。散歩のように歩み始めたその後姿は、ゆるりとした動作 にも関わらず一気に遠ざかる。ゆっくりと速い、矛盾を抱えた歩行だった。
 ペトロの後姿が視界から消ると、次いで黒布を全身に巻き付けた女が歩み始める。
「行」
 グッと一瞬腰を沈めると脚力を爆発させる。一歩目で視界から失せた。歩幅が広いとか、その程度の話ではない。純粋に 筋肉が違う。
「ペトロもヤコブもご苦労なこった……」
 呟きが仮面越しに漏れる。仮面の男――ユダは走りも歩きもせず右手を掲げると、眼前に扉を形作った。《Gate》の《user》は この男だ。

 

 指示はこうだ。
 扉に消えたユダはともかく、真っ直ぐにこちらに向かってくるヤコブとペトロは別。本部に侵入する前に撃退すべし、と。 3人の力の程は伺い知ることが出来ないが、《Gate》の《user》はユダに間違いはなく、必然その相手にはミサトが当たることになる。 移動手段を断つ意味で、最も倒さなければならない相手だ。そうすると、半ば自動的にそれぞれの役割が定まる。
「これよりカタコンベの工作員と見られる3人をそれぞれAアルファBブラボーCチャーリーと呼称。チルドレン3人はアルファを、攻勢待機中の全《user》で ブラボーを各個撃破。チャーリーの出現ポイントの予測をMAGIに急がせて。プロテクト担当は短期ではなく長期接続に移行。 重心、強弱その他諸々、状況次第で各自判断。突破された場合はすぐに表の戦闘に参加して」
「出ました出現予測地点――深度2900第7実験場跡地です。MAGIは確率を80%と判断」
 しめた。近い。そう思うやいなや駆ける。本来なら指揮すべき立場であるミサトだが、あれだけの扉を現出させる《user》に 抗えるのは自分しかいないという確信もあった。こうなることを予想し、後のことは既にリツコに話してある。 やるべきことは1つ。ただただシンプルに、
「ぶっちめる」

 

 万有引力に従って体が流れていく。全てが引き合う万物の理を、今にしてなお強く感じる。 解き放たれた弾丸のように駆けた。1本のラインを想定して、それに沿って走る。弾丸の着弾点は、ラインの端は、 引かれる力の源は――アルファペトロ。同時に、トウジの瞳に映るものも ペトロだけだ。
 集中力の尖鋭化。研ぎ澄まされるのではなく、研ぎ澄ます。自己の意思で集中力の指向性と志向性を束ね合わせ、1本に纏め合わせる 作業。その効率と速度は既に昔のトウジとは比べようもない。素早い覚悟と強い意思が極限の集中を生む。
 初撃。
 射程距離に達すると同時に《圧》を解放し、圧力最大付加。一切の小細工を挟まず、純粋な力と速さのみで右拳を放った。
 硬い巨岩にぶち当たったような衝撃がペトロのアバラに走る。比喩ではなく皮膚と骨がクレーターを形成した。
 次撃。
 右拳を体に引き寄せながら左腕に捻りを入れた。作りこまれた柔らかな筋肉が螺旋となり、尖端の拳が弾丸となる。解放された捻りが 回転を生み円を生み威力を生んだ。
 彗星がペトロの先ほどとは逆側のアバラに追突する。2つ目のクレーターが生み出された。
 次撃。
 筋繊維が爆発し、研磨を重ねた速筋が激しく縮む。蹴りは混ぜない。混ぜるためには拳を大きく引かなくてはならず、動きに間隙が 生まれてしまう。今は攻撃の波を途絶えさせるべきではないのだ。両の拳が最短距離を最大膂力で最速稼動で串刺しにする。
 次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。次撃。
 打ち込みは10を数え、100を数え、ついには1000へと足を踏み入れる。 限りなく近づく。おのが極限が描く漸近線に肉薄する。 五月雨とはこういうことを言うのだろうか――と、アスカはぼんやりとそんなことを考えた。

 

 端的に表現するならレベルが違った。入り込めないのだ。トウジの打撃が速すぎて、そこに踏み込んで呼吸を合わせることが不可能 だった。もっと簡潔に言うなら、
「足手まとい」
 自分で言って後悔した。後悔を振り払い、視線を再びトウジへと移す。トウジの動きの速さが異常ならば、受けもせずいなしもせず避け もしないペトロも異常だった。頭を振って情報を遮断する。考えないようにすることにした。今は命令の通りに動く人形になった 方がいい、と頭の奥底の方で呟かれる。異常なプライドとバランスを欠いた精神が作り出したアスカの防衛機構は、そうして機能し 続ける。壊れないように、潰れないように、崩れないように。
 耳に取り付けたイヤホンからマイクを伸ばし、通信を再開する。応じたのはリツコだった。ミサトは残った1人の相手をしにいったの だろう、と瞬時に判断する。
「ムリよ。指示を頂戴」
 言葉は簡潔だが、モニタで自分と同じ映像を見ているだろう相手にはこれで充分だ。
「セカンド、ファーストチルドレン両名は攻撃対象をブラボーに変更。交戦中の10名と合流して」
 レイと互いに頷きあう。やれることをやるだけだ。

 トウジとペトロの向こう側には湖があり、更にその奥にブラボーヤコブがいる。 黒布に覆われたその小柄な体が跳ね回っていた。舞踏というには荒々しすぎるその動きは、野生の猛禽が地上の得物を喰らうようだ。
 アスカとレイが到着する頃には、10人いたネルフの《user》が4人にまで減っていた。その4人も一瞬で空中に飛ばされ、 吸い込まれるように湖に落下し、そのまま沈んでいく。
 ヤコブがくんくんと鼻をひくつかせると、アスカとレイに視線を向ける。目から矢が飛んできた――と、確かに2人はそう感じた。 黒布から唯一外気に晒している白い顔がこちらに固定されている。
 ――来る。
「似てる……」
 レイの呟きは無視した。そんな些細な講釈は今は問題ではない。グッと沈み込んだヤコブはすぐに眼前に現れた。黒布に包まれたまま の腕が両方とも同時に振るわれる。右手がレイを、左手がアスカをそれぞれ目指した。 こちらへ跳んで来た時の速さとは裏腹に、その動きはそれほど速くはない。しめた、とガードの体勢をつくる。
 しかし、それが間違いだった。よけるべきだったのだ。みしみしと腕が悲鳴をあげ、気づくと空を飛んでいた。天地逆転。
 ガードした両腕など意に介さず、全力で振るわれた両腕がレイとアスカを軽々と吹き飛ばした。アスカよりもレイよりも更に小柄な 女が人間2人を一息で吹っ飛ばしたのだ。
 背中に衝撃が走る。2人揃って湖面に激突した。高速下では水もコンクリートと何ら変わらない。背を貫く運動エネルギーの大きさに、 アスカはほんの僅かな時間失神した。幸い落下地点は浅く立つことが出来る。もう1度ヤコブを見、そうして理解し、呑み込めた。
「アイツ、化け物ね」
 隣で背を押さえるレイに事実を確認する。静かに同意の頷きをし、レイは前を見据える。意識を世界に広げ、《color》を放つ。 鮮やかな黄色に湖面が染まった。それに同調するようにアスカの体も輝きを放つ。同じく黄色の輝きが水面を照らした。
「炎」
「水!」
 レイの両腕に炎が巻き起こり、アスカの周囲で湖面から水が立ち上がった。水が近いほうがアスカの《word》――《水》は便利だ。 自然、役割も決まる。すなわちレイは前衛を、アスカは後衛を。
 言葉を交わさず視線で互いにプランを確認。レイの体がグッと沈み、次の瞬間には飛び上がる。靴裏から炎が噴き出していた。 特注のその靴は単純に言うと、ロケットだ。燃料とエンジンを搭載する必要のないそれは、方向転換を主眼に置いて設計されており、 口径の大きい噴射口が角度を変化させる仕掛けだ。理論上、レイの集中力が持続すれば30分は飛行可能である。
 文字通りヤコブに飛びかかる。両手からは青色の炎が吹き出ている。触れれば大火傷だが、その実態はトウジの圧力付加を施した 拳と同様、当たっては困る拳でしかない。火炎放射器のように射出することも出来るが、コントロールや温度の問題がある。 当たらなければ意味はないし、低温火傷ではダメなのだ。
 しかし、拳も当たらなければ意味はない。
 空中から立体的に繰り出される拳のことごとくを、ヤコブは容易く避ける。まるで自分から外しているようだとレイが錯覚するほど、 本当に容易くだ。同時に噴射で加速した蹴りを放つが、それも当たらない。この動きの素早さでは、アスカのサポートもさほど期待は 出来ない。近くにいる自分が当てられないのに、遠い場所にいるアスカがどう当てるというのだ。
 ゆらゆらと動くヤコブの顔は笑っていた。笑いながら揺れていた。
「快、也」
 煙のように《color》が立ち昇る。ヤコブの《word》がレイに牙を剥く。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

「プロテクトされてやがる……」
 意識を地下に向けながら、ユダが呟く。本来のユダの《limit》は地球の裏側にさえ届く距離だ。何もなければ、サクノがいるであろう ネルフの最下層付近へと一瞬で移動が可能なはずだった。それが出来ない。柔らかな膜のようなものを感じる。
「物理的プロテクトは意味がないと見て、《word》的にプロテクトしたか……。妥当だな」
 その気になれば、無理に貫通することも出来るだろうが、無駄な労力を使うこともない。行ける所まで《Gate》で移動し、後は 徒歩で行こうと決意した。

 

 黒い扉をくぐると真っ暗な場所にでる。かなり広い場所だ。 機材が適当につまれている周囲をぐるりと見渡し、歩みを再開する。《word》的プロテクト 域を抜け、その後は3階飛ばしで最下層を目そうか、と入り口のドアの前に立つ。ボタンを押してもいないのに、 そのドアが左右に開いた。現れたのは銃弾だ。
 既に展開していた《Gate》による扉の奥にそれは消えた。仮面越しに見る ミサトの姿は、昔と少しも変わりない・・・・・・・・・・。その事実に ユダは笑う。つまらない感傷を抱きそうになる思考を無視し、どうやって殺すかだけを考える。
「どうやって殺して欲しい?」
 だから、つい訊いてしまう。
「どうやって殺して欲しい?」
 言葉がそのままミサトから返ってくる。
「カタコンベ12使徒――ユダ。俺がお前を殺す」
「裏切って今すぐネルフについてくれるってそんなステキな展開はないのかしら?」
 にたっと仮面越しに笑う。頭の回転が速い。なかなか詩的な返しである。 新約聖書曰くイスカリオテのユダは銀貨30枚でキリストを売った愚かな裏切り者だ。
「ない。最も道を譲ってくれるのなら、殺しはしない」
 部屋の中に入ると、後ろ手にドアを閉める。それがミサトの意思表示。
「ネルフ所属――葛城ミサト。私があなたを殺す」
 互いが互いの《limit》の広がりと《color》の輝きを感じる。同時に感じるのは明確な殺意。
「Grow!」
 《word》発動と同時に長い脚を振り回す。蹴り足の先端――つま先で爪が急速に成長する。 ユダはその鋭利な一撃に対して後ろにステップを踏み、動きと同時に展開した扉の奥に消えた。
 ミサトが《Gate》の《user》と戦うのはこれが2回目だ。1度目はブル=ロン。彼は蓄積された戦闘経験を元に銃弾を扉で無効化し、 主な攻撃手段は自らの肉体を用いた。一方、このユダはどうだろう。そもそも《Gate》の《user》として桁外れな彼は、自らの肉体を ステルスすることすら可能だ。扉の展開の速さ、大きさ、繋ぐ距離――そのどれもが規格外。それ故、自分は安全圏に退避しつつ その規格外の扉をもって、自らの肉体以外のものを攻撃手段とすることが出来る。
 案の定、ユダの姿は現れない。
 瞬間、巨大な扉が部屋の天井と床を貫通した。ユダの代わりに扉から現れたのは、
「化け物め」
 ――部屋より巨大な岩石だった。
 質量兵器の極端な例。最高にイカしたジョークのような光景。 限定空間内において、その空間より巨大なものが現れれば避けようがない。
 ミサトの視界が岩に覆われた。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 焦りは禁物と分かっていても焦らざるを得なかった。どれだけ拳を打ち込んでも、ペトロの顔色は露ほども変わらない。 打ち疲れもそろそろ出てきた。不味い状況だ。
 決意を固める。状況を変えるには今と違う事をするしかない。だから、奥の手を使う。
 トウジは拳に付加している圧力の他に、もう1箇所だけ圧力を急激に加える。その位置は自らの心臓。1度強く圧力で押し込み、 心臓の中から圧力を外向きにかけ強く引き戻す。血流が爆発し、体中が加速した。筋肉への酸素の供給がより速く、 エネルギー補給が速められた筋肉の駆動がより速く、それに追随する骨の稼動がより速く――結果、拳が加速する。
 加速は力を生み、力は威力を生む。
 更に速く強い拳が流星となってペトロに降り注ぐ。凹む凹む。凹んで、窪んで、凹み、窪んだ。ボコボコ、という表現が適切 だろう。ペトロの体は見るも無残な状態へと変質していく。
 限界へと迫る。既にトウジの肉体がプロットする双曲線は、限界値をプロットした漸近線に殆ど重なっていた。 微視的に見なければその差は分からないほどだ。心臓への過負荷が肉体全体に反響するように、一気に広がっていく。
 膝が笑い出したトウジをその片眼鏡に写し込み、初めてペトロが動きを見せた。軽く振られたその腕がトウジの胸に当たり、太鼓を 打ったような大きな低音が響き渡る。
 トウジの心臓はその時確かに1度停止し、血液の供給をとりやめた。そして、地震の揺り戻しのごとく、 急激に心臓が再び動きを刻み始める。
「それ以上は医者として勧められませんね」
 酷く不釣合いな言葉に、トウジは笑った。意志はまだ折れていない。まだ、やれる。
 圧力をもう1度拳に付加する。
「ふむ。成る程、貴方は優秀な戦士だ。でも、次は殺さない自信は有りませんよ? それでも、きますか?」
 答えるまでもない問いに、拳で応える。
 そして、ふと思う。何故、攻撃が当たった、と。圧力が自動的に裏返り、 威力をそのまま相手に返すはずなのに、と。物理的衝撃の全ては跳ね返るはずなのに、と。
 考えながら拳を放つ。次弾を続けざまに装填し、撃つ撃つ撃つ撃つ。
「残念ながら、意味がない」
 ペトロの腕が振るわれる。
 そして、気づく。当たったと思っていたペトロの掌は1ミリたりとも、自らの胸に触れていないことに。
 つまり、ペトロが与えた衝撃は物理的なものではなく――
「Shock」
 《Shock》によるものだ。
 圧縮された純粋な『衝撃』という概念がトウジの体を打つ。次々に打つ打つ打つ打つ打つ打つ。まるで見えない弾丸。 自らが描いた――もし《圧》を自分以外に作用できたなら、という幻想そのままの悪夢の攻撃。
 打撃が意味をなさないのは、手段の違いはあれど、トウジとペトロの防御手段が同一であることを示す。トウジは圧力を反転した。 ペトロは衝撃を操作した。
 攻撃をやめ、距離をとる。相手の《limit》を見極める必要があった。トウジの頭は熱すぎる体とは逆にまだ冷たい。遠距離からの 攻撃手段は持ち合わせていないが、それでも無動作で無色透明の見えない衝撃をぶつけられるよりはマシだ。
 考える。打開策を考える。思索型ではないことは重々承知。それでも考える。死にたくない。
 思い出す。厳しい訓練を、懐かしき過去を、愛しき妹と恋人を。脳裏には過ぎ去って消える人影とその残照。 シンジが過ぎ去り、ケンスケが過ぎ去り、アスカが過ぎ去り、レイが過ぎ去り、最後の1人が言う。
 ――いいかい? 《word》は概念だ。その落とし穴と正確な意味を把握するんだ。
 カヲルの言葉だった。
 自分は圧力を操作し、相手は衝撃を操作する。似ているが違う。
 前方を見据える。ペトロはゆっくりと近寄る。目算して割り出した。 あの距離で衝撃を飛ばせないなら、《limit》はおよそ周囲2メートル。距離が分かれば、取り敢えず当たらずに済む。
「やったるわ!」
 耳元からマイクを伸ばして司令室と通信した。

 

 

 

 

 

+++++++++++++++++

 

 

To Be Continued to Episode 15.

Next, NERV vs CATAKOMBAE.
And, a further enemy will visit.

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 

 

 


<後を書く>
珍しく感想来てちょっと嬉しかったので、書かないつもりが書いた。
そういうこともあるよね。


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