After One Year

-1年後-

 

 

 

 

 

Neon Genesis EVANGELION

The DESTROYER

‐Light or Dark‐


Written by HIDE

 

 

 

 

 強い閃光が僕の目を眩ませる。その発光の源は、およそ1キロ先の地雷原。レイヤーから侵攻を開始した サキエルの分体に合わせて事前に配されたN2地雷の群れ――その罠が見事に奴らを捉えたに違いない。
 何体が僕の方に回ってくるか……。経験上、良くて70体、悪くて100体は押し寄せるはずだ。

 来た――!

 地を蹴り、突っ込む。未だ収まっていない爆発による煙の中へ体ごと入り込んで行く。煙と空気を切り裂く感覚が肌に残り、 硝煙の香りが鼻に刺さる。
 僕はそのまま視線を辺りに走らせると、状況を把握した。あまり良いとは言えない視界に入るのは4体。
 と言っても、その奥には数えるのも馬鹿らしい数が控えている。言わばこの4体は先行部隊に他ならない。

「行くぞ!」

 ――ベゴォ

 前方にいる分体の胸部にある白い仮面の様な顔に拳がめり込む。
 その拳をそのまま引くと、後ろから迫って来る他の分体に裏拳としてぶつけた。後方の分体の肉がベコリと凹む感触と、 衝撃で宙に浮かぶ感覚。そんな空気の動きが背越しに感じられる。

 前後2体の分体がこれで片付く。
 脆い。
 一度後方に下がり、間合いを取りながらそんな事を考える。
 ATフィールドを持つ本体に比べて、持たない分体は攻撃を当てることが容易い上に、肉体自体も堅くは無い。

 残りの2体を片付けようと、再び踏み込む。
「シンジクン、本体来たわよ」
 そこに、通信を知らせるコール音と聞きなれた声が流れた。その声に促されて前方を確認すると、一際大きな本体が見える。 今まで、この1年間、1度も倒すことが叶わなかったサキエルの本体だ。
「今日こそ倒すよ。絶対に」
「期待してる」
「残りの分体は?」
「分かってるクセに。私が貰うわよ?」
 通信の終わりと同時に、紫色の機体が手にもった斧状武器――スマッシュホークで残りの2体をなぎ倒す。
 奥には相変わらず凄い数の分体が居るけど、彼女に任せておけば問題は無い筈だ。僕は本体だけに集中すればいい。

「ヤドカリ……」
 本体の脚は以前の二足ではなく、多足へと変わっていた。自己進化がどうとかで使徒は現われるたびに強くなる。
 以前は腕からしか出なかった光の槍は今では肩からも飛び出すし、レーザーを射出する胸部の顔は3つに増えている。 僕が肩を、顔を、それぞれ破壊したせいで、新たに再生・進化した。
 それは、僕が毎回の交戦のたびに致命的な傷を与えて、なのに……なのに! なのに取り逃がしている――それが理由。 僕のミス。僕の弱さのせい。

 多足への変化は、1週間前の交戦時に僕が脚を切り落としたからだ。
 ウヨウヨと何本もの脚が蠢いている。機動力が格段に上がっているに違いない。ならば、戦法は決まっている。
 奇襲だ。
 遠距離戦を仕掛けるだけの武器はない。接近戦なら肩と腕の槍が厄介だ。相手が反応する前に攻撃を叩き込むしか、
「ない!」
 風の唸りと、空気の急激な流れの変化。
 そして、
 ――ドガァ!
 渾身の跳び蹴りが胸部にめり込む。着地と同時に肩口からプログナイフを取り出し、赤黒く光る腹のコアへ突き刺す。
 な……速っ!
「ぐがっ」
 僕の攻撃を物ともせず、本体の拳が僕の胴へと刺さる。
 痛っ……肋骨をいくつか砕かれた。内臓に損傷なし。まだ、いける。 まだ、戦えれる。でも、このまま接近したままなら確実に槍の餌食になる。 後方へ距離をとって――何っ?!
「……クッ! 速い!」
 離れたと思った瞬間、サキエルは信じられない速さで10の距離を0へと縮める。これが、多足の効果か!
 でも……今日こそ終わりにするんだ。絶対に、終わらせるんだ。
 ここは下がっちゃダメだ。槍を恐れる暇なんてない。予想以上に胸骨がイカレてる。モタモタしていたら意識が飛んでしまう。それ だけは絶対に嫌だ。
 迷うな。接近戦をしかける!

 思考と同時に、本体へ体当たりをお見舞いする。何も考えなしの力任せのぶつかり。グラリと相手のボディーが揺らぐ。
 今だ。今しかない。
 背から薙刀状武器――ソニックグレイブを手にとり、上から思い切り腕の付け根に向かい振り下ろす。
「ウああああー!」
 ミチミチと肉が裂ける音が響く。
 このまま、コアまで切り裂いてやる――!

 突如、サキエルの肩口が盛り上がる。そこから放たれるものは光り輝く槍だ。
 回避など間に合わない。
「グァああぁァーー!」
 体を抉る熱と尖り。脇腹に鋭い痛みと血が広がっていく嫌な感触。
 まずい……意識が……ック! まだだ。まだ……終われない。終わるわけにはいかない。

 ――ブチっ。

 唇を噛み切る。痛みで意識を繋ぐ。視界が一瞬明ける。閉じかけた意識の扉が僅かに砕ける。
 いいだろう。関係ない壊してやる。
 意識を精神を心を、刃に変えて意識の扉を砕いて開け放つ。

 心が猛った。

 ウォォォーーー!

「アアアーーー!」

 

 

 ――途絶える意識の中、最後に見たものは砕けたコアと裂けたサキエルだった。

 

 

 

10th story : tracks

 

 

 

「調子はどう?」
 僕の血圧を測る看護婦さんの横から、赤木さんがそんな事を言う。白衣を着ているからか、何だか看護婦さんと一緒に診察に 来た女医さんのようで、少しおかしい。
「あら、人の顔を見て笑うなんて……失礼千万ね」
「あっ……その、ごめんなさい」
「まぁ、いいわ。傷はどうなの?」
「あ、はい。 まだ少し痛みますけど、概ね大丈夫です」
「そう、早めの完治を期待してるわ。それと、よく、やってくれたわ。ありがとう」
 結果的に僕はサキエルの殲滅に成功した。本体がいなくなれば後に残るのは脆い分体のみ。01がなくとも何とでもなる。
 ともかく、世界各地に散らばるレイヤーと使徒――初めてその1つが減った。
 赤木さんや父さんは、レイヤーの内部構造を調べるために、これから現地へ行くらしい。まだ、傷が完治していない僕は留守番だ。 早く傷を治す必要がある。

 僕が次にどこのレイヤーへ行くのかは分からない。
 サキエルを倒しても終わりなんかじゃない。このまま僕と01をここで遊ばせておくわけにはいかない。
 絶対に僕の力が必要になる。今、この瞬間も誰かが、どこかのレイヤーで、使徒と戦っている。これは自惚れじゃない。絶対に、僕の 力が必要だ。だから、早く治さなきゃダメなんだ。
「シンジクン、生きてる?」
 そんな思考を遮って、間延びした声が聞こえる。聞きなれた声だ。
 嫌な予感がする。決まって彼女はろくなことを言わない。
「見て分かる通り……生きてるよ」
「なーに、その嫌味ったらしい言い方は? 私に対する感謝とかないわけー?」
「何だよ、感謝って」
「あらら、アタマ打っちゃった? 自爆しまくり誘爆しまくりの分体の中から憐れな子羊チャンを助けてあげたのは誰?」
 本体が消えて、残った分体は覚悟を決めたらしかった。いや、独立稼動しているといっても大元は本体。本体が消えれば形を維持 できないから、ある意味自然な行為らしい。聞いた話だけど。
 ちなみに、四方八方を爆煙と発光に囲まれて意識混濁していた僕を担いでったの間違いだ。訂正したいけど、肘鉄は欲しくないので 黙っておこう。
「……何がいいたいの?」
「お腹すいちゃったな。食堂のハンバーグ御膳食べたいなっ!」
 頭が少し痛くなる。よりによって1番高いのを選ぶ辺りで特に。
「財布はそこにあるから、もう勝手にしてよ……」
「そっ! アリガト」
 病室備え付けの棚の中をガサゴソと漁り、僕の財布を抜き取る。財布ごと持って行け、とは言ってないんだけどな……。

 でも。

 悔しいけれど、助けて貰ったという一点においてのみは事実だ。
 だから、
「……ユマ、ありがとう」
「ん? ふふ。どういたしまして」
 笑って応えると、ユマは食堂に軽い足取りで向かっていった。

 

 

 僕の天敵である所の石見ユマはEVA02のパイロットだ。僕の中でのユマは仲間であり戦友で、元クラスメイトという事実は あまり思い出さない事にしている。

 技術というのは単純なもので、1度出来てしまえば応用や発展は日本のお家芸なんだそうだ。僕の乗るEVA01の開発を切っ掛けに、 主に日本で01の後継機や派生機が数多く開発され実戦配備された。
 彼女の02はその中でも特殊で、正確な型式はEVA02PT-01XXX。何でもPはプロトモデルをTはテストタイプを表しているらしい。 要は02のプロトモデルの更にテストタイプの1機目を3回ほど改修した、の意で01も本当はこんなに長ったらしい型式がくっつい ているのだ。
もう3回も改良しなきゃならないくらいに02は旧式になってしまったけど、彼女の02は未だに現役をはっている。彼女は優秀で冷静で 残酷で実にいいパイロットだからというのが大方の見方で、その点は僕も特に反論はしない。優秀が故に整備士さんやお偉いさんから 最新型、EVA06――通称スワローへの乗換えを勧められても、彼女はそれを頑なに拒否している。02じゃなきゃイヤよー、だそうな。
 もっとも、同じ機体に乗り続けているって意味じゃ僕も一緒だけれど。

 

 

 蜂の巣を参考にして植物の根を模して蟻の巣を再現してみた――そんな感じなのだ。外からは硬そうに見えたレイヤーも 中はそんな感じで入り組んでいて、果肉にも見える内壁は案外と柔らかそうで実際触ってみると指は沈んでいく。
 怪我も完治した僕は未だに調査が続くレイヤーの内部へとつれて来て貰った。
 いや、つれて来られた、が正しい。
「馬鹿げた形よね? このまま、入り組んだ穴が地下数100メートルまで続いているのよ? しかも見て! この内壁の柔らかさ。 外殻はロケットランチャーでも粒子一粒だって欠けないのに、内壁は殆ど人と同程度の耐久度。更に興味深いのが、外殻と内壁 の成分は殆ど同じって点なの。さらにさらに驚くべきことに、たった今も勝手に原子配列組み替えて硬化しながら外に向かって 分裂してる! 植物でも鉱物でも生物でもなくて、しかもしかもしかも、細胞分裂過程に見られるようなミトコンドリアと 液胞の特徴を残したアイソスピンが――(中略)――偶発的に粒子と波の二面性が発揮されてしまうからなの。加えて塩基配列 中の1パーセントが――(中略)――まさしく磁力! つまり、このシクロヘキサンと二酸化炭素がさっき説明したデルタ値とオメガ値の 証明に――(中略)――ガソリンエンジンと同じ理屈なわけ。それに水素ぶっ掛けてやれば当然デルタ値は振り切れる。だから、 粒子Aは螺旋起動を描きながら飛び出す。そうすれば当然オメガ値に起因する粒子Bは――(中略)――勿論、そうなればレイノルズ数は 一定ですもの、一気に粒子は拡散することになる! それに誘導されて――(中略)――烏龍茶ってわけね。加えてエスプレッソと 深炒りコーヒーは――(中略)――で、細胞壁が瓦解する。わかった?」

 『要は』と言ってから10分続いた説明に理解を求めるのは、勘弁して欲しい。
「使徒は何のために地下にこんな穴を?」
 そう言うと終わりそうにないので当たり障りのない質問をする。科学者は皆こうなのかなって思う。
「調査中よ。でも細胞壁と内部の浸透圧の関係上、核が」
 僕は彼女に連れてこられた。かなり強引に、だ。ユマならともかく僕は彼女に逆らえない。 去年、彼女と関係を持って以来どうも言うことに素直に従ってしまう。それを何となく楽しんでいる自分を 何とかしなきゃと思いつつも、どうにもならない。
「シンジ、傷はどうだ?」
 僕を尻目に説明を付け加えるリツコさんの横から、声が聞こえる。父さんだった。
「うん。もう何ともない」
「そうか。だが、無理はするな」
「分かってる。看護婦さんにも散々釘を刺されたから」
「シンジ、よくやった。お前が倒したのだ。人類で初めて、使徒を」
 父さんに褒められるのが、何だか少しくすぐったい。何せ、ずっと殲滅に失敗し続けて褒められた事なんて無かったから。
 1年前――最初の戦闘の時も、分体の大群に囲まれて何も出来ずに気絶した。1週間前にも、1ヶ月前にも、半年前にも、負 けるたびに言われてきた。次はうまくやれって。
 やっと、うまくやれたんだ。僕がだ。

 1年前の決意を思い出す。

 ――僕が自分で考え、自分で知ろうとして、自分で手にいれ、自分で決めた……現実だ!
 ――だから、僕は、

 逃げない……か。

 

 

「大事な話がある」
「大事な……話?」
 父さんの声のトーンが少し低くなる。雰囲気も重い。
「次はどこ?」
 言いたいことは分かっていた。次のレイヤーに行くんだ。
「香港のレイヤーへ向かってもらう」
「香港――ガギエル?」
 この1年間、周囲との連携のために戦術の勉強もしたし、世界各地のレイヤーに存在する使徒とその特徴も把握した。 それと、少しは体も鍛えたし、格闘技だって教わった。
 身体能力の向上は、そのまま01の能力向上へと繋がる。イメージングで動く01だけど、普段自分が出来ることのほうが、 格段にイメージし易いからだ。
「そうだ。それに伴いお前の籍は一時的に中国支部に移る」
「……うん、分かったよ。出発はいつ?」
「明後日だ」
「……うん、分かった」
 明後日、か……。

 

 

「香港ねぇ。100万ドルのヤケイってやつ?」
「昔の話だよ、それは」
「ふむ。まぁガンバって」
「ユマはこのまま都市再建なんかを手伝うんだろ?」
「有事にはどこでも行くけどね」
「そっか」
「そうよ」
 ユマとの別れが惜しいのは、悔しいけど何だかんだ言って馴染んでいたってことだろうか?
 ――恥ずかしいから口には出さないけど。
「トコロで会ってかないの?」
「……誰に?」
「分かってるくせに、しらばっくれちゃって」
「何が言いたいんだよ?」
「サキエルを倒すのに1年かかった。ガギエルだってすぐに倒せるわけじゃないでしょ?」
 ガギエルは、水中戦を得意とし海底にレイヤーを持つ珍しいタイプの使徒だ。 もともと水中戦用に作られていない01でどこまでやれるか分からない。いつ倒せるかって言うより倒せるかどうかも分かっちゃ いない。
「…………今更だよ」
「私はそうは思わないけど?」
 立ち上がり、持っていた空き缶を投げ捨てる。
「ナーイスショーット」
 満面の笑みを浮かべ、ユマは食堂のドアを抜けていった。

 最後だし、という事で奮発して頼んだハンバーグ御膳を食べながら考える。
 今更、会えっていうの?


 誰が?


 ――僕がだ。


 誰に?


 ――マナにだ。

 

 

 ハンバーグはジューシーだった。

 

 

 

 

<続く>

 

 


<後書き>
 1年後はないだろ、と力強く主張。たとえ自分の書いたものであろうと主張。
 そもそも、間のストーリーをあんまり考えてなくて場つなぎ的に1年後にした感がっ!
 当時の自分の心境なんざ忘れましたがね(したり顔で


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