『N』からのメールを暫く凝視していた僕の頬は、いつの間にか瞳から零れた滴で濡れていた。
「ハハハ……ハハ…………ハハハハハ!」
僕は笑った。泣いている理由に気が付いたから。
そう、僕は一度も会った事が無く、男か女かも分からない『N』に――恋をしていた。
何かが可笑しいとかそういう事じゃない。ただ僕は泣きながら笑っていた。
僕はそのまま朝日を見た。
――今日も雨が街を濡らしていく。
僕は涙と汗でグチャグチャになっている顔を、冷たい水で洗い流すと学校へ向かって歩き出した。
――ザーッ。
激しさを増す雨音が僕の心を流していった。
僕は気が付くと、当てもなく歩いていた。
フラフラと夢遊病者のように歩く僕の目に郵便ポストが映った。
……手紙、か。
ずっと手紙は僕の家の郵便ポストに入る事は無かった。
だから僕は僕にとって『嘘』でしかない『リアル』の世界で生きていた。
何かが始まる。それは幻想でしかなかったんだろうか?
強い風で傘が壊れた僕は、家へと帰ってきた。
最近いつも濡れて帰ってくる所為か、タオルが切れてしまった。
僕はしょうがなく新しいタオルを出そうと押入れの扉を左右に割った。暗く湿気を感じる其処はまるで僕の心のようだった。
僕はそんな嫌な考えを振り払って、タオルを探し始める。
「――ン? これは!」
僕は、タオルの替わりに見つけてしまった。それは僕を『他の場所』へと誘う……。
それは――手紙。
そのダンボールの中には1通の便箋が入っていた。
それは、母さんの手紙――母さんが父さんに当てた手紙。
でも、切手も貼っていないし、消印もついていない。出せずに終わったらしい手紙。
僕は封のされていない其れの中から手紙を取り出した。それは不自然に文字がにじみ、文が所々崩れていた。
久しぶり、ゲンドウさん。 |
あ づ |
す け |
鎖 |
矢は る 罪 |
きっと 闇 |
シンジは世界を変える。 |
それが役割であり、定められた流れ。 |
目覚め う |
選択 |
シンジはきっと知ろうとする。 |
その時あなたはシンジに 。 |
シンジはきっと答えを |
さようなら私の愛しい人。 |
僕の頭は混乱していた。
これが答え? コウの言う答えなのか?
僕が世界を変える? 答え?
――何なんだよ!
僕がこの世界を知ろうとする?
僕は知りたい! この世界を、知りたい!!
僕が真実を求める相手。それは父さん――!
行こう。
僕の父さんのもとに、行こう。答えを、『リアル』を掴みに。
――ピカッ! ゴロゴロゴロッ!
――外では雷鳴が鳴り響いていた。
僕の運命は変わって行く。
翌日、僕は父さんが何処にいるかを知るために僕の名目上の保護者である人を訪ねた。
僕はその人の名前を知らない。簡単だ。知ろうとしなかっただけだ。
僕は母さんが死んだ時、少し自棄に成り掛けていた。閉ざされた独りの世界を恐れて自分を殻へと閉じ込めていた。
だから誰が保護者に成るかなんてどうでもよかったんだ。
ただ、父さんが保護者に成るのは嫌な事と一人暮らしをさせて欲しい事を告げて、僕は逃げるように帰ってきた。
家に帰って膝を丸めていた僕は独りで涙を流し続けた。
僕はその人を知るべく市役所に来て戸籍を求めた。
そこに書かれた名前は、どこかで聞いたことがあった……。
知らない筈の名前を――赤木リツコと言う名前を聞いたことがあった。
「不変たる記憶だよ……」
僕は遠くからの声に、頭を振った。
僕の保護者に成っているのだから、きっと母さんとも親しくて僕と会ったことがある筈だ。
僕はそう自分を納得させるとゆっくりと赤木さんの家を目指して緩やかな坂を下っていった。
周りにはアレだけ在ったビルは全く見えなくて、杉の木が道の両端に並んでいた。
僕は穏やかな空気を吸い込みながら空を見上げる。
――空は灰色に染まって今にも泣き出しそうだった……。
3rd story : the letter which changes destiny leads me to ...
――ザーッ!
最近雨が多い。 今日みたニュースでは台風が此処に近づいているらしい。
大きな台風が。
坂を下ったそこには小さな一軒家が在った。
赤木。
と確かに表札にはそう書かれている。
間違いない。僕は心臓を高鳴らせ眼前のチャイムをゆっくりと鳴らした。
――ピーンポーン!
昔まがらのチャイムの音が僕の鼓膜を刺激する。
――ドックン!ドックン!!ドックン!!!
張り裂けそうな僕の心音だけが響く。僕の目の前のドアはついに開かなかった。
しょうがなく僕はトボトボともと来た坂を登っていった。
僕は夕飯の買い物をしようとこの前と同じ商店街へと入って行った。前と変わらず薫る土の匂いと海の匂い。
僕はまず八百屋へと足を向けると、態勢を屈めキャベツを物色した。僕は充分に吟味したキャベツを手に取ろうと右手を伸ばした。
が、僕の手よりも先にそのキャベツを掴む手が有った。思わずその人の顔を見ようとして僕は頭を上へと振り上げる。
その人の顔をみた瞬間、僕の意識は――
――ギュン!!
何時もの様に、飛んで行った。
「貴方が乗るのよ」
「ロジックじゃないもの……」
「私は貴方を…好きだったのかもしれなわ…。」
「嬉しくないでしょ? こんなオバさんに言われても」
「貴方の生きる理由? ――簡単な事でしょう?」
「そう、知ってしまったのね」
「貴方は、運命の元に生きている」
「それでも今の貴方は嘘ではないでしょう?」
貴方は――!
誰なんですか!
「知らない天井だ……」
気が付いた僕の眼前には僕の家とは違う白い天井が拡がっていた。
僕のベットじゃないベット――そこはいい香りがして、僕は心が落ち着いていくのを感じていた。
――ガチャッ!
部屋の暗闇を割いてドアから光が差し込んだ。
現われたのはあの人。金色の髪。黒い眉。黒い瞳。
――夢で見たあの人。そして、八百屋で会ったあの人だ。
僕はコウの時と同じように、また夢と現実を混濁しているらしい……。
どうやら、気絶した僕はここまで運ばれてきたらしい。
見ず知らずの僕を自分の家に連れて帰るこの人に、 僕は少しの安心と少しの恐怖を感じていた。
――ゴクッ。
静かな部屋に、この人の一声を待つ、僕が唾を飲む音だけが響く。
「こっちへ来てご飯を食べない? お腹、減ったでしょう?」
「え?!」
僕は彼女の優しい声と突然の質問に間抜けな声をあげてしまった。
「でも……」
僕は当然のように戸惑う。
が、
――ギュルルルー!
盛大に音を放つお腹が僕の足をドアの外へと向けさせた。
そこには白米、味噌汁、焼き魚、卵焼き。いわゆる日本のご飯だ。そして、あのキャベツで作ったであろうロールキャベツ。
僕はその匂いに惹かれる様に椅子へと座る。
料理はどれも美味しくて、僕はお腹が一杯になるまで食べ続けた。
そして、僕は知ることになる。
――体を重ねる、と言う事がどういうことかを。
<続く>
<後書き>
脳細胞が壊死中。
そんなオイラの朝はマンハッタンコーヒー(得意げな顔で