死にたいのと生きたくないのは違う。
襲い来る巨大質量。
今いる部屋より尚巨大な岩石に対し、一瞬の思索を行う。思考がシナプスを駆け、脳内で情報を検索する。出来ることと出来ないこと。
間に合うか間に合わないか。情報の分化と統合が同時に進み、結論が導出される。判断。決定。
眼前に赤じゃけた荒々しい質感が迫った。瞬間、鼻先にざらりと岩が触れる。
隣接する死に対し、まばたきする間も惜しみミサトは自らの《word》――《Grow》を最速展開し頭部にその力を収束させ、
髪の毛を成長するだけ成長させた。体中を伸ばした髪が覆いつくし、巨岩とミサトの体の間の緩衝材となる。
ダメージをゼロにするのは不可能として、衝撃は和らぐ――と、壁を背にミサトは唇を噛み締める。気絶するわけにはいかない。
例え圧倒的巨大さを誇っていようと実態は岩。部屋より大きいそれは部屋に存在するために、既に崩れかかっている。
雪崩のごとくミサトを襲うのは想像するに難しくない。
複雑な形を持ったそれらに対して極々僅かに体をずらし、圧力の集中と急所への当たりを防ぐ。気絶してしまっては滅多打ちだ。
視覚をもって、幾重にも折り重なった髪の隙間から岩の形状を判断。聴覚をもって、岩の跳ね返りと岩同士のぶつかりあいを判断。
触覚をもって、空気の流れによる岩の動きを判断。嗅覚は遮断。味覚は遮断。必要な感覚のみを残してカット。集中を研ぎ上げ、
細く細く強く強く――現状を穿て。
質量が殺到した。髪に肌に骨にその重量を感覚する。
残った3感がわずかずつながら、急所への当たりをそらし、一点への威力の集中を事前に防ぐ。砕けて周囲にうず高く積もっていく
岩の群れを視界に捉えながら、分担化されたミサトの脳内で何とか死なずにすみそうだと声が上がり、
もう一方で油断するなと声が上がる。
その通りだった。
宙を割り裂き、視界にもう1つ扉が現れる。
詰み、だ。背後は壁、足元は床、前左右上は砕けた岩――動けない。動けば均衡が崩れ岩が一気に
ミサトを襲うだろう。じっくりと時間をかけて少しずつ抜けるしかないが、今はそんな時間など存在しない。
「こりゃ、死んだかな」
扉は、しかし、吐き出さない。水も岩も炎も飛び出さない。
まどろむ疲労と体中の熱に浮かされ、ミサトは自らの言葉を回顧する。
――そこらへんで《Gate》の《user》引っ掛けるなり何なりして、何とかしなさい。
ああそうか、と。
霞む視界に2つのシルエットを捉え、ミサトの意識が飛んだ。最後の思考は――いつかユダをぶん殴る、であった。
+++++++++++++++++
四散した。渦巻く色彩に取り込まれレイの《color》が消失し、《limit》がマイナスに振り切れ、《word》が引き剥がされる。
代わって世界を彩るのはヤコブの金の輝き。《color》第2位――gold。
「な、」
レイは言葉に出来ない声をあげた。
思い出す。かつて訓練中にカヲルが全く同じ様相で《word》を封殺したことを。
カヲルは言った。これは技術だと。《color》に大きな開きがあってこそなせるテクニックではあるが、確かに《word》を完全に
抑え込む唯一の手段である。ライオンに立ち向かう兎はいない。それが本能であり理。ヤコブは獅子で、レイは兎だ。
しかも、愚かにも獅子に対して立ち向かう兎だ。
「Beast」
言葉はトリガー。引き絞られた《word》を解き放ち、撃鉄となって世に事象を
叩きつける。
DNAが書き換えられる。人をなす塩基の連なりを欺瞞し、獣のそれとなす。
しなやかにして硬質な獣の筋肉がヤコブの身を固め始める。次いで現れる変化は爪。人のものとは構造からして違う、他の生物の
命を奪うための強靭なる獣の爪が備わる。そして、口内。鋭利なる山脈のごとき牙が生えそろう。その姿は果たして鮫と
獅子の合成獣か、
猿と豹の合成獣か。
いや、もっとおぞましい――獣の肉体と人の術理を混濁した進化の果てだ。
「削」
ヤコブの白爪がレイに迫る。
速い。レイの目では白い何かが接近してくるようにしか見えない。
自答する。
よけるられるの?
――よけられない。
あきらめるの?
――あきらめない。
おわるの?
――おわらない。
しぬの?
――いきる。
なぜ?
――わたしがさいごで、私が最後だから。
「はっ!」
飛び込んだ。後ろではなく、前に。
その背が強い圧を感じた。急な力にレイの速度が上昇する。2段階加速とでも言うべき動きに、しかし、ヤコブは動じない。
直線のように走る白爪は、その実、稲妻のようなジグザグの軌道を描く。急な方向変化にも対応する独特の動きだ。
レイの思考がレイ自身の動きに追いつかない。拳を振る。先に当たれば勝ち。先に当てられれば負け。
そんな単純な図式しか浮かび上がらない。泡のように思考が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。残るのは本能だけだ。
殺るか殺られるかだけの、
原始的思考が極大の泡となって弾け飛ぶ。
瞬間、タガが外れた。
記憶が怒濤の如く押し寄せ、高波となってレイの体を強く押す。記憶はトリガー。
引き絞られた精神を解き放ち、
撃鉄となって心に感情を叩きつける。
気づいてしまった。
どうして《color》の伸びがトウジやカヲル、シンジに比べて極端に少ないのか。どうして弱いか。どうして弱いままか。
からっぽだった。
シンジは自らが自らであるため、カヲルはヒトであるため、トウジは大切な人を守るため。レイには何もなかった。
いや、何もないのではなくて、「何もない」しか選べなかった。あるのは空虚な何かだ。
自分がどんなにかおぞましくて穢れた存在なのか知っていたから、
選べなかった。選択は無限に。それでも、選択は唯一に。生きていくしかなかった。自分が最後だから。
1人目でも2人目でも3人目でもない、最後の、そして、唯一の綾波レイだから。
世界は変わらず腐敗し汚濁を撒き散らす。世界は何一つ変わっちゃいない。それでも、
夢想する。何かが起こるのかもしれないという恐れと、少しの憧れ。周囲の人間はみな優しく、友達と呼べる存在もいる。
今、背を押すのはアスカの《水》による水流だ。背を押してくれる人間がいる。
カヲルとは訓練以外に一言も話すことはなかった。自分と同じように人ならざるモノから人になった彼と話がしたい――彼は何を悩み、
何を糧とし、何を選んだのか。
シンジとは一言も話すこともなく別れた。何か言うべきことがあった気もするし、何もなかった気もする。
ただ、きっと、何かがあるのだ。
生きたい、と思った。
終わりにしたくない、と思った。
諦めたくない、と思った。
笑えるのなら笑いたい、と思った。
まだ、話すべきことがある、と思った。
まだ、訊くべきことがある、と思った。
――綾波……もう別れ際に「さよなら」なんて悲しいこと言うなよ。
まだ、世界に、彼に、彼女に、あの人に、あの人に、あの人に、あの人に――さよならしたくない、と思った。
笑ってみたい、と思った。
諦めない、と思った。
終わらせない、と思った。
生きる、と思った。
心は炎。炎は力。力は《word》。
故に――着火。
右拳が文字通り火を噴いた。
Episode 15 : バーサス-2-
衝撃とは何だろうか。物体に瞬間的に激しい力が加えられること、またはその力。激しく突き当たること、またはそれによって
起こる刺激。どちらにせよ、『激しい』力や刺激。
圧力とは何だろうか。二つの物体が互いに接触している時の接触面、または一つの物体の内部に仮定した面を境にして、
両側の部分が面に垂直に互いに押し合う単位面積当たりの力。『瞬間的』でもなければ『激しく』もない。
ペトロの《word》は《Shock》。衝撃を操る。
トウジの《word》は《圧》。圧力を操る。
ペトロは自らに与えられる衝撃をなかったことにし、防御する。
トウジは自らに与えられる圧力をなかったことにし、防御する。
ペトロは無形で無色透明の衝撃という概念そのものを叩きつけ、攻撃する。
トウジは圧力を増加させた拳を叩きつけ、攻撃する。
ならば、と考える。
衝撃≠圧力ならば、どうして防御されるのか。単純なことだ。トウジの圧力付加の攻撃は『瞬間的』で『激しく』、
攻撃のさなか確かに圧力=衝撃となっていた。
それなら、と考える。
「そんなら、『ゆっくり』『緩やかに』すればどうや」
駆けた。
ペトロが両腕を振る。一振りごとに見えない衝撃がトウジを襲った。しかし、避けた。見えないものを、避けた。
「ほう」
ペトロが感嘆の声を上げる。
心眼など悟りきったものをトウジは使えない。しかし、トウジには考える頭と生への執着があった。きっかけは単純。
ただ、相手の《limit》を見極めるべくよく観察しただけだ。
かつて自分の《limit》が広がったなら無形で無色透明の衝撃を『無動作』で叩き込める、と考えた。その考えに引きずられた。
だが、それはトウジの場合だ。実際はペトロの衝撃は無動作などではなく、明確な動きを伴って襲い来る。
即ち、腕を振る――という動作。
必然、腕の振りは衝撃の指向性を予言する。あとはそれに合わせて素早く動くのみだ。
「その通り。私の《Shock》の《limit》は2つ――半径2メートル以内の距離制限と、腕の振りによって放たれる点」
衝撃を避けながら迫り来るトウジに笑みを向ける。
「貴方は本当に本物の戦士だ。少し、楽しくなってきましたよ」
笑う。
ペトロが初めてその場から動く。ゆっくりと歩いた。しかし、ゆるりとした動作に反してその動きは速い。ゆっくりと速い、
矛盾をかかえた歩行だった。
トウジの目にはペトロが消えたようにしか見えない。ゆっくりと超スピードで消えた。腕の振りも、それが見えなければ
関係はなく、いつ振られたのか、どの方向に振られたか分からない。ペトロの姿が見えないまま、衝撃が1、2、3、4とトウジに
ぶち当たる。1つ目で肋骨がいかれた。2つ目で鼻骨がいかれた。3つ目で右肘がいかれた。4つ目で胃の中味が逆流した。
「が、ぐ」
体中が悲鳴を上げた。その場で倒れ込め、と脳が体に信号を送る。風邪で熱が出るのは、動かず休めという脳の信号だ。それと
同様の機能が理性に反して働いていく。脳が熱に浮かされたようにふわふわと漂い出す。揺れる揺れる。そして、意識が彼方に
飛んだ。空気が粘着するような感覚。ゆっくりと地に倒れ行く。
闇。
闇に目覚める。トウジの目に映るのはイスに座る自分。目の前にもう1人の自分が憮然としている。奇妙な光景だった。
「なんや、死んだんかいな」
出る言葉はたわいのないものだ。確かに意識が飛んだことを覚えている。敵の目の前で意識が飛んだのだ――訪れるのは死だ。
「なんや、死んだんかいな」
もう1人の自分が語る。
「まねすんな」
「まねすんな」
埒があかないな、と思う。そして、ふと考える――目の前の自分は何なのか。自分である筈だが、自分ではない。自分であるが故に、
目の前の自分が自分でないことが分かる。
「誰、や?」
「誰、だろうな」
オウム返しが止まる。加えて声質が明らかに変化した。やはり自分ではない。発音もトーンも全てが違い、全てが似ている。
奇妙な符号。
「誰かという質問には意味がないと判断する。お主は我で我はお主であり、それ以上でも以下でもない」
ごくり、と唾を飲み込んだ。この感情は恐怖だ。自分の皮をかぶった獣がいるような錯覚がある。放つ気勢が異常な雰囲気を
つくり、どこであるか分からない闇の世界が更に理解から遠くなる。異質な世界に迷い込んだとしか思えない。
「死にたいか?」
「そんなわけあるかい」
「ならば問う。力が欲しいか?」
一瞬つまる。自分の皮をかぶった怪異が力を欲すかと訊いている。意味がわからない。
それでも、
「力が、欲しいか?」
「欲しい」
「何故だ?」
「死にたくないからや」
「何故だ?」
「死ねない理由があるからや」
怪異の存在しない視覚がトウジの背後に2人の少女を見た。ニタリ、と怪異がトカゲのような笑みを浮かべる。
気づく。周囲の闇は脈動している。ドクリドクリと。ぶつりぶつりと。
断線したように、ノイズを放つように、揺れている。闇が眼前に凝集し、凝固し、凍結し、形をなした。
「なるほど、理解した。我の《本質》としての開放率を僅かに――そうだな、体力が回復する程度には上げる」
雷光の鋭さで霰のごとく闇が拡散する。
「我のことは忘れた方が良い
。力を貸すのは此度の
みだと思え――ただ、タブリスのためでしかない」
拡散した闇が再び集う。今度は眼前ではなく、トウジそのものに向かって凝集した。
「だが、再び命を賭すと言うのならば、我の名を求めよ」
トウジの皮がズルリと剥がれる。皮が闇に還り、それすらトウジへと集った。
霞む視界の中、最後にトウジの瞳が映したのは異形の個体群――雷光を背にした霰のごとき粘菌の群れだった。
光。
ゆっくりと体が地に吸い込まれていく感覚が露と消える。視界が鮮明になり、体が異常に軽い。まるで朝起きた時のような、そんな
不可思議な感覚。ずきりと一瞬後頭部が痛むが、最早気にする余裕など存在し得ない。
霞む眼前には自分のものではない腕。掴みかかり、指が肉に食い込むのと同時にトウジは己を取り戻した。そして知覚する。
今自らの手にあるものがペトロの腕である、と。やるべきことは1つだ、と。
ゆっくりと圧力を付加する。
自らの攻撃を衝撃とはいえないものにする――そのプランをリツコに話したとき、成功するかは分からないと答えが返ってきた。
『瞬間的』で『激しく』与えられる力の厳密な定義は存在しない。故にその判断は受け手であるペトロに委ねられる。
つまり、トウジが感覚する『ゆっくり』と『緩やかに』加える力が、ペトロにとってもそうである必要がある。
極端な話、超級の使い手であるペトロは何万分の1秒に感じる『瞬間的』で『激しく』与えられる力を、断続的に感覚する事で
『ゆっくり』と『穏やかに』加えられる力とすることが可能なのかもしれない。100秒に渡ってじわじわと加えられる力を、
1秒に感じる一瞬の力が100回続く、と自らの体と《word》に信じ込ませる事が可能なのかもしれない。
それでも、やってみなくては分からない。圧力最大付加に向けて付加圧力が緩やかな曲線を描いていく。
ペトロも黙ってはいない。だが、虚をつかれたのは事実だ。
確かに意識が飛んだ筈で、確かに体力が尽きていた筈だった。
ペトロはカタコンベで治療その他を受け持つドクターの地位にある。その医者の目で確実に、眼前の不屈の戦士の体力は尽き、
その末に気絶したと判断した。絶対確実完璧な診断。しかし、目の前の男は急に体力を取り戻した。
その一瞬の驚きが虚を生み、トウジに腕を獲られる事態を生んだ。
ペトロの行動は決まっている。空いた右手を振り上げ、《Shock》で衝撃をぶち当てるのみ。その右手が、
「させへんで」
ガシリとトウジの片腕に掴まれる。結果、ペトロの腕がそれぞれトウジに掴まれた格好となった。
衝撃は腕を振らなくては飛ばせない。これで無色・無形の衝撃は封じられた。
しかし、当然それがペトロの全てを封じた事にはならない。体がぶれた。グッと動き、次にはトウジの体は浮いている。
振り回される形だ。それでもトウジの腕は離れない。
速度が上がる。ゆったりとした動きで素早い、奇妙な動きの再現。ゆっくりと速い。更に緩急が加わり、トウジの身体は
宙に浮いたままアップダウンを繰り返し、振り回されることになる。それでもトウジの腕は離れない。
痺れを切らしたのか、足をとめた後にペトロの片足が跳ね上がる。鋭い蹴りがトウジの顔面に迫った。
「ぐっ」
皮1枚でかわす。頬がスパリと切れ、鮮血が滲んだ。
驚くべき近接戦闘能力にペトロの顔が再び驚愕に染まる。その能力に敬意を表し、蹴りの回転を上げた。左右にカマイタチのごとく
足が走る。
皮1枚では対応できない。ペトロの回転上昇に合わせてトウジの首の稼動も素早さを増す。皮と一緒に頬肉がこそぎ落とされるが、
それでも避けた。直撃はしない。こらえて、こらえて、じわりじわりと圧力を付加していく。みしりみしりと徐々に、だが確かに
骨が軋む音がした。効いている――効いているのだ。
ついに、ゴキリと鈍い音が響いた。
+++++++++++++++++
レイの拳がヤコブの頬にめり込む。炎の噴射で加速され強大な威力を秘めたそれは、ヤコブの脳を強烈に揺さぶった。
意識を刈り取る一撃だ。
「快快快快快」
グルリと勢いそのままに戻って来た顔から、壊れたスピーカーのような声。
グシャっとイヤな音がした。意識を刈り取るなど、とんでもない。刈り取られたのはレイの方だ。脇腹の肉をゴッソリと削り取られた。
ヤコブの白爪には、数秒前までレイだった肉片と血が纏わりつき、赤黒く変色している。
「グ……あっ、が、ぐ」
血を急激に失いすぎた。体中に血が足りない。じくじくと痛む脇とバカみたいに激しい動悸の中、意識が遠のいていく。
霞み始めた意識の中、血だらけの脇腹を見た。見事に肉がない。傷など陳腐なものではなく、本当に存在しない。
「痛いのは、慣れてるわ」
うすく微笑みながら、炎が渦巻く右手を脇腹に当てる。
「ぐあああああああああ」
焼いて、塞いだ。
芽生え、暖め続け、ついには発芽した強烈な自意識が
気絶を是としなかった。代わりに洪水のように汗が滴り落ちる。
広がる。ヤコブに消された《color》が、吹き飛ばされた《limit》が、剥がされた《word》が、拡散する。広がる色彩は
鮮烈なる赤。《color》はyellowからredに《up》し、最早《color》の開きは縮まり《word》の封殺はかなわない。
《color》の赤色に対して、レイの両手に渦巻く炎は自らの髪と同色の蒼。
相対すヤコブの顔には愉悦の笑み。
「獣、爪、牙、振、裂、割、削!」
レイに向かって獣じみた野生の走りで駆け寄る。圧縮された獣性がそのまま発露したような、異形の爪がレイの心臓目掛けて
突き出された。獣そのものでありながら、同時に、針の穴を通すような正確なコントロールだ。
心臓を穿たんとする獣弾に対し、レイはそれをバックステップ
でさける。レイの身体能力だけでは、その後ろへの動きよりもヤコブの動きの方が速く、容易く心臓に到達しただろう。しかし、
今のレイは《word》を封じられておらず、ロケットシューズが使用できる。靴の噴射加速も手伝って、今やレイの方が速い。
ステップを踏みながら両手から炎を放ち、牽制する。同時に、なおも伸び来る獣の爪にオーバーヘッドキックの要領で、ロケット噴射で
加速したつま先を叩き込んだ。ヤコブの動きがわずかに鈍ったのをよしとし、そのまま後ろへ身体を流す。
6メートルほどの距離を置いて、ヤコブと向かい合う形となった。
先ほどからうるさい耳元の通信機に応じる。アスカからの通信だ。覚悟を決める問いと応じる答えをきく。
「根回しは終わった。爆発いくわよ、ファースト」
苦笑する。手回しがいい。
「了解」
――次で、決める。
+++++++++++++++++
暗い廊下を歩くユダの白い仮面がこの日、1番の驚きを見せる。驚きはすぐに拡散し、白き仮面のカタコンベの徒が構えをとる。
すぐに理解した。目の前の男は敵だ、と。
眼前には厚い筋肉を持つ金髪の男。
ユダは考える。この男はネルフの人間ではない。有り得るはずはない。こんな殺気を持つ人間が、いようはずもない。
勿論カタコンベの人間でもない。自分が知らないのだから当然だ。シヴァが自分達には知らせず人員を割いた可能性も捨てがたいが、
それにしても殺気を向けられる理由が存在しない。
「誰だ?」
「カタコンベ12使徒のお1人とお見受けする」
殺気がぶつかる。ユダの殺気と眼前の男の殺気が互いに削りあう。
「もう1度訊く。何者だ?」
「ルネサンス所属――シルム=ロン」
眼前の男が応じるのと同時に、背後からの空気を割り裂く音を感覚する。首を傾け、それをかわした。すれ違いざまに視覚が
とらえたそれはナイフだ。
振り向くと、黒髪の男がもう1人。
「同じくガリュ=ロン」
相手をするのは面倒だ、と戦闘をさけるべく《Gate》で一気に移動――しようとして違和感に気づく。周囲を包む被膜。
《word》的な防護。
「そうか、いやにプロテクトが強力だとは思ったが。貴様、ネルフにスパイとして潜り込んでいたな」
「察しがよくて楽だね、あんた」
ガリュが頷く。狡猾なゲンドウに泳がされていたのか、本当に露見していなかったは分からないが、確かにガリュ=ロンは
ルネサンスからのスパイとしてネルフに潜伏していた。サクノのいるセントラルドグマレベル#10への直行を防ぐべく、《word》的な
プロテクトがかかっていたが、その力の大部分をこの男が担っている。
「つまり、貴様を殺せば面倒もへる」
「本当に察しがいい」
ガリュが構えをとる。指の間には無数のナイフ。
「ガリュ、後は任せたよ。私は『彼』とミリルを上まで迎えに行き、そのまま予定通りプランを遂行する」
「おうよ。ミリルによろしくな――俺は不測の事態にもめげずに頑張るってよ」
言葉と同時に、指に挟まれたナイフが投擲される。その数30。ユダはそれを《Gate》で顕現させた扉の奥へと逃がした。
ナイフの群れに気がそれた隙を狙い、シルムの姿が掻き消える。シゲルの《In》のごとく影に消えるでもなく、ユダの《Gate》の
ごとく扉を出してその奥に消えるのでもなく、ただ消えた。
まるでワープだ。
「さあ! ヤろうか、ユダさん」
「ふん」
眼前の敵に集中する。例え何があったとしても他の2人――ペトロとヤコブは、そう簡単にどうにかなるものでもない。
あの2人の人間性については評価しないが、実力については評価している。
問題はシルムの行動だ。『彼』とミリルを連れて来る、とシルムは言った。つまり、今目の前の
敵を打ち倒しても、最低3人はルネサンスの人間が存在することになる。シルムの言うプランが何かは知らないが、
知らない以上、何が起こっても不思議ではない。自分達カタコンベの目的の妨げになる可能性もあるのだ。
つまり、邪魔が入る前に速やかに任務を果たし、とっとと帰るのが正しい。
「Gate!」
現在の邪魔とはすなわち目の前の敵。ならば、望むところだ――殺す。殺して殺して殺しつくす。
+++++++++++++++++
To Be Continued to Episode 16.
Next, NERV vs CATAKOMBAE vs RENAISSANCE.
In addition, the origin of a dragon descend.
+++++++++++++++++
<後を書く>
色んな部分に無駄に伏線を入れて自己満足をするクセをどうにかしたい。
次回は決着がつくようなつかないような。