突然現われた紫色の巨人を前に、僕らは言葉を失いその場に立ち尽くした。
鮮やかに陽光を反射する紫色の体躯がこちらに反転し、その爛々とした双眸で
ジロリと睨み付ける。
背にブルリと冷たいモノが走る。
――怖い。
腕が、脚が――体が震えているのが分かる。
「き……霧島さん逃げよう!」
震えながらやっと言葉を吐き出す。
霧島さんはコクリと力なく頷くと、手を引く僕の後について走り出した。
――紫が、酷く懐かしい。そんな自分をおかしいと思う。
強い朝日が僕の目に刺激を与える。
朝だ。
公園を出て、僕達は警察に導かれるまま、公園近くのシェルターへと避難した。
シェルターの存在は知っていた。授業で習う程度には、だけど。
激化する国際紛争の波が日本へと押し寄せてきたのは一昨年の事だ。首都、東京は戦火に晒され、崩壊した。そして、日本は遂に
憲法第九条を破棄したんだ。
その後は、自衛隊に変わる戦略自衛隊が。更に、遷都された、ここ第三新東京市にはシェルターが出来た。各地の政令指定都市にも
シェルターが建造されたらしい。
僕と霧島さんはここで一夜を明かした。
天井にあるたった1つの窓から日が差す。差し込む光はいつもと何ら変わりは無かった。
――僕の居る場所がベットではなく、僕の腕を掴む女性が居る以外は。
霧島さんは、与えられた毛布にくるまって眠りについた間中、そして今も僕の腕を離さない。
まだ隣で寝息をたてている彼女の頬には、薄っすらと涙の跡が残っている。
僕が謝る必要なんて無いのは分かってる。全然関係ない。僕らは巻き込まれただけだ。
でも、でも――
「ごめん。霧島さん、ごめん……」
「どうして謝るの?」
「……起きてたんだ」
霧島さんの目が開く。
「だって、碇君は何も悪くない」
彼女の瞳が僕を真っ直ぐに射抜く。
「それでも、だよ。それでも、謝らなきゃいけない気がしたんだ」
スッと彼女の手が僕の頬に触れる。
「泣いてるの?」
言われて初めて気が付く。僕は泣いていたらしい。
「ねぇ?」
「何?」
「もう少し眠ってもいい――よね」
「うん……」
一瞬、微笑むと彼女は再び毛布にくるまった。少しすると、彼女は寝息を立て出した。
やっぱり僕は変わったんだろうか?
――根拠も無いのにそう思った。
6th story : the girl who is classmate
太陽が1番高く昇る頃、やっと僕らはシェルターから出る事を許された。
「ぅん……」
霧島さんが両手を高々と上げて伸びをする。
一方の僕は眩しすぎる日差しに少しクラクラしていた。
二言三言交わし、僕らは別れた。
自分の家へと続く道をゆっくりと歩きながら昨日見た紫色の巨人に想いを馳せた。
どうも引っ掛かる。
いつもの夢にもアレはいた。それは間違いないし、今更驚きもしなかった。夢に現われた人達に現実でこれだけ会えばいい加減、
驚きも少ない。それはそれで問題だけど。
ただ、そう言う事ではなくて、夢以外で見た事があるように思えてしょうがないのだ。
こんがらがった僕は、部屋のベットに寝転がってからも、なんとなく落ち着かなかった。
目が醒めると、開いた窓の外は闇だった。
すなわち、夜。
「あ!」
今日、旧宮ノ沢に行くつもりだったのに――!
流石にこんな時間からじゃ、と溜め息を吐く。
変わったと思っていた自分は、あまり変わってないようで少し可笑しかった。気味の悪い事だが、僕は一人で笑った。
何だか格段に気分の良くなった僕は、二度と出さないと決めていた『N』へのメールを打ち始めた。
取り留めのない事だけを書きつづって送ると、返事はすぐに返ってきた。
どうやら『N』も気分が良いようで暫くメールのやり取りが続いたが、それも11時には終わりをむかえた。
やることもなく、僕は眠りについた。夢は見なかった。
翌朝、僕はどうするべきか思い悩んでいた。
原因はそう、電話だ。
シャワーを浴びて朝食を済ませた頃、申し合わせた様に電話のコール音が鳴り響いた。
何となく嫌な予感を抱きつつも、僕が受話器を手にとると、
「もしもし、碇ですが」
「碇君?」
「へっ?」
僕は驚きのあまり馬鹿みたいな悲鳴をあげる。
受話器から聞こえる声は紛れもなく霧島さんの声だった。
「もしかして、霧島さん?」
確信してはいたが、一応聞いてみる。
「もしかしてって何よ」
「えっと、何か御用かな?」
「今日、学校来るよね?」
「――は?」
旧宮ノ沢に行く以上、学校はサボるに決まっている。
僕はどうした物かと無言になってしまう。
「その……何で?」
今日どこかに行くかなんて一言も言っていない。
「だって、碇君よく学校サボるし。それに――」
「それに?」
「昨日、碇君が別れ際に言ったじゃない――サヨナラって。何だか、ね」
何なんだろう、この勘の良さは。
「とにかく、待ってるから。学校で」
電話は切れた。
5分ほど前のこんなやり取りを経て、僕は迷っていたのだ。
あれほど決意したくせに本当に情けない。
一夜を共に過ごしたせいか何なのか、僕は霧島さんとまた会いたいと思っている。それは事実だ。
あんなに学校の事は忌避していたのに、全く僕ときたら……。
「ハァ……」
何度目かも分からない溜め息を吐く。
「分かってる。でも、また会いたいんだ」
僕は通学路を歩き始める。
――そう、分かってるんだよ……。
+++++++++++++++++
サヨナラ、と言っていた。
漠然とした不安――彼だけがこの世界から千切れかけたような、そんな不安。
気が付くと私は連絡網を引っ張り出していた。
受話器を手にとり、連絡網のナンバーをなぞる。すぐにコール音が聞こえてくる。
何故だろう、自分の心臓の音が勝手に聞こえてくる。掌も少し汗ばんでいるみたい。
――あれ? もしかして私、緊張してる?
「もしもし、碇ですが」
「碇君?」
急に聞こえてきた声に驚き、とんちんかんな事を言ってしまう。急に『碇君?』だなんて――!
「へっ?」
やっぱり碇君も不審げな声だ。
「もしかして、霧島さん?」
もしかしてって言い回しはどうあれ、声だけで分かったらしい。
また、動悸が早くなる。心臓がうるさい。
「もしかしてって何よ」
それなのに、こんな事を言う。照れ隠しが見え見えで恥かしい。
「えっと、何か御用かな?」
「今日、学校来るよね?」
「――は?」
物凄い間抜けな声。
心底、予想外だったみたいだ。
「その……何で?」
「だって、碇君よく学校サボるし。それに――」
「それに?」
「昨日、碇君が別れ際に言ったじゃない――サヨナラって。何だか、ね」
――昨日でお別れみたいじゃない。
最後まで言えない。動悸がうるさくて言えない。
「とにかく、待ってるから。学校で」
逃げるように受話器を置く。
一応、釘は刺した。
最も、学校に来る保障なんて無いけれど。
でも、彼と私との接点は学校が同じでクラスが同じで――ただそれだけで。
繋がりは太いのか細いのか。それすら測れないくらいに少なくて……。
――だから、また会いたくて。
+++++++++++++++++
結局、僕は学校にいた。
無意識に学校に足が向いたのだから仕方がない、と自分を納得させる。
教室に入ってすぐキョロキョロと辺りを見渡す。
席替えをしたらしく、僕の席には知らない人が座っている。自分の席を聞こうにも、そんな事を聞ける人もいない。
「碇クン」
後ろからの声に一瞬ビクつく。
女の人の声。
でも、霧島さんの声とは違う。だから、僕は戸惑う。
――霧島さん以外に話し掛けてくる人が、ここにいる筈が無いから。
「アレ? キミ、碇クンじゃないの?」
間延びした独特の声質。おまけに微妙な発音。
振り返ると、見たことの無い女の人がこっちを向いて立っていた。
+++++++++++++++++
教室に入ると碇君がキョロキョロしている。
――そういえば席替えしたんだった。
碇君の席は1番前。彼はずっと休んでいたから間違いない。
みんな先生の目の前は避けたくて、休みがいたらその席は休んだ人になる。
そんなおかしな慣例があるから。
席は1番前だよ、と言ってあげようと足を向ける。
そこに、私の前を遮るように、別の人影が近付いた。
――ユマだ。
+++++++++++++++++
「碇クン、一昨日だけどシェルターの近くの公園――行った?」
――行った。
「マナと」
――二人で。
言おうとした言葉を飲み込む。彼女の瞳は僕を真正面から威圧していた。
「どうして。どうしてそんな事聞くの?」
僕は瞳から逃れる様にそう質問した。
その質問に対し、彼女は予想に反して黙りこくってしまう。一瞬の空白のあと、
「キミ、紫の――」
「行ったわよ」
僕と彼女の間に割って入る聞き慣れた声。
霧島さんだ。
「私と碇君は一昨日に行った。公園に」
霧島さんの声に、彼女は一度目を伏せると、
「そう……」
一言呟いて、踵を返した。
彼女が自分の席に座ると、タイミングよく1時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
+++++++++++++++++
分からない。
ユマも、そして私自身も――!
あんな顔をしたユマは見たことなんか無い。あんな事を言う自分なんか知らない。
先生に隠れてコッソリとユマに携帯でメールを打つ。
――『どうして、あんな事を聞いたの?』かを。
直ぐにブルリと携帯が震える。
ユマからの返事に違いない。
――マナ、ごめん教えられない。でも、気にしないで。
気にするなという方が無理だ。
メールじゃ埒があかない。
後で直接問いただしてやる……。
<続く>
<後書き>
問)ユマって誰さ。
解)第2話のマナ視点でマナに声掛けてきた娘。ちなみに、このときが初のマナ視点。
覚えている人がいたら、プロットあげるので俺の変わりに書いて下さい。君は俺より分かってる<忘れてた
しっかし視点変更多くてアレだね。うん、マッシヴ読みにくい。
でも、マナパートが前より少しだけ文量増えてる。俺頑張った。