さあ、準備はいいか?

 

 

 

 

 

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written by HIDEI

 

 

 

 

 

 千切れた。
 生まれて以来ずっとそこにあったものが、弾けて消えた。消えた部位に反して消えない痛み。あるのにない。ないのにある。 ないのに痛む。痛むのにない。存在しない筈の左腕が感覚され、電流が走るような痛みが断続的に続く――典型的な幻肢痛。 幻想肢が義手の奥底で疼き続ける。痛みが蛇行して肉を貪るようだ。
「――っ! くっぅ……あ」
 脂汗を伴った鋭痛にアスカの眠りが一気に醒めた。汗を滴らせながら左腕を押さえる。生身とは明らかに趣を異した感触は金属 のそれで、冷たさが火照る生身に染みた。
 上着の袖をまくりながら、左腕を月明かりにかざし見る。黒色と肌色の中間のような曖昧な色が月光に露わになった。
 ――XXX型義手が弐号基、タイプL。
 ネルフの、リツコの頭脳の全てを注いだ最高精度の義手。エヴァのノウハウを活用した人工筋肉と特殊装甲、疾走する擬似神経の 速度は生身の3倍。内臓されるデバイスはアスカの《水》を生かすことに特化し、空気中の水素と酸素を素早く収集して 水流を作り上げる助けとする。1度鋳造された水は運動エネルギー保持のため内部で回転流動。 武装としてもレイのガルガリンと似たような性質を持ち、強壮な武器・屈強な防具と化す。
 生身である頃より便利になったのは確かだが、喪失感と幻肢痛だけはいかんともしがたい。 緩和薬はリツコから受け取ってはいるが、根治など出来るはずもなく、やはり耐えるしかないのだ。
 コットンのタオルと赤色の錠剤を脇に置いたバックから取り出す。汗を拭い取り、水なしで薬を喉に流し込んだ。
「ふぅ……」
 眠れぬ夜になりそうだと自分の体を抱きしめた。

 

 僅かな青白い光だけが差す暗闇の中、瞳の焦点が虚空に結ばれる。感じる背後の気配の乱れと耳朶を叩くアスカの荒い呼吸に、 イヤでもシンジも目覚めた。
 義手や幻肢痛のことは既に聞き及んでいる。苦痛の程も呻きから伝わる。
 ――逡巡。
 振り向いて、起き上がって、何か言葉をかけるべきだろうか。 自分がすくぐそばに、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに何も出来ないというのか。 嗚呼、とただ目を伏せているだけなのか。
 強く、拳を握りこむ。
 長くとも一瞬ともとれる間のためらいを排して、身体の前後を毛布に包まったまま入れ替えた。汗に濡れる額と薄く開いたブルー の瞳を見据え、そして、手を伸ばし――停止する。
 アスカが自分の両腕で自分をかき抱いて丸まるように瞳を閉じていた。
 助けはいらないと拒むように。
 同じように1度目を伏せると、シンジは手を元の位置へと戻した。何も言うべきことはなかった。きっと、抱きしめるより、 手を握ってやるより、甘やかな言葉をかけるより、これが正しかった。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 ずばりトンネルだ。それ以外に形容の仕方などないほど完璧にトンネルだった。
 シンジとアスカの眼前にはロッキー山脈を貫く長大な洞穴の入り口と、そして、白いスーツの男。
 モードの眼前にはロッキー山脈を貫く長大な洞穴の入り口と、そして、黒髪の男と赤髪の女。
 2組は相対していた。同じ目的。違う所属。敵対組織。
「なんだろうな、この雰囲気はよ。ヤるしかねーって感じか、嬢ちゃん」
 渦巻く空気は常時のそれではない。気圧されるアスカはモードの言葉に応える事が出来ずにいる。一瞬で感覚してしまった。 眼前の相手は異次元だ、と。
 一方、シンジの思考は稲妻の速度をもって現状の打開を模索していた。目の前の白い猛りは明らかに自分より格上だ。そして、今なす べきことは指定されたものの奪取。ならば、採る手段は1つ。
「アスカ、逃げよう」
 小声でささやく。
 必要のない戦い、それも勝ち目の限りなく少ない戦いは避けるにこしたことはない。
「オレとしてはお前らのことは割りとどうでもいいっつーか、むしろイタイケなお子達をいたぶる趣味はねーんだわ。 だけどな、残念なことにお兄さーんは組織の犬なんだ、これが。犬は主人に忠実だから犬なわけだ。つまりな、」
 言いつつモードの身体が沈む。
「さよならだ」
 一瞬でシンジとアスカの重力が消えた。モードの接近に気づくと同時に宙に浮いていた、という表現が最適か。そんな状況だった。
 視認が出来るとか出来ないとか、そんなレベルの話では決してない。真実、分からない。見えていなかったという事実にすら、 思考が追いつかないのだ。
 だが、意識が飛んだわけではない。シンジは空中で体勢を入れ替えると、 抜刀せずに紫鬼しきの柄を掴み取り、そのまま勢いよく振り下ろした。 慣性に従って鞘が中空をミサイルのように疾走する。
 シンジの着地と鞘の先端がモードの身体に触れたのはほぼ同時。着地と同時にシンジは一気に距離を殺し、モードに肉薄した。 一方、鞘はモードの掌に触れると吸い込まれるようにかき消える。量子にまで分解されて空中に溶けてしまった。それを、 その恐怖を意識の外に追いやり、シンジが全力を持って刃を振るう。紫鬼の軌跡が弧を描き、同時に発動された《斬》の生む 赤いエネルギーが舞った。
 がぱり、と。
 地が割れ、そこからモードの視界をふさぐ様に水流が立ち昇る。地中を経由したその水流の源はアスカだ。義手から生み出した 水流を《水》で爆発的に加速させた。
 遮られた視界に、必殺の刃と、四方を囲む赤き刃――逃げ場はないと、そう思った。シンジも、アスカも、 当のモードでさえも、だ。
「ま、カンケーねーけどな」
 だが、関係なかった。どうであろうと、モードには関係などなかったのだ。
 それを証明するかのように、シンジは再び浮遊感を突然に強要された。右手に持っている紫鬼の先端はモードの足に踏みつけられ、 体だけが空中に浮かんでいる。その瞳に映るモードは直立不動。シンジが浮く前と浮いた後の違いは、足の下に紫鬼があるかないか だけだ。当然のように《斬》のエネルギーは全て避けられていた。
 想像を絶することすら許さないほどの、想像以上。絶することすら許可されない程の格差だ。
 重力と掴んだままの固定された紫鬼に引っ張られ、シンジの体が地に落ちる。大地と衝突しながら紫鬼を横滑りさせ、モードの足元から の脱出させると、バックステップし距離をとる。
 痛みは腹にある。つまり、自らを空中に打ち上げた一撃は腹へのものだ、と結論づけてモードを見やった。ノーモーションどころか、 影すら捉えられない。スピードが速いという次元を超越している。
「足りねーんだよなー、目がよ」
 自分の瞳を指差しながらモードが大仰に肩を竦めた。
「逃がしては、くれないんですよね?」
「おいおい、少年。ちーせー時に習わなかったか、意味のない質問をする人はバケツを持って廊下に行きなさいってな」
 明らかにモードの殺気が増した。今までの敵意のぬるさに比べ、その凄絶さは断崖絶壁を思わせる。準備運動は終わった、と 言わんばかりの示威行為だ。
 たった1睨み。それだけで、体が恐怖に悲鳴を上げた。
「さーて、そろそろ三途行っとこうか」
 グッとモードの腰が沈んだ。
 シンジは隣に視線を向ける。殺気に当てられ、アスカの膝は大いに笑っていた。立つ事すらままならない。
 1度目を閉じると、眉をひそめ、直後に片腕でアスカの体を後ろに押しやった。前に出るな、という意思表示。
 そのシンジの行為にアスカの美貌が歪み、烈火のごとき怒りが平坦な声に現れた。
「どういう意味よ、これは。この腕はどんな意味よ。どういうつもりよ、この腕は」
 アスカの目が極限まで見開かれる。
「アスカじゃムリだ、ここは僕に任せてアハハ――なんて言ったら、バラすわよ」
「違う」
 即座の否定。
「彼の存在感が強すぎて感覚がヘタってるんだ。もう1人、いる――」
 太陽の傍の宇宙のチリには誰も気づかない。ライオンの足元のアリには誰も気づかない。
 アスカは意識を拡大させ、《word》を唱えた。極々薄い霧を体から噴出させて四方に拡散・展開。微弱な霧の乱れと水分の粗密を 感じ取り探査を行う、さしずめミストレーダーだ。前方、約20メートル先、トンネルの内部に確かに水分を散らす熱源の存在を感知する。 シンジの言うとおり、確かにもう1人いた。
「いるわね、ホントに。でも、関係ない一般人じゃないの?」
 2人の視線が僅かにトンネルの奥に向く。
「あ、バレた?」
 その視線の先に何があるかを理解し、モードのそんなことはどうでもいいと言わんばかりの、場違いな声が響く。
「どうやら、そうそう運は良くないみたいだ。アスカはそっちを。僕は、どうにか出来るとは思わないけど……彼を。機を見て車で 何とか逃げよう。もしものときは、」
「単独でも逃げて、任務を果たしてすぐに帰還」
 頷きあい互いに反対方向に体を向けて背を合わせる。

 

 左右に1度ずつ首をコキリと鳴らすと、アスカはその一点目掛けてすぐさま走りこんだ。
 空気を割り裂きながら左腕の義手に力を収束させた。会敵の瞬間に勝負を決める心積もりだ。それは居合いの心構えにも似た必勝の 形でもある。アスカの左手から放たれる一撃もまさに居合いというに相応しくもあった。
 トンネル内部の突き出た岩の、その影。
「はあああ!」
 その影ごと、岩ごと、アスカの左手が振るわれると同時、真っ二つに寸断された。信じられないほど美しい切断面は、もしも岩に 意思があったとしても、岩は切られたことに気づかないだろう鮮やかさ。 世界からそこだけを丸ごとくり抜いたような、そんな一撃だ。
 返す刀で自らの後方に向けて再び左手を振るう。生物を切った感触が皆無だったことと、後方の存在感がそうさせた。
 ぐちゅりと今度こそ肉と皮を断った感触、次いでごりりと骨を割った感触、最後に生暖かな血の感触を顔全体で感じ取る。 血に塗れたアスカの瞳には、金髪青眼の少女の片腕が舞い踊る様が映った。
「子供!?」
 言って自分だって、それほど大人でないことに気づく。そもそも優秀さに年などとういう判断材料を加えるのは愚行だ。
「あはっ」
 声に出して笑った。血が噴出する片腕を拾い上げながら、本当に楽しそうに。 まるでそれは幼子が母に褒められた時のような、純粋すぎて 残酷な笑顔。その表情を見て、アスカの背に怖気が走る。片腕を落とされて笑っている人間がまともな筈はない。 再び《水》の力を義手に放つ。
「にゃははははは!スンゲーかっこいいね、その……えっと、チョップスティックを持つのは右と左のどっちの手?」
「み…みぎ」
 気勢が削がれた。本当にこれではまるで子供だ。いや、実際子供なのだが。
「残念っ!ハリルは左利きなのでした!罰ゲームとして今日1日ヘソのゴマとり指令」
 やりにくい、とアスカは後ずさった。
「うへへ、どったん? あ、ちょっと、それ以上後ろ下がると――」
 アスカの足裏にぐちゃりと何か柔らかいものを踏んだ感触。
「眼球踏んじゃうよって、もうグチャといっちゃった。あーあ、勿体無い」
 眼球だった。右手から水をチョロチョロと放出し、無言で靴を洗い流す。
 やはり、眼前の子供はおかしい。その態度、口調、雰囲気、何よりも、 そう、何よりも――先ほど切り離した腕が元通りになっていることが、あまりにも おかし過ぎた。かいつまんで言うと、狂っている。子供故の純粋さと残酷さがそのまま凝固したような禍。
「勿体無いお化けが出そうだから、目、ちょうだい」
 目に指が食い込んだ。挙動すら感覚出来ないうちに、上目蓋と眼球の間に滑り込むように、ハリルの指が差し込まれた。 驚きとともにすぐさま左手を瞬動させ、手首から寸断する。皮、肉、骨ときてカッティングがなっても、ハリルの笑顔は崩れない。
「ほんとにスンゲーかっこいいね――」
 右手の切断面から血を滴らせながら、口が細く開く。
 その時、アスカは爬虫類を見た。亀裂が走ったような笑みだけでなく、存在が人から逸した爬虫類のよう。
「――その、水鉄砲」
 スッとアスカの目が細まる。見えたのか、と。
「アンタ、何?」
 何ものか、ではなく何か、と問う。得体の知れないものに恐怖する、本能に根ざした純粋な疑問。
「とっても素敵なファンシー生物、ハリル=ロンちゃん」
 言いながら切断された手を拾い上げ、断面にこすり付けるようにくっつける。それだけで、ぴたりと元通りになってしまう。
 細めた目をアスカはさらに細める。意識は線に、線から束に、束から帯に、帯から面に、面から囲いに、囲いから領域に。 左手を掲げ上げ、その義手の持つ力を解放する。十中八九、ハリルには『それ』が見えている――ならば、隠す必要もない。
 掌の真下、手首の極微小な穴。そこから打ち出されるのは、視認不可能な必殺の刃。

 物質を断裂する力――せん断応力は作用する力割ることの作用面積。即ち、せん断応力=力÷面積。 作用する力が大きければ応力は大きく、作用する面積が小さければ応力は大きく。
 つまり、巨大な切断力を得るためには、小さな範囲に大きな力をかければよい。
 そのための、超微小な発射口――作用する面積を最小に。そのための、超高圧噴射装置――超高圧が超高速を生み出し、 超高速が作用する力を最高に。 それこそ、目に見えぬほどに細い水流を超高圧・超高速で噴射させるウォータジェットだ。
 リツコはアスカの義手に、たったそれだけのサイズに、600メガパスカル以上の圧力を生む圧力ポンプを内蔵した。地上の人間の 生活圏における気圧――約0.1メガパスカルの6千倍。地球の底の底、マリアナ海溝の水圧より更に大きい。 ひねり出されるスピードはマッハ3オーヴァの音速超過。正真正銘の必殺兵装だ。

 ――それが、ハリルには見えている。
 加持の《Eye》を思いこさせるが、切れた腕の接着もしている。身体能力強化系とも治癒系の《word》ともつかない。 やはり全貌が見えず不気味だ。見えないものを見るためには、近づくしかない。
 どっちにしろ、
「脳と心臓ぶった切れば、死ぬんでしょ」
 不適に笑い踏み込んだ。トンネルの湿った空気が一気に裂ける。

 

 

 

 

Episode 22 : 接敵リンギング

 

 

 

 

 家々の間を縫うように道が走り、その道は小高い丘へと集結する。そこに屹立するのは、奇妙なオブジェにも似た銀色の建物だ。 ドーム型の建造物の周囲に、薄布が渦を巻くように、金属板が捻じ曲がって配列されている。 グレート・ソルト・レイクからの塩気を孕んだ風と相まって、波間に埋もれた都市を思わせた。それを睨め付けるシルムの金髪が 風にはためく。
 シンジたちネルフチームとの邂逅を機に、任務の分割が行われた。
 ハリルとモードがシンジ達を足止めもしくは排除し、シルムは1人で《スラム=トスカニャーフ》へと侵入する。 そう、シルム1人なら、自分だけならトスカニャーフに施された《word》的広域防護壁の突破は可能なのだ。 侵入し、《word》的広域防護壁を無力化。その上でUターンしてモードとハリルを伴って再びトスカニャーフへとワープし、 任務を遂行する。
 シルムとしては全て1人でやってしまいたいが、リーダーであるモードの指示は絶対だ。
「光……あの建物自体が《color》を」
 捻れあがった銀がぼんやりと蛍火のように金色の光を放っていた。
増幅ブースト拡大スプレッドです か。いやはや、こちらの建物を作ればあちらの建物を作り、あちらの建物を作ればこちらの建物を作り――ミスタ・イビルの熱心な 仕事ぶりも困ったものですね……」
 建物自体が《word》的な力を持っているが故の発光現象。防護壁を作り出す防御系《word》の出力を増幅、または《limit》を 拡大している。その製作者を心無くなじりながら、おそらく建物内には防御に特化した《user》が最低1人、最高で10人はいる筈だと あたりをつける。
「10人いるとなると確かに私1人はつらいですか」
 元々シルムは戦闘においては補助的な役割が色濃い。やれと言われればやるが、なるべく戦闘は避けたい所だ。

 

 既に広域防護壁の内部に侵入しているため、移動は《Warp》で瞬間的に行われる。空中にポッカリ開いた黒い穴をくぐり、ドーム 内へと侵入した。内部は角ばった柱が針葉樹林タイガのように林立し、視界を 遮っている。それら柱に護られるように中央部に主柱とでも言うべき円柱が存在し、その柱にのみ入り口とおぼしきドアが存在して いた。
 ドーム内のクリーム色の床に降り立ち、シルムは眉をひそめる。
 肌がベトつくような空気の感触、鼻につく血の臭い、唇を舐めると鉄の味。
「死体が1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ……10」
 黒穴を周囲に生み出し、ドーム内のあちことへと繋げくまなく視界に収める。黒穴は移動だけでなく、こうして距離や 遮蔽物を無にする覗き窓としても機能するのだ。
 全ての黒穴を閉じると、中央主柱に向けて歩き出す。ぴりぴりと肌を裂くような緊張を感覚しながら、いるな、と 耳と肌をそばだてた。
 そして、意識するまでもなく耳に届く自分以外の足音。一定のリズムをもって床を叩きながら、徐々に音が近づき、ついには 足音は眼前へと姿を晒す。
「なるほど、考えてみれば、そうですね、ええ」
「お前は……ルネサンスの」
 白き光沢の仮面を纏いしカタコンベ12使徒が1――ユダだった。
「私が自分自身のみなら広域防護壁を問題としないように、あなたも同様に自分だけならば問題ない、と」
「――はっ! 随分と笑わせてくれるな。あまり、一緒にするな」
 視線が交錯し、互いの制空圏が触れた。
「あなたも、防護壁を解きにきたのですね」
「一緒にするなと言っている。解きに、だと? 俺には必要ない」
 ついにユダの殺気が弾け飛んだ。豪風のごとき殺気の奔流とともにユダの《color》が周囲を染め上げる。放たれる閃光こそ は7つの色彩――最上位rainbow。
「俺1人しか防護壁を越えられぬのではなく、俺1人で十分だというだけだ。単に《本質》の正確な場所を探ったついでに寄っただけで、 自分と同じだと思わぬことだな――結線のロンよ」
「それはそれは、失礼を――裏切りの愚者よ」
 緊迫感が増す。ユダの虹色の《color》は壊れた蛇口のように光り続け、一方のシルムの体からもうっすらと銀の《color》が 立ち昇り始めた。
「1つ、訊いても宜しいですか?」
 問いに対して頷きでユダは肯定する。
「ガリュは、ガリュ=ロンはきれいに殺して頂けたのでしょうか?」
「ガリュ=ロン――ああ、ナイフ使いのあいつか。殺したさ。きれいに、な」
 にたり、とシルムが微笑む。天を仰ぎ見、瞳を閉じると十字を切った。
「その言葉が聴きたかった。あなたを――」
 シルムの厚き鎧のごとき筋肉が硬度を高める。
「――殺してしまう前に」
 疾駆。筋肉が生み出す加速の爆発が、シルムとユダの距離をゼロに帰す。瞬間、シルムの拳とユダの肘が衝突した。
「笑わせるな、運び屋が」
 距離をとる。シルムの右拳の5指の内、3指がユダの肘の餌食となっていた。
「見せて上げましょう。《Gate》と《Warp》の、その根本的な違いを」
 沸騰した水が水蒸気に姿を変質させるように、シルムのsilverの《color》が一気に立ち昇る。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 シンジは眼前の怪物に対し、紫鬼を向けた。その切っ先からは闘気とも殺気ともとれる、青白い何かが漏れ出るようだ。視線は 真っ直ぐにモードに向けられ、無数の《斬》による赤い刃の照準も同様にモードに向かっている。
「少年よ、いきり立つのはいーんだけどな、状況わかってっか?」
 切っ先を逆転させると刃の中ほどを腰に当て留める。鞘はないが居合いに近い型をとった。より速く動く相手へと剣撃を後の先で 放つための構えだ。
「大体な、ぶっちゃけ、少年だけなら逃げる気すりゃ逃げられるだろうがよ。なんでだ」
 そうして、《斬》による刃状のエネルギーを紫鬼に貼り付ける。カヲルの胴を断った必殺の一撃――千紫万紅を放つ気勢だった。
「あれか、嬢ちゃんがいるから、だから、1人じゃ逃げられないってか?」
「何か問題がありますか?」
 モードが笑った。
「あるかよ。女の為に――男として最高いっとーの理由だ」
 沈めていた腰を更に沈める。捻りこまれたモードの筋肉が唸りを上げ始めた。ぶつかりあう殺気が周囲を歪ませるように、 空気中から『生』という概念を根こそぎ刈り取るようでもあった。
「はっ! 御機嫌だな、青年」
 言葉と同時、モードの姿がシンジに接近した。接近を感覚した刹那、シンジは紫鬼を全速で振るう。 エネルギーの残滓が宙を花びらのように散った。
 空間を割り裂くような、触れれば熱エネルギーと運動エネルギーが爆発的威力を持って、全てを無に帰す極限技。
 しかし、
「おせーよ」
 耳に届いた囁きとともに紫鬼は空を切り、シンジの体は空中へと舞い上がった。
 次いで、モードの左拳が1発、2発、3発、4発、そして
「ぐっぁ! がっ! っ!」
 蹴りが3発入り、シンジは空中に釘付けにされる。目も覚めるような連撃だった。
「御機嫌ついでに1つ教えてやるよ。青年、てめーは速い動きに慣れすぎなんだ」
 地面と口付けしながらモードの声を聴く。そして、今まで脳内に蓄積されていた事実が雷光の速度で組み合わされ、シンジは その言葉の意味を理解した。

 加持がネルフ内で戦ったミリル=ロンの透過歩法は、最高速と最低速を瞬時に切り替え、人体の眼球構造上さけられぬ死角を突くことで 姿を消失させていた。モードの体術はそれに限りなく近く、なおかつ精度が格段に高い。
 シンジは常にモードの動き自体は、『接近動作』自体は見えていた。見えていないのは『攻撃動作』だ。接近動作のスピードは、 シンジの体に刻まれているシヴァのスピードにも、カヲルのスピードにも遠く及ばない。だが、攻撃のみに限って言えばシヴァよりも、 カヲルよりも、誰よりも速い。普段10のスピードで動いているとすると、15のスピードで攻撃をするのがシヴァやカヲル。 対してモードは通常時が5、攻撃時が20だ。当然、攻撃のスピードをより速く感じるのは後者となる。
 つまり、モードは通常の動作速度と攻撃時の動作速度が極端に違う。それ故に、消えたと錯覚する。
 加えて、モードの攻撃は初速と終速の差がゼロに等しい。受け手であるシンジの感覚としては、攻撃し始めた瞬間には攻撃が終了して いる。

 起き上がり再び紫鬼を、今度は正眼に構える。後の先では意味がないのだ。 攻撃での加速前に、先の先の先の先をとらなくてはならない。だからこそオーソドックス・シンプルな型をとった。
 《斬》の刃状のエネルギーはモードの周囲に隙間なく展開する。 紫鬼に貼り付けての千紫万紅は隙が大きく、そもそも時間が足りない。貼り付けるエネルギーの量に比例して威力が上がるが、 当然時間もそれに比例する。今、時間はかけられない。5→20を更に具体化、0→5→20とした時の0→5の『→』の時にこそ 逃げ場なく攻撃をぶち込む。
 五感を一気に先鋭化。一挙手一投足を瞳でなく空気で感覚し、モードが動き始めたと同時に自らも行動を開始し、なおかつ モードが1歩目を踏み出すよりも先に攻撃を終えなくてはならない。
「いー目だ」
 言葉と同時にシンジの狙いを理解しながら、それでもモードが踏み込んだ。
 モードの周囲の空気が振れ、それに連動して紫鬼の切っ先が翻る。
 モードの白い靴のつま先が地に触れ、それに連動して紫鬼の切っ先が白のスーツに食い込む。
 周囲を覆う赤い刃は流星群のように注いだ。


 ――それでも、シンジの体は宙に舞った。

 

 

 

 

 

+++++++++++++++++

 

 

To Be Continued to Episode 23.

Next, duel of slightly different connecters intensify.
And, Asuka shouts.

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 

 

 


<後を書く>
遅れてゴメン。次はなるべく速めに上げる。
多分、次で今回始まった戦闘全部終わると思うけど、どうだろうね。
後、敢えてカールズバット大洞窟を使わないのは忘れてたわけじゃないよ?違うよ?

21話の後書きで言ってたやつはIndexページの下部の『MEMO』に。


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