け。

 

 

 

 

 

[ // ]

written by HIDEI

 

 

 

 

 

 シンジの瞳の焦点がぶれる。胴への一撃にも関わらず脳が激しく揺すられ意識が一気に遠のいた。胴骨の砕けた感触と内臓がいくつか 持っていかれた感覚、そして何よりもグシャリと蛙を踏みつけたような肉の圧搾音。破裂、だ。モードの左拳が生む破壊力で シンジの脇腹の皮も肉も破裂した。
 重力のなすがままに地面へと吸い込まれ、シンジの体がボールのように弾む。気絶5歩、いや2歩手前だ。
 かすむ視界に昂然としたモードの立ち姿を収めながら後退する。過負荷に心臓と脳みそが一緒くたになって飛び出そうだった。
「おーおー、死なねーか。頑丈だな」
 満身創痍の自分とうって変わって、モードは一欠けらも体力を消費していない。無論、 負傷もなければ過負荷など起こりよう筈がない。レベルが違う――否、食物連鎖の階層が違う。対等な勝負を望むことすら叶わず、 そこにあるのはただの捕食者と被捕食者の関係だ。
 モードの見えない攻撃。普段10のスピードで動いているとすると15のスピードで攻撃をするシヴァやカヲルに対し、 モードは通常時が5で攻撃時が20。0→5→20の急激な速度変化で消えた、と錯覚させる。
 故に動き出す前に――0→5の『→』の時にこそ逃げ場なく攻撃をぶち込まんとするシンジの策は、見えないのなら見えなくなる前に という方針は、確かに正しい。

 本当に0→5ならば、だ。

 あの一瞬、シンジの攻撃がモードのスーツに触れると同時。シンジがモードの先の先の先に一撃を叩き込み終えるより更に速く。 先の先の先の先の先の先の先の先にモードの拳がシンジを撃った。シンジの攻撃が当たり始める瞬間から攻撃を放ち始め、 シンジが攻撃を終えるより早く攻撃を終える。
 0→5ではない。本来のモードの姿は、
 ――おそらく0→15。
 ぼやけた脳でシンジは痛みを反芻した。
 シンジの肌と痛みが感覚した値は15。カヲルやシヴァの攻撃とほぼ同速。すなわち、弾丸のごとき速さだ。
「一瞬の空白ってのはな、オレらの世界じゃ永遠って言うんだよ、青年」
 再びモードの体が沈む。大地が凹み、腰の位置が落ち、左拳は極端に低く。
 ――0。
 空気が分断される。空間が自ら跪き道を開けるように暴威が発射された。
 最早、シンジにはこの一撃に対して防御するしか手段は残されていない。歯を食いしばるしかないのだ。
 瞬間、全てを嘲笑い、ギアが、膨張した。
 シンジの瞳が驚きに見開かれた。それは、かつてシンジが1度たりとも触れたことのない極大にして極上の唸り。
 ――40。
 そして、シンジの体が血に染まる。
 ――80。
 圧搾音。
 破裂音。
 断裂音。
 破壊音のオーケストラ。


 0→40→80。4、が群れをなす。
 人の終わりの速さ。人の極値であり極地、そして何よりも極致。人の最後の頂。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 腕を最速で振るう。眼前の岩壁が空気とともに寸断され、僅かな水滴が舞った。
 アスカの義手から放たれるウォータジェットの刃が空を、空だけを切り刻む。ことごとくをハリルは大げさな動きで 避け、楽しそうに笑い声を上げた。その理由は最早明確だ。
 回避行動に限らず、人間は、全ての生物は一瞬々々において認知・判断・行動のサイクルを繰り返す。 回避においては五感で相手の攻撃を認知し、認知により脳にインプットされた情報に基づいてどの方向・どの速さ・どの体勢で避けるか の判断を下し、判断からくる体に何をさせるべきかの情報を脳から体に伝達し回避行動を起こす。
 ならば、だ。ならば、回避速度を上げるために要求されることは何か。
 高めるべきは身体能力。
 五感インプットがどれだけ鋭敏で 大量か、情報伝達インパルスがどれだけ大量で素早いか、筋肉が骨が体がどれだけ 素早く正確に動くか――ただそれだけだ。

 故に明確。

 化け物だった。それが1番相応しい形容であると誰もが思うに違いない。
 5つ。
 3つ。
 6つ。
 10個。
 ハリルの現在の
 瞳の数、
 鼻の数、
 耳の数、
 後頭部のコブの数だった。

 ぎょろりと5つの瞳が蠢き通常有り得ない量の視覚情報を得、ひくつく3つの鼻がアスカの香りの濃度や汗の匂いを感じ取り、 その情報を補助・強化する。震える6つの耳はアスカの衣擦れの音・足が地面を削る音・骨の駆動音などを聞き分け、更に アスカの動きを明確化させた。最早アスカの一挙手一投足は完全にハリルのものだ。
 インプットされた瀑布のごとき情報は常人の持つ何倍も確保された経路によって脳へと集い、10個のサブ脳 とハリル自身の脳をもって高速で判断され、再び膨大な神経によって起こすべきアクションを肉体へと指示する。
 結果、最適・最速・最効率で肉体が駆動。アスカの義手の振るわれるタイミング・角度・スピード・方向を息を吸うが如く 感覚。音速超過の水の刃が発射される前に回避行動は既に完了する。
 アスカがどれだけタイミングやスピードに変化をつけてフェイントをかけようと、水鉄砲や蹴りなどでかく乱しようと 全くの無駄だった。ハリルの回避行動は蓄積された戦闘経験や野生じみた勘によるものではなく、 一瞬々々のアスカの行動を細大漏らさず見極めた末の動きだ。そこには予測や推量は存在し得ない。
 人の眼のセンサとしての情報受信能力はおよそ100Mbpsほどで、一方の脳の処理能力は100bpsほどだ。100000000と100――その差は 実に100万倍。瞳が得る情報量に脳の処理が追いつけないのは明らかな事実。 それは通常、感覚器レベルで情報処理が行われて、必要な高次情報だけが脳に送られることで埋められる。
 しかし、もしも、だ。もしも、その処理能力の差が完全に埋まり、高次情報だけに止まらず全ての情報を得たならば――その解答こそ がハリルだった。

 故に明確。

 額に浮かぶ汗を飛び散らせながら赤髪が舞う。アスカの意思はただ一点に向かっていた――『脳と心臓ぶった切れば、死ぬんでしょ』と 自らの言葉通りに。ウォータジェット発射前に既に回避が決定づけられているのは確かだが、マウントポジションをとるなり距離を 殺して射出すればそれも関係あるまい。 マッハ3のウォータジェットの刃をゼロ距離射出して避けられる生物はヒト科には存在しない筈だ。
 問題はどう距離を殺すか。
 出す攻撃、出すフェイク、出す技術の全てを初見でその場で見極められる。
 ――二択、か。
 赤髪を撒き散らすように跳ね飛びながらうそぶく。
 ハリルの回避を突破するには即ち、彼女の顔面を彩るセンサの測定限界を 越える必要がある。限りなく不可能に近いが。もしくは、彼女のセンサが誤作動かオーバーフローを起こすことを期待することも出来る。 だが、こちらは前者より受動的で、更に不可能だ。
 しかも、現状、彼女はカウンターを返すに止まっているが、いつ攻撃に転じるかは分からない。むしろ、アスカにとっては彼女が攻撃に 転じた方が好都合だ。相手から接近して来てくるというのだから、願ったり叶ったりである。だからこそ彼女は受動的でアスカの 散発的な直接打撃にカウンターを返していくだけだろう。アスカの体力だけが削られていくだけ、という図式。
 つまり、実質、一択。ただ、越えろ。ハリルの限界は見えない。アスカの限界は近い。

 ――本当は二択でも、実質一択でもなかった。

 義手を軽く掲げ上げ、手の甲を唇に近づける。

 ――本当は三択。『限界を超える』。『相手のミスに期待する』。そして、

「……行くわよ、弐号基」
 噴射した。
 たまっていた水分が手の甲から排出され、白煙となってトンネルの湿度へと姿を換えた。
 そして、姿を変える。内側から発芽するように飛び出るそれは、鱗だ。まるで盾のごとき鱗が義手全体を取り巻き更なる硬度を 誇る装甲をなした。脈動する人工筋肉と疾走する擬似神経は、膨張した装甲に合わせるように肥大化する。
 一瞬でXXX型義手弐号基TYPE-Lは一回り大きくなり、凶悪な魔獣のごとき腕へと変容した。
 決戦仕様、だ。エヴァ弐号機そのもの・・・・・・・・・・とも言えるTYPE-Lに シンクロした。後はない。自分の腕とシンクロする――シンクロする以前に当然その同調率は100パーセント。それに更に シンクロする。過剰シンクロが招く結末をアスカが知らないわけでもない。
「ふん……本当に、リツコもロクな機能つけないんだから」
 それでも、抗う力が残されていることに感謝した。例え、この先に死が待っていても、だ。
「2度と、――限界じぶんに負けるわけにはいかない」
 だから、

 ――『1人で逃げる』わけにはいかない。

 

 

 

 

Episode 23 : A ceilingS

 

 

 

 

 強いてカテゴライズするならば、シルム=ロンの戦闘スタイルはミサトと交戦して 敗れた《Gate》の《user》――ブル=ロンと似ていた。主な攻撃手段は肉体を用いた直接打撃で、補助として《Warp》の力を用いる。 厚手の鎧にも似たシルムの筋肉はそれだけで有効な攻防手段だ。
 一方、ユダの戦闘スタイルはトウジと相対した時と同じく、《Gate》の扉を活用して相手のスピードを殺しながらひたすら受けに 徹する。このスタイルは扉の発生するタイミングが相手の動きよりも速い必要があるが、 ユダの《word》展開速度は最早常軌を逸していた。脳内で扉をイメージしたのとほぼ同時であり、呼吸よりも自然で、反射よりも自動で、 行動というより現象だ。 今のユダにとっての《word》は心臓筋や血管壁の運動と同様に不随意運動に近く、イメージから発生までのプロセスが あらかじめプログラムされ、完全にオート化されているといってもよい。
 かつてサクノ=ナギサが評したように、まさに人類最速の《word》展開速度だ。

 シルムの拳が空中の黒穴に吸い込まれ、踏み込んだ踵は足元の黒穴に飛び込む。宙を割るように、拳と踵がユダの頭上と背後から 現れた。同時に、流れる風を肌で捉え、視線を固定したままユダの力が正確なポジションに紡がれ、 シルムの拳・踵と彼の体の中間に立ち塞がる。
 出現する黒扉の絢爛豪華、精巧無比さは崇高な芸術品と相違ない。
 先ほどから繰り返されるルーチンワークだ。ほぼ同じ能力故に、後出しの方が有利なのは当然といえる。
「どうした、運び屋。根本的な違いを見せて下さるんじゃなかったのか」
 嘲りとともにユダの体が翻り、巨大な扉を眼前に展開する。
「さあ、どうですかね」
 同様にシルムが体を翻し、微細な黒穴を展開する。
 ユダの扉から唸りを上げて巨岩が弾け出、シルムの黒穴を拡張しながらマグマが跳ね出る。
 マントルからそのまま引き込んだマグマは床に一気にぶちまけられ、床材を溶かしながら一気に室温を上昇させた。一方、 事前に別の扉を通して高高度から落下させ、加速を高めた巨岩は、勢いのまま一直線にシルムに向かった。
「これが、違い」
 言いながらシルムは目の前に黒穴を展開させ、遥か遠方の海上に巨岩を投げ出す。
「形、か」
 足元のマグマを避けるようにジャンプし、柱に全力で蹴り込む。つま先がめり込みユダの体が柱側面に固定された。
「そう、《Gate》には扉という明確な形があって初めて繋げるという行為がなされる」
「《Warp》には確固たる形が存在せず、穴の大きさは展開時に固定化されることはない、か」
 《Gate》は扉のサイズ=扉を通れる最大サイズとなる。《Warp》は『扉』という決まった形が存在せず、サイズも形状も全てが 自在。ワープする物体の桎梏かせには決して成り得ない、 完全なる移送を実現する。
「『移動』という概念のみを見た場合、どちらが優れたアビリティかは一目瞭然ではないですか?」
 肩を竦めるシルムの背後には10数個の黒穴。周囲には円柱のようにシルムをすっぽりと覆う黒いベール。 穴はじわりじわりと大きさを広げながらその奥の猛りを解放せんとし、ベールはマグマを体に触れる前に別の場所へとワープさせる。
 にじり、と。
 白い仮面の奥でユダが笑う。それは嘲りでもなく余裕でもなく、痙攣のような笑み。
「言いたいことはそれだけか?」
 めり込んでいない方の足で柱を強く蹴り、空中に飛び出す。
「形を持つからこそ、こんなことが出来る」
 五指を開き下へと向け、《word》の照準を下方へと収束させた。
 群。
 黒い扉の群れ。扉を床と水平に数100枚以上マグマの上に同時展開し足場となした。 一気にマグマの赤が扉の黒に塗り替わる。
「無駄なことを」
 シルムを覆う黒いベールは全てを彼方に吹き飛ばす絶対の防御だ。たとえ足場をなして肉弾戦を仕掛けられようと、足元から 巨岩やマグマが飛び出ようと無駄なことでしかない、と。そう思っていた。

 ――ユダ以外は。

 変化は突然。それをシルムが自覚したときには既に遅かった。目、鼻、口、耳――あらゆる穴から噴水のごとく血が噴き出す。 ぶるりと1度身悶えし、黒のベールが掻き消えると同時、シルムの膝が崩れた。
「…ガ、ス…で……?」
 ぱくぱくと紅に濡れたシルムの唇が動く。
 ガスだった。
 無臭・無色の致死性の高い天然ガスを引き込んだ。シルムは息をしていた。つまり、空気をフィルタリングしていない。 ワープさせるモノを《word》が敵性・悪性を察知し、自動に判断するのならば無駄だ。 だが、所詮『運び』にしか《word》を用いてこなかったシルムにそんな想像力があるとはユダには思えなかった。
 巨岩、マグマ、大河、ガス、武器、空、地下、海中――常に把握し、常に戦況適応し、常に戦術を思い描くユダは運び屋では 有り得ない。ユダは空間結合を手足とする戦闘屋。シルムは空間結合で完結している。 皮肉にも、やはりシルムは運び屋でしかなかったのだ。

 扉の上を歩きながら近づくユダの視線は慈愛にも近い。
「滑稽だ。そして愚かだな。運び屋は出張るべきじゃないんだ、こちら側には」
「は、はは……なら、ば、これが、わた、しの………な、」
 空間を削り取るように宙を黒穴が穿つ。一瞬の貫き。
 同じ空間の貫きを施す者同士、ユダにはこの黒穴がどこに繋がっているかが、明確に肌で感覚できた。
 ――トスカニャーフの外。それどころか北米大陸の外だ。
 トスカニャーフを覆う《word》的広域防護壁は最早意味をなしていない。基となる《user》10人はユダが亡き者とし、 その増幅・拡散を行っている建築物はシルムの放ったマグマで半壊している。

 黒穴から、人影が躍り出た。
 一瞬で影が肉迫し、風が爆発するような音とともに拳が接近する。それは発射、と呼ぶに相応しい殺意の塊だ。
 その、かつて目にしたことのない一撃に対し、ユダは定石通りに眼前に超速で黒扉を展開する。人類最速の《word》展開が 織り成す最高速の防御。
 が、
 唸る。殺意が、力が、威力が、唸りを上げる。積み上げられた砂粒を蹴り散らすように、並べ尽くした小石を撒き散らすように、 塗り分けられた地図を隙間なく黒塗りにするように、広げ尽くした輪を細切れにするように、育て上げられた大木を なぎ倒すように、構築を積立を努力を日々を、全てを強引に終結させる理不尽。

 その理不尽の名――暴力。

 圧倒なる暴力。
 暴力という名の具現。
 具現という概念の暴走。
 暴走という概念の具象。
 具象という名の暴虐。
 暴虐なる圧倒。
 力、だ。
 努力も、運も、才能も、何もかもを吹き飛ばす研ぎ澄まされた一陣。
 空気が爆ぜ、風が弾け、殺気が速度となり、速度が威力を謳う。殺意の颶風をまとったその拳は光のごとく直進し、 距離すら威力で吹き飛ばす。認識と同時、いや、認識するよりも更に前にゼロ距離に拳があるかのような錯覚。
 それは、魂を刈り取る死神の鎌にも似て、
「なっ――」
 人類最速の《word》展開を唾棄し、殺意がユダの背と腹を繋いだ。
「ば、か、…な」
 自らの胴を貫通する腕を視界に収めながら、口から血流を迸らせる。
 明滅するユダの視界には人では有り得ない人。
 長い手足が飛び出た痩躯。茶褐色の肌。緑色の体毛。すみれ色の両眼。
 完成された1にして∞――ホムンクルス。生物の最後の頂。

 最速を凌駕する、最終の姿だった。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 右腕を丸ごとられた。ついでに抉られた脇腹の影響で片肺が潰れ、 激しさを増す呼吸は掠れている。血が全く足りておらず、視界が影絵のように揺れた。
 シンジの胸に去来するのは死への恐怖。
 人はどれだけ強くなり、どれだけ打ち克とうと、本能に逆らうことなど出来ない。 それどころか、成長し、自らが強靭になるほど人の死への恐怖は強くなる。失うことが怖い。終わってしまうことが怖い。 成長とは、拡大とは、日々とは、その両腕に抱えるものを増やしていく行為に等しく、その両腕からこぼれたものを 振り返る行為に等しい。故に、失わせたくないものは増え、こぼしたものは増え、未来と過去と今が死を拒絶する。
 死への恐怖はあってしかるべきだ。
 『死への恐怖を克服した』などという人間は愚か者か聖人でしかなく、博物館にでも収まってしまえばいい。
 死への恐怖があるからこそ生き足掻き、命に執着し、生を掴もうともがくのだ。

 脳内で戦術を模索しながら、体を起こそうとするが巧くいかない。イメージした筈のシミュレーションが思考から霧のように消えた。 そして、すぐにドサリと意思に反して膝が崩れる。
「おめー、もしや、シナナイ族出身か。そうでないなら、極マゾの変態か」
 笑みを浮かべながらモードが近づく。
 朦朧とする聴覚に響くその声は楽しげだ。そう、モードにとってはやはり遊戯でしかない。
 意識の灯が徐々に弱くなる。鋼の意志で脳の奥から下される気絶命令を拒否。
 ――拒否。拒否。拒否。拒否。拒否。拒否。拒否。拒否。拒否。
「……ったく、後味の悪い。本当ならかっこつけて見逃してやりてーんだけどな」
 ――拒否。拒否。拒否。拒否。拒否。拒否。
「どうやら、青年は心臓止めなきゃ停まらないタイプとみた」
「…た、だ、いたみ、に、なれ……て、る、だけ…です、よ……」
 ――拒否。拒否。拒否。
 泡のように意思が消える。象に挑んだ蟻の気分はこんなものなのだろうか。そんな思考も2秒後には消え去り、意味をなさない。
 左手を胸の下に滑り込ませ、強引に上半身を持ち上げようとする。亀裂の入っていた胸骨がその反動で折れ、無事な方の肺に 刺さった。呼吸が掠れ、痛みとともに全てが薄れいく。
 体重が一気に減った。後でミサトにでも薦めよう、と思考が浮かび、弾ける。
「だか…ら、いか、な、きゃ」
 ついには左腕の力だけで上半身を起こす。胸からは骨と皮と肉と内臓がこぼれ、脇腹は空で、右腕には千切れかかった皮と 引き潰されたような肉。体がゆっくりと動くたびに、肉が落ち、皮が離れ、血が滴る。1ミリ動かすたびに、必要なものがその1000倍は 大地にキスしていく。
 ――拒否。拒否。
 《word》を唱えんと意識を発するが、折れたマッチに火がつかないのと同様、そこには何も生まれない。
「本当によ、嫌なことをさせる」
 モードが左腕を軽く掲げ上げ、手の甲を唇に近づける。
「出番だ」
 鳴動した。
 息を止めて潜めていた叫び声がかき鳴らされ、凶音となってトンネルの振動へと姿を換えた。
 そして、姿を変える。内側から発射するように飛び出るそれは、骨だ。まるで管のごとき鈍色の骨が腕全体を取り巻き 筋が硬く絡み合うようにたわむ。脈動する人工筋肉と疾走する擬似神経は、際限なく縄張りを広げる。
 疑う余地など無い。遠近法を無視したようなその異様。生身である筈などなかった。
 シンジはぼんやりとMAGIの記録映像を思い出した。片腕をヤコブにもがれたアスカを見やり、モードは、
 ――昔の自分を見てる気分になってな。
 ああ、そう言っていたな、と。最もその思考も1秒後にはシンジの脳内から消え、意味のないものとなった。
「今度生まれてくる時は精々オレと会わないように気をつけな」
 モードのつま先で優しく蹴り上げられ、ふわりとシンジの体が浮遊する。次いで、左掌がスローモーションのように 突き出された。接触。貫通。振動。振動。振動。掌が振動している。全ての感覚がゆっくりだ。

 震――砕――。
 ――拒、

 血が見えた。
 音が消えた。
 光が飛んだ。
 走馬灯は見なかった。
 白濁の海に沈むシンジが思い浮かべたのは、たった今この世から完膚なきまでに消えた心臓のことではなく、後ろで戦っている 筈のアスカの、その、ありし日の横顔だった。
 かつて見た、その、――。

 

 

 

 

 

+++++++++++++++++

 

 

To Be Continued to Episode 24.

Next, the dead dead dead...
.......e................resonant.

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 

 

 


<後を書く>
おっそー。
の割にアレな引っ張り方。
しかし、書き方がマンネリ化してるというか進化ゼロというか……。
単語の繰り返しと、段落の早期切り替えと、ダッシの使いすぎ。病気か。あとルビ。
次回で多分アメリカ編終結するかもしれないし、しないかもしれない。
で、数字は便利だけどつくづく諸刃の剣だなーと。


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