か弱き者よ、等しく認識せよ。
《Purify》によって精練・純化され尖鋭化したATフィールドがオレンジに煌く凶器となってユダの首に切り込む。
ATフィールドをより合わせ、薄く細く鋭く生成されたその威力は接合の拒絶を示す。防御においては悪意を
拒絶する結界として作用し、
攻撃においては結合を拒絶する刃として作用する攻防一体の超兵装は、使徒
タブリスの基本武装にして必殺の極限技。
宙を走るエッジに向けて、ユダは《Gate》を行使して黒い扉を展開する。集った粒子が凝固し、場と場を繋ぐ扉がエッジの進路
を阻んだ。本来ならばそれで終わる。全ての攻撃はユダの思う先にいなされるのだ。それを再び敵に向けたり、防御に用いたりと応用も
効く。しかし、終わらない。このエッジは攻撃などではなく、呼吸、だ。使徒としてのタブリスの呼吸。それを攻撃と錯覚するのは、
人と使徒のイキモノとしての圧倒的な格差に根ざしたステージの違い故だ。
《word》で空気中の粒子を固めて生み出された黒い扉は、およそ有り得ない原子構造を持つ。しかし、確かにそこに存在する。
現象ではなく、確かにものとしてそこにある。いかに不可思議であろうと、そこに『ある』なら破壊が可能だ。
『ある』ものはすべからく、誕生と破壊が存在するのが世の理。
すなわち、両断。
真っ二つに黒い扉を裂き、その先のユダの首を狙う。瞬間、ユダの体が傾いだ。だが、思考に身体が追いつかない。自らが思い描いた
回避行動より僅かに遅い。それを悟りカットする。視覚を聴覚を嗅覚を触覚を味覚をことごとくをカットする。今必要なのは体を傾ける、
という行動のみ。脳裏に浮かぶのは黒い扉のイメージだけだ。
エッジが宙を切った。
五感のカットによる集中が効いたのか、その直前に扉を壊すというタイムラグがあったからなのか、定かではないがともかく避けた。
やはり、違う。自分とは明らかに違う。
周囲にはゆらゆらと揺れる無数のエッジ。今度こそかわせない。量が多すぎた。
「くそ……」
舌打ちを1つ。扉を展開してユダは姿を消した。
先ほどまでユダがいた空間を見つめ、サクノはため息を1つ吐く。危なかった、と。
「どうやら、本人は何をしたか理解していないようだけど」
展開していたエッジを全て収め、座り込む。人とは怖いものだと改めて理解した。シヴァしかり、ユダしかり。
あの時――エッジがユダの首に迫った時、扉が開いた。首に対して垂直に、首を両断するように黒の扉が開いた。
首から上を別の場所に退避させたのだ。思考を凌駕した、明らかに規格外の《word》展開速度にサクノは唸るしかなかった。
「ユダか」
名前を刻んだ。あれが人類最速。いや、違う。おそらく、《word》を展開するという概念の始まりと終わりを《Gate》で繋げたのだ。
そこにある現象ではなく『概念』を操るのは、最早人であるかも怪しい。そうなのだ決まったことを、
概念を覆す――それは神と呼ばれる領域ではないのか。
やはり、違う。自分とは明らかに違う。
「神に仇なす裏切り者……ねぇ」
+++++++++++++++++
一閃だった。
鋭い稲光がつま先から頭の天辺までを駆け抜け、そのまま天まで昇っていくよう。痛い、という感覚ごと持って行かれたような痛み。
視界は赤。赤。赤。視界全てが紅に染まり、吹き出る鮮血は周囲を朱に染め、空すら茜色に染まるよう。
「あ……あ…………あああああああ!」
痛すぎて気絶できない、という現象をアスカは始めて体験した。千切れ飛んだ肩から先の、かつてアスカの一部だったそれは未だに
のた打ち回っている。サッカーボールがゴールネットを擦り続けるように、慣性で動き続けた。
ヤコブの獣槍はその名の通り重創をアスカに与えた。本来ならば胸を貫通し
て心臓を吹き飛ばす一撃。それが片腕だけで済んだのはひとえにアスカが『引いた』からに他ならない。
空気中の酸素と水素を合成して水を自作。次いで、それを出力。徐々に収束させて細く鋭く鋳造。出力速度を超高速度で維持。それらの
行程を経て放たれるのは、アスカが持つ攻撃方法の内で最大威力を誇るウォーターカッターだ。マッハの速度を持つ機械的なそれには
敵わないが、それでも人体の首を切って落とすには十分な威力を持つ。
レイもほぼ同型の熱と炎を収束した攻撃方法を持つが、アスカの方が疲労が少ない。自然、アスカが首を狙う大役を担い、それをレイ
がサポートすることとなる。ヤコブを間に挟み、後の先をとろうとした。しかし、やはり、ムリだったのだ。あまりに速く、あまりに
強く、あまりに違いすぎる。
襲い来るその死の鉄槌に対し、アスカは踏み込もうとし、しかし、防御体制をとった。命を賭けて踏み込み、腕を伸ばしたならヤコブの
首は落とせただろう。最も、同時にアスカの心臓はこの世から消失していただろうが。
つまり、アスカは、
「くそくそくそくそくそ……逃げちゃ逃げちゃ逃げちゃだめなのに……あぐぐぅあういあ」
うわ言のように繰り返す。逃げた。逃げてしまった。それはすなわち自分に、自らが課した誓いに、負けたことを意味する。
負けてしまった。逃げてしまった。自分から負けた。自分から逃げた。
死を感覚し、死をおそれ、引いてしまったのだ。
防御体制をとったことで死は免れたが、腕をもがれた。もがれたというより弾かれた、というのが正しいが。肩が弾けて消えた、と
表現すべきか。
レイも最早限界を超えていた上に、アスカの腕が弾かれたことで緊張の糸が切れてしまった。その場でバタリと倒れこんだ。
詰んだ。もう、まばたきをするのも億劫なほど。
「終」
ヤコブが告げた。その裸体には傷1つない。それが、明確な格の差だった。2人の2度の決死のアタックは、傷1つにも値しない。
最後の一撃は残酷だが優しかった。痛みも感じずすぐに死ねそうな本気の拳が、唸りを上げて向かってくる。
それに対してアスカは1ミリたりとも動けない。
「あ……ぐっうう」
まだ諦めてはいない。惨めにも相討ちを避けて生にしがみついたのだ、なおさら死ねない。それでも、動かないのだ。一気に噴出した
血と、極度の疲労が動くことを許さない。視界は赤くもやがかり、目に入るものは自分の真っ赤に染まった骨と、ズタズタのグチャグチャ
な破片。
「動け動け動け動け動け動け動け動け!」
どうして口が動くのに体は動かないのか。アスカの瞳から涙が落ちる。視界の赤が洗い落とされて、その代わりにもやが増した。
血と涙と地面の味と、何か得たいの知れない感情が、噴出し加速して渦をまくように怒涛のようにこぼれ落ちる。感情の波紋が
宙を渡って、世界に伝播していくようだった。
だから、だろうか。
伝播したからだろうか。
それは降って来た。
白いスーツに白い帽子。結婚式からそのまま駆けつけたような出で立ち。まるで天使のような姿で、まるで天使のように空から
降りて来た。
アスカの定まらない視線と、手をとめたヤコブの視線がその男に集う。男はその視線に肩をすくめると、帽子をサッととり黒髪を
露わにした。
「弱いものいじめは感心できねーな」
それだけ言って満足したのか、ヤコブを気にするでもなくアスカに歩み寄る。
「よお、嬢ちゃん。なかなか根性あんな」
ヤコブは判断する。今、この場にあって、この男は自分側ではない、と。故に突撃。
獅子の爪が振るわれ、そして、消失する。手首から先が消えうせた感覚にヤコブはおののき、異変を察知してバックステップを
踏んだ。
自らの腕が振るわれた場所にポッカリと穴が開いていた。世界そのものを穿ったような、黒い穴だ。その穴が一気に拡大し、中から
厚い筋肉を持つ金髪の男が這い出てきた。
「モードさん、話が違うのでは?」
「シルムか。なーに、昔の自分を見てる気分になってな。後味悪いだろ、見逃すのは」
モードの視線に従い、シルム=ロンは視線を移す。片腕がもげたアスカを見やり、ため息を1つ。
「それで、ミリルは?」
「ヘリに置いてきた。もう、お前はミリルとガリュと帰れ。後は俺だけでやる」
「そういうわけには……。冬月さまに何と言えばよいのですか」
眉根を寄せる。
「バカがバカやりました、と言やーいいさ」
その言葉にシルムは頭を抱える。
「分かりましたよ。ですが、任務を――《creator》の奪取をこなしはします」
モードの言い出したらきかない性格をよく知るシルムは大人しく引き下がる。
そして、黒い穴を作り出すと、現れた時と同様に消えた。
残されたモードは朦朧としたアスカと気絶したレイを肩にかつぐと、ゆっくり歩き始める。その進行方向にはヤコブ。
「牙ッ!」
跳ね飛ぶように体を疾駆させ、同時に体中の筋肉を捻り、螺旋状に拳を放つ――獣槍、だ。
その肉を削り骨をそぐ一撃に対し、モードは
「ほいっ」
勢いに合わせて受け流すのでもなく、回避をするでもなく、受け止めた。ただ、手のひらにその拳を受け止めた。こともなげに、その
アスカの肩を消し飛ばした一撃を、ただ、受け止めた。
そして、見た。
視線がヤコブの心臓をいとも容易く握りつぶした。殺気がこもった、とかそんなレベルではない。思わず、自らが何故まだ
生きているのかを疑わざるを得ない視線。今まで自分が生きてこられたのは、この視線に出会わなかったからだと、そう感じる視線。
――人を殺せる視線。
ヤコブの脳の1番奥が悲鳴を上げる。獣の本能ではなく、人としての本能だ。これは違う。あまりに違いすぎる、という警告。
目の前の白い男は自分と違う、いや、それどころかシヴァと同じ場所から見下ろす人の皮を被った怪異だ、という警告。
危機意識が一気にレットゾーンに達した。
それからのヤコブの行動は速い。肉食獣から逃げ惑う草食獣のごとく逃走した。
「やれやれ」
敵意を収めると、歩みを再開する。早めに見つけてもらえる事を祈りながら。
Episode 17 : バーサス-4-
視点が定まらない。頭がボーっとしていた。視界も記憶も目の細かい網で覆われたようだ。何をしていただろうか。
確か、そう、確か大きな扉があって、岩があって――ハッとする。一気に意識が覚醒した。上半身を慌てて起こす。
「……目覚めて最初に見るのがあんたの顔だなんて最悪」
「そう言うなよ、葛城」
頭をかく。ため息を1つ吐き、ついに観念した。
「おかえり、加持君」
その言葉とその表情に加持は目をしばたたかせる。見ほれるほど美しい。思い出した。今目の前にいる女性が、自分が惚れた女
なのだと。
「ああ、ただいま」
体は何ともない。骨も内臓も異常はなく、岩によるアザもない。
「リッちゃんがすっかり治していったよ。見事なもんだ」
「あたし、どれくらい寝てた?」
頭がボーっとする。体内時計が上手く噛み合わない。
「1時間ってとこだな」
起き上がり、背骨をならす。寝てるわけにはいかない。
「行くわ。あんたはどうするの?」
「ネズミ退治、だな。カタコンベに乗じてルネサンスからもお客さんが続々だ」
頭を抱える。めんどうくさい連中だ。可能性として考えてはいたが、楽観が過ぎたのか本当に来られるといい迷惑でしかない。
頭の中で対抗策を考えようにも現状把握が必要だ。やはり、司令部に行くのが最優先。
加持と挨拶を交わして、部屋を後にする。
僅かに間をおき、加持も部屋を後にする。扉の開閉音と空気の抜ける音、続いて足音。床材をコツコツと叩く甲高い音が響いた。
加持はその自らの足音ではない異音に耳をそばだてる。
「あーらら、言ったそばから……」
眼前には暗闇から金髪の女。
「あら奇遇。ガリュを探しに来てこんなイイ男に出会うなんて」
胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。紫煙を吐き出しながら、虚空を2本指で挟んだ。
「イイ女はこんなもの投げつけないな」
指の間には闇に溶けるような黒色の針。ピンっと床に向けて弾き落とす。
女の紫色の唇がニタリと厭らしい笑みを描いた。
「ますますイイ男……」
女がこちらに向けてゆっくりと歩き始める。ゆらりと体がぶれ、姿が丸ごと掻き消えた。
「歩法、か」
姿が現れては消える。最高速と低速を素早く切り替え、緩急の差により分身したような錯覚を起こす。徐々に現れる頻度が減り、
ついには女の姿が消失した。切り替えのタイミングと速度の使い分けを抜群のレベルで運営し、純粋な『目で捉えられない速度』ではなく
人間の目の欠陥を利して消えたのだ。
ひゅ、と宙に鋭く響く異音。
「ほっと」
レンズの拡大比率が上昇する感覚。右方40度2メートルに3本、左方30度2.6メートルに2本、後方15度0.7メートルに5本。認知、判断、
行動。後ろ、右、左と腕を振るう。
数本の針を叩き落としながら、断ずる。目の前のイイ女は消える歩法+飛針――つまり、無音の殺人に特化したサイレントキラーだ、
と。
「美人の暗殺者ね……誰の趣味なんだか」
無造作に腕を空間に叩きつけると、案の定胸倉を掴んだ感触。グイと引っ張り上げるように、片手で投げ飛ばした。体重差と剛力が
相まって簡単に女が吹っ飛ぶ。
それに対し、女は空中で素早く体勢を入れ替えて猫のように着地した。しなやかな身のこなしだ。
加持を見据える女の視線は険しく、自らの透過歩法が破られた理由を探る猜疑の色が濃い。
息吹を1つ、2つ、3つ。呼吸を安定させ、体中に酸素と血液を行き渡らせる。本気で行く。対面する男にはそれだけの価値がある。
「捉えられるものなら、捉えてみなさい」
足を地に打ち付ける。そして、再びの透過歩法。
姿がかき消える錯覚を視認しながら、加持の脳内には疑問符が浮かぶ。完全に捉えた動きをそのまま再現するはずはない。
差異はどこだ、と。故に、《word》を放つ。
「……Eye」
両の瞳に金色の《color》が集った。《Eye》の力が動体視力と静止視力を引き上げ、視角と視野を拡大し、脳内の視覚中枢で神経を
超加速させる。空気中に拡散した粒子すら見えかねない、視覚を超越した視覚が捉えたのは――
「いない?」
無。前後左右全てにその姿は存在しない。ならば、と視線を動かさず頭上で腕を振る。肌に感じる尖りと、皮を突き破られる感触。
間を置かずに視線を上に向けるとかすかに光が揺らいでは消える。前、後ろ、上、左、右。床、天井、壁。縦横無尽に無音で光が一瞬
煌いた。
だが、いかに無音で姿が見えなかろうと、光が位置を示す。
女の放つ一瞬の《color》が全てを教えている。
「残念ながら、相性がとことん悪かったみたいだな」
常人では捉えきれぬ瞬間的な《word》の展開による《color》を、しかし、加持は見逃さない。
天井や壁を移動する際、飛針を放つ際――確かにそこに《color》はある。
口にくわてえていた煙草を床に吐き飛ばし、靴裏で火を消す。ゆったりとした動作で胸から新たな煙草を取り出しくわえ込んだ。
踏み込む。
足を限界まで伸ばした回し蹴りを放つ。女の放つ《color》のおかげで、その動きが光の動線となって瞳に映り込んでいた。その動線
の先端に蹴りを打ち込むのみ。
「がっぐお」
虚空へ打ち込んだつま先は確かな手ごたえを持って、痛みの悲鳴とともに視界に女を引き戻した。
その顔は信じられない結果を受け入れられぬ、困惑の表情を形作る。戦闘中の困惑はすなわち死。
加持が懐から取り出し、構えた銃は女の額にピタリと当てられていた。
「本当に、つくづくイイ男。そして、甘い男……Needle」
《word》とともに額から針が生え出、銃口を貫通する。
突然の出来事に怯んだ、と。そう判断し、数百の針で武装した腕を加持の顔めがけて打ち下ろす。
「つくづくイイ女だ」
体を傾がせそれをかわすと、拳を顔面に叩きつける。最早、反撃の隙も防御の暇もくそもない。想定外の上に、認識外だ。
何を受けたのかを認識する前に女の意識は閉じた。
「これ、ライターでね」
銃口から飛び出た炎で、くわえたままの煙草に火をともした。
煙でわっかを作りながら針が生え出たままの女の腕を眺め、そうかと納得する。
壁や天井すら利した動きは《Needle》で生み出した針を単純に刺して使っていたのか、と。細いものの方が一点に与える圧力は大きく、
速度も加わればそれなりの力が生まれる。壁や天井に突き刺すことも出来よう。飛針も同様に生み出し放っていたものだ。
やはり、加持が言うように相性が悪すぎた。針の穴すら見通す加持の《Eye》には、針を見通すことなど戯れでしかない。
+++++++++++++++++
猿轡に手錠、睡眠薬の投与で女の自由を確実に奪い、加持が司令部に姿を現した時には既にそこは異界と化していた。
表の後処理に追われているせいで保安部とは連絡が上手くつかず、取り敢えず女を背負ってきた加持はその空気に面食らうしかない。
「おい、その女返せ。うちのだ」
その空気を作り出す張本人の白いスーツの男――モードは、加持の背の女を見てそう言い放つ。状況に思考が追いつかない加持は、
助けを求めるように周囲を見渡した。視線のあったミサトがそれに対し頷く。肯定、の動作だ。不審を抱きつつも背から女を下ろすと、
モードへと引き継ぐ。猿轡と手錠を握力のみで粉砕し、
「おい、ミリル、ミリル」
ペチペチと女――ミリル=ロンの頬を叩く。
「すまないが睡眠薬を投与している。あと2時間は起きない筈だ」
「ふーん、まぁ、そりゃそうだわな」
納得すると、加持がそうしたようにミリルを背負ってポケットから黒い薄型の通信機を取り出す。
「おい、ミリルが見付かったぞ。ガリュはどうだ?」
通信機から返ってきた声に顔を歪めた。すぐに表情を切り替えると、通信機の向こうのシルムに指示を返す。
「……わかった。死体、回収しとけ。撤収するぞ」
通信機を丁寧にたたみポケットの元の位置に戻す。肩を2、3度回すとため息。
「そういうことで、お暇する」
タイミング良く空間が揺らぎ、シルムが現れた。その両腕にはガリュの死体。
帽子を被りなおすと、モードの瞳が対面のゲンドウに向く。
「次はきっちりと《creator》を貰いに来る。あまり、自分の力を信用しすぎないことだ」
空間の揺らぐ黒い時空の狭間へと、3人と1つの死体は姿を消した。
まるで嵐が過ぎ去っていったようだった。しかも特大の、だ。
シンジの連絡を受けた後、直ちにペトロの回収が開始された。ペトロの意識はハッキリとしており、加持がそうしたように睡眠薬を
投与したり、気絶させたりするのは不可能。そこで、もしもを想定し営倉までシンジが保安部に付き添う事となった。それと入れ替わる
ように司令部を訪れたのがモードだ。
「ルネサンス所属、モード=ロン。あんたらのとこのお嬢さん方を連れてきたぞ」
そう言って彼は両肩から2人の少女を降ろした。片腕を断たれたアスカと意識を失ったレイはすぐにリツコとともに治療室へ。
モードはその場のイスにドッカリと座り込んだ。
暫しの沈黙を経た後、その対面に座ったのはゲンドウである。
「《creator》をどうにか出来ないのはアンタの力か?」
モードがここに至るまでに交わした、シルムとの通信を思い返しながら言葉を発す。シルムは言った――ムリです、と。
それに対するゲンドウの返答は沈黙だ。
「まぁ、いいや。今日はやることやったら取り敢えず帰る」
一瞬で思考を切り替え立ち上がる。
加持が来たのはこの直後だ。
「ヤコブのこの一撃、確実に10トン以上の負荷ね。瞬間的すぎてMAGIの測定限界超えちゃってるから推定だけど」
見やるモニターでは、その一撃を片手で受け止めるモードの姿。
「しかも、《word》の反応が全く検出されてない。測定限界を超えているならそれはそれで驚異だけど、《word》を使用していないの
ならばもっと驚きよ」
「何もしなくて正解、だな」
加持がやれやれと首を振った。
カタコンベとの戦闘で既にネルフの戦闘要員はほぼゼロに近く、数で押す作戦も採れない。その上、シンジも席を外している。
大人しく引き下がってくれるのなら、それに越した事はあるまい。
今回の大規模戦闘での収穫はたった1つ、カタコンベの幹部と思われる捕虜の獲得のみ。逆に失ったものは多い。
ヤコブとユダは逃走が確認されている。ルネサンスから派遣された工作員はユダとの戦闘による死亡した1名を含み、全員の撤退が
司令部というネルフのど真ん中で行われた。結果的にカタコンベとルネサンスの攻撃を退けたことになるが、
戦闘要員である《user》の殆どを失い、アスカは重症、レイとトウジも暫くの入院が必要だ。
シンジと加持が合流しなければ、どうなっていたかは想像に難しくない。
勿論、両組織でそれなりの実力を持つであろう人員の《word》やその能力、《color》と《limit》を
把握出来たことも収穫といえば収穫だ。
しかし、それはネルフとしても同じことが言える。こちらの情報を把握されたのは、それぞれに逃がした人間がいる以上確実な
ことだ。ともかく、
「最悪。殆ど運じゃない……」
ミサトはうな垂れるしかない。
+++++++++++++++++
夢を見る。
見させるのは頭だ。
失ったものと、残ったものと、これから果たすべきこと。
夢を見る。
見させるのは心だ。
失ったものと、残ったものと、これから果たすべきこと。
夢を見る。
見させるのは腕だ。
無慈悲なる差と、霧散した誓いと、これから取り戻すべき傷。
夢を見る。
見させるのは脳だ。
無慈悲なる差と、果たしたことと、これから辿り着くべき名。
夢を見る。
見させるのは心だ。
無慈悲なる差と、芽生えた誓いと、これから辿り着くべき頂。
夢を見る。
死と、死と、死。
+++++++++++++++++
To Be Continued to Episode 18.
Next, a valley.
Kaworu will peel off the fang.
+++++++++++++++++
<後を書く>
グダッグダです、正直いって。でも、これ以上どうしようもない事実。
力量不足を痛感しつつ、そろそろ締めに入ります。
そろそろ下地は終わり。