レイは始原
オーは起源
エンは循環

エンは劫火
オーは発端
レイは捕囚

レイは始原
オーは起源
エンは循環



巡り巡り来やるはスパイラル

ボーイ・ミーツ・スパイラル

 

 

 

 

 

Neon Genesis EVANGELION

The DESTROYER

‐Light or Dark‐


Written by HIDE

 

 

 

 

 忘れるという行為は逃避の究極なんじゃないかって思う。何もかも忘れたい状況は、得てして現実から逃げたい時だからだ。 『僕の経験上は』の注釈付きだけど、それは間違いなく真実だろう。
 だから、出来れば。出来ればだけど、僕も今のこの状況を忘れてしまいたい。それが許されるなら、だけど。
 チラリと前を見る。
「そうね、いい子よボウヤ。そのまま、こっちに来ましょうか」
 アヒルが服を着たような妙な顔つきの女が語りかけてきた。
 世間で言う所のブスではないと思う。とんがった唇は見ようによっては可愛い。 でも、彼女を見た男10人の内、9人は財布を投げ捨てて逃げるだろう。 残った1人はきっと自殺志願者で、遺書を書いて泣いて頼んで次に殺される。
 つまりは、彼女が銃を構えてなければもっと可愛い、と保証できる。『僕の経験上は』の注釈付きだけど。
 『僕の経験上は』これは勘弁して欲しい事態だ。
 周りに助けを期待しようにも、第三から付き添ってくれていたガードの人達は既に息絶えている。 横を見れば、弾けとんだ臓物と脳漿と、くすんだ色の血が悪趣味なワインレッドの床に赤味を加わえて、気味の悪いグラデーション を作り出している。
 濃厚な死の匂いが充満していくのが分かる。同時に、僕の鼻が目が、五感が、全部の感覚が、喉と脳と胃に信号を 送りつけていった。脳が神経に働きかけて、胃がそれに応えて、喉が抗って――
 吐きそうだ。漂う血の匂いに頭がくらくらする。意識も怪しい。気絶も秒読みだ。

 ことの起こりは香港を目指す飛行機に乗ってからだ。
 『安全あんねん!そうかい、爽快かい!の快適旅行♪』がウリのJAG404便、香港往き。乗客は大入り443人。 その内の1人は僕で、3人はガードの人達で、計算外なのは6人がハイジャック犯だったことだ。
 たった今も、機体だけは日本海上空を優雅に飛行している。パイロットがどうなったかは、考えないようにしている。
 僕も含めて、息があるのは7人。僕の命が風前の灯火であることを考慮するなら、実質6.5人だろうか。
 抵抗を示したガードの人達は、女が手にしている銃で一発。両手を上げた僕は、今こうして手招きされている。
「ふふ、ちょっとガマンして頂戴ね、ボウヤ」
 ビリッ。
 甘い声と一緒に、瞬間的にあてがわれたモノはスタンガンだ。
 体を何かが弾け飛び、意識をもぎ獲っていく――感電。
 その黒光りする姿を瞳に捉えながら、僕の意識は途絶えた。

 

 

 どれくらい時間が経っただろうか。まだ重い頭を引きずられて連れて来られた場所は、埃臭い倉庫だった。
 気絶している間に降ろされたようで飛行機から降りた記憶はないし、どうやってここまで連れて来られたかも勿論不明だし、 当然ここが何処かなんて知りもしないし、どうやら教えてくれそうもない。
 とどのつまり、僕は逃げられそうもない。

 積み上げられた無骨な角材と麻袋、安い光を吐き出す白熱電球。まるで安っぽいドラマ撮影用のセットだ。 おまけに、古い建物なのかヒューヒューと風の音が聞こえてきた。
 隙間風で電球が揺れている。光が揺らぎ、影が何度も入れ替わる。 電球が照らさない部分に、情景に不釣合いな高級そうなイスが見えた。
 そこに身をおいている男の人が、僕のつま先から頭の天辺までを眺めているのを感じる。
 顔をハッキリと見ることは出来ない。それでも、顔に浮かぶ陰影で笑顔であることが分かる。いやらしい笑顔であることが。
 学校に行っていた時に絡まれた不良たちの顔と同じ、何度か目にしたことのある軽薄で信用のおけない――そんな笑みだ。
 僕が嫌いな笑みだ。
「警戒することはないさ。碇シンジ君」
 僕の名前が男の口から飛び出す。そのことは、あまり驚かなかった。それどころか、何故か当然だとさえ思う。
 同時に一際強く風が入り込み、電球の光が男の顔に届いた。

 ゾクリ。

 汚濁を溜め込み淀んだ沼――仄暗い瞳が、僕を貫いていた。
 ヌラリと、そんな擬音が聞こえただろうか。瞳が僕の顔と絡む。
 深く暗い、一筋の光すら窺えない眼球が、矢となり刃となる。
 何だ、あれは。
 ナイフ? ――違う。そんな生易しいものじゃない。
 鋲? 針? 棘? ――違う。そんな陳腐な鋭さなんかじゃない。
 もっと異質な、硬く、尖った、切っ先。
 黒が塗り固まって出来た、果てし無い闇の牙だ。
 黒い池の縁から瞳だけを覗かせ、爪を振りかざす獰猛な獣だ。

 あれは有り得ない。

 違う――!
 あれは違う。絶対に違う!
 僕と同じ場所になんかいない。
 違う場所だ。
 まるっきり違う世界から僕を覗き込んでいる。

 怖い。怖いよ。

 膝が震え始める。
 悪寒が背を足早に駆け、脳天を突く。
 ガチガチと歯が上手く噛み合わない。
「怖いか?」
 操り糸でもついているのか、自分の意思とは無関係に、頭が上下に揺れる。
 脳の一番深い部分から本能が告げた。
 あれに従え。あれに抗うな。

「俺は加持リョウジ。君をずっと探していた」

 ――闇が僕を飲み込まんと(あぎと)を解放した。

 

 

 

11th story : to need for a hero

 

 

 

 案内された寝室はそれなりだった。
 天蓋つきとまではいかないが、そこそこ豪華で柔らかそうなベットが眩しい。 フローリングの床は少し冷たく、白色の壁の色彩は穏やかだ。
 僕は、どうなるんだろうか。訳が分からない。どうして僕を探していたのか、その説明すらない。
 いや、それよりも大事なことは――
「ガギエル」
 今ごろ着いている筈だった香港、そのレイヤーに息を潜める使徒の姿が脳裏に浮かぶ。
 大きく開いた口に並ぶ強靭な牙と、鋭い鱗に覆われた平たい体、そして、額から飛び出る太い針。 一見するとハクゲイと見間違わんばかりの青白いボディ。水中で高速移動する水棲型使徒――その海の王の姿が浮かんだ。
 鱗が物理攻撃を弾き、ATフィールドが光熱攻撃を遮断し、近付くものは高速移動で接近し強烈な体当たりで沈める。 もし、接近戦に持ち込めたとしても、牙と針が襲い掛かる。
 EVAの特殊装甲を溶けたバターのように容易く切り裂く牙と、何よりもやっかいな、 装甲をぶち抜き毒を分泌する針。筋組織に作用する神経毒は脅威だ。

 僕に水中戦の経験はない、というのも当然の話だ。僕はずっとサキエルと対峙してきた。
 陸上で交戦するサキエルを倒すことを第一義としながら、水中戦までカヴァーする時間なんて微塵もない。
 だからこその疑問。
(僕に水中戦が出来るだろうか?)
 EVA01は水中での戦闘を考慮した作りにはなっていないし、水中用のアタッチメントもない。
 水中戦に特化した新型量産機EVA05は、まだ生産途中で量産ラインには乗っていないと聞く。
 分体の多くも僕が倒す必要がありそうだ。果たして可能なのか……。

 いや、考えても、無駄だ。
 今、僕は拘束されている。倒す以前に戦いの場に赴くことすら許されていない。
 ただ、希望はある。
 どんなに弱くても、僕はたった1人のEVA01のパイロットだ。
 ネルフから、父さんから、助けは来る筈だ。
 問題は早く来るか遅く来るか。
 どっちにしろ、待つだけしか出来はしない。
 脱出しようなんて馬鹿らしい考えは浮かびはしない。

 怖いから。ただ、怖いから。
 あの人――加持リョウジ――が怖いから。

「……はぁ」
 溜め息は深い。
 ベットに身を沈め、頭を枕に合わせる。柔らかい。
 やっぱり、疲れていたようだ。アッサリと眠気は僕を包んでいく。
 今はただ、眠ろう。何も考えずに。
「おやすみ」
 誰ともなく呟いた。

 

 

「質問にいくつか答えてもらおうか」
 日の光が眩しい。
 日の光で常に眼下に晒されるこの人の顔は、昨日より闇が淡い。それは、まさに溶けて無くなったように薄っすらとだけ。
「まず、君が碇シンジであることと、それと、君がEVAO1(オーワン)の 操縦者である――というのは間違いないか?」
「オー?」
「そうか……ネルフではこう呼ばないんだったな。 言い直そう、EVA01だ」
 ゆっくりと頷く。
 目に映るのはこの人の顔、そして瞳。瞳――?

 ドクッドクッドクッ。

 何かが繋がった気がした。何かがジャキリと音をたてて接続された気がした。 回路が繋がるように、無責任にCPUを弄くられたように、ドクリと脈打ち広がる。広がる。広がっていく。
 拡張するそれは隅々まで浸透し、それは僕の頭に訴えかけた。
 じわじわと、確実に、それは形を伴う。
 強い感情の流れ。でも、さっきまであった恐怖じゃない。
「その上で聞こう。ある男、いや、少年だな。彼は自分が無価値な必要の無い人間だと思っていた。その上、酷く脆かった。 精神の安定を欠き、崩れ落ちるように壊れていったよボロボロボロボロ……とな」
 皮膚から汗が浮き出す。喉がカラカラに渇く。毛先の一本一本がピンと張り詰める。
 怖いんじゃない。
「そんな時だ。彼に近しい女性がこう言って彼を慰めた『あなたは無価値なんかじゃない』と、頭を撫でながら優しく、な。 一方、彼の親友はこう言って彼を殴り飛ばした『お前は何もできちゃいない、今も昔も。でも、例えお前が10のことを出来なくても、 お前だけにしか出来ない1つがあるなら――証明してみろ』とね。叱咤激励ってやつだ」
 そうか、これは。
 これは、この感情は。この強い流れは。この鼓動は。
 これは――
「君が彼だとしたら、君はどちらの言葉に心動かされる?」
「……親友、だと思います」
「何故だい?」
「……下を向かせたままじゃなくて、殴ってでも上を向かせることの方が正しいと思うからです」
「そうか、君は彼とは違うな。彼か? 彼は親友に憎悪を抱いたよ」

 これは、恐怖を凌駕する――


 敵意だ。


「あたり前だが納得しようじゃないか、君は彼じゃない……と」
 倒すべき相手への、使徒に対するのと同じ、敵意だ。何故か感じる僅かな哀しさと懐かしさの殻を突き破り、燃え上がる敵意の炎だ。 殻を纏って、殻を溶かし込み、重なり合って出来た炎だ。
 僕は止まれそうにない。
 僕の本能の一番深い所で固まっていた血の塊が砕かれ、溶け、流出し、渦を巻き、滾る。
 僕はこの血の融点が、炎に突破されていくのを、溶かされていくのを――止めることなど出来ない、絶対に。
「……御し易いと楽が出来たんだがな。君はそうなったか。正直言うとな、興奮している。難しいゲームほど楽しいってことだ」
 沸点に達する。血流が蒸発し、放出され、霧散し、空気に混じり、辺りを覆う。血が煙り、視界を通り過ぎる。
「どうやら、俺達は敵同士のようだ。最も最初から味方と思っていたんなら驚きだが」
 ブスブスと血が焦げる。まるで、現実にそうであるかのように、血の薫りがした。
「これ以上ここに居てもらう意味も失せた。香港まで送ってやろう」
 血は空気を淀ませ、滲ませていく。

 

 

 あのアヒル顔の女の人に連れられ、車に乗る。
 黒い革のシートが張られた助手席はどこか下品で、品が無い。
 最新型のカーナビを見せながら彼女が説明を始めた。ここはハルビン――中国北東の都市――だそうだ。

 未だに何故僕がさらわれたのかも、こうして解放されたのかも、質問の意味も、何も理解できていない。 でも、理解しようと努力するつもりもない。
 何より今は、この感情を、燃え滾る敵意をどこかに放たなければ気が狂いそうなんだ。
 冷静な思考も判断も何も無い。あるのは、高ぶりと怒りだけ。
 だから、これが何に対する敵意なのか、そんな事すら考えられない。
 明確な行き先の無い、宙吊りにされ、それでも確かに内から感じる――敵意。
「ボウヤ、勘違いしないで」
 不意にかけられた声が冷や水となり、僕の思考を凍らせる。
 見ると、彼女は、フロントガラスを通して僕を見つめていた。その視線は、どこかつかみ所がない。
「確かにリョウジはあなたを香港まで送れと言ったけれど――」
「がぐぅ」
 首の付け根に鋭い痛みが走り抜けた。意識が霞の中へと強制的に引き込まれていく。
「あ…がッ!」
「――私がそれに従う理由もないわけよ。 ドゥーユーアンダスタンド?」
 何を言ってるかなんて、もう分かりはしなかった。

 

 

 目覚めは最悪だった。
 目に映っているのは雲と空と太陽と、固くて頭痛を助長するビジネスシート。
 24時間以内で一体いくつの飛行機に乗っているのやら、もう考える気力もない。
 逃げようにも空の上から逃げるなんて無理もいいとこだ。
 それに、どうやって機内に持ち込んだのか、アヒル顔の人が器用にスチュワーデスの視線から守りながら、銃を構えている。
 何度も気絶し、何度も飛行機に乗り、いや、乗せられて一体どこに辿り着くのか。
(気絶……か)
 ふと、何度も気絶し、真実を追い求めた1年前を思い出す。
 あの頃の僕は弱くてちっぽけだった。いや、違うな、今もだ。 今だって弱くて、何かに怯えて、誰かに従って、そうやって生きている。
 使徒を倒すのに1年かかって、使徒にあの人――加持リョウジ――に怯え、脅されて。

 そう言えばいつからだろう?
 ――現実と重なりを見せる夢を見なくなったのは。
 ――耳に響く幻のような声を聞かなくなったのは。

 それは考えてはいけない気がする。
 マナやカヲルへの感情と同じ様に、思い出さずに、深い所にしまっておく事が正しい。

 でも、でも――

 敵意と一緒に炎に溶かされたのか、ユマにマナの事を言われたせいなのか。
 ともかく、ボヤケを持ちながらマジックミラーを通すように、僕はその夢を見る。
 現実と重なる夢じゃなく、昔の夢を。
 例えそれが悪夢だと分かっていても、僕は眠りにつくんだ。
 それが――彼女等への感情が、何なのかを確かめるために。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

 静謐(せいひつ)の闇。
 ゴウゴウと滾る闇の奔流が、僕を取り巻く。渦を巻きながら僕との距離を詰め、徐々に近付く。
 その奥に見える空間は『無』。光どころか闇ですらない、ただの空間。空気もなく、真空という定義付けすら許すことはない 虚無だ。
 そうか――と唐突に理解する。
 これは死だ。僕が描いた死そのものなんだ。何もない全ての終焉なんだ。ただの闇、闇以外ない無。 幾度となく空回りし続けた僕のリアルの対極として存在する、虚無の世界。
(僕は……死んだ?)
 言葉にしても世界は変わらない。
 寂しさと哀しさと、恐怖。冷たさだけに支配された世界への真っ直ぐな怯えと、戸惑いと震え。 混在したそれら全てが、僕の全てを蹂躙し、ほじくり返し、痛みを揺り動かす。
 キリキリと心が締め付けられていくのが分かる、体が引き絞られていくのが分かる。たまらなく痛い。酷く痛い。凄く、凄く痛い。 心が破裂しそうだ、体が張り裂けそうだ――!
 それなのに、『痛い』と大声でのた打ち回りたいのに、体は動かず、声も出ない。
 悪循環は止まらない。 恐怖で声を張り上げようとすると、それを『死』で止められ、そしてまた恐怖にかられ、声を上げようと試みる。 悪夢の螺旋が、繰り返し繰り返し、僕を呑み込んでは吐き出していく。
 これが地獄だと言うならば、きっと間違いない、ここは最下層の奈落の底も底だろう。

 煌っ

 そこに光が舞い降りた。闇を照らし、無を満たし、僕を包み込む光だ。
 その光は柔らかく、優しく、そして暖かい。
 これは勘違いかもしれない。もしもそうだとしたら、僕は相当恥しいことを考えている事になる。それでも、こう思うんだ。

 『世界が僕を祝福している』

 と。

 

 

 目覚めると、そこはベットだった。
 白いシーツと白い壁と白いリノリウムの床と窓からの白い光。
 分かる。分かるよ。
 感じる。感じるんだ。音と匂いと光と手触りと、僕に入り込む感覚を。
 僕は、生きている。間違いない。

 空気の抜ける鈍い音と一緒にドアが開き、白衣が見えた。
「おはよう」
 そう言って微笑むのは赤木さん。
 おはよう、と言われたならば応えは決まっていた。
「おはようございます」
 恥しがらずに言えたように思う。
 彼女の顔を見ると、彼女の裸体が甦って気恥ずかしいのだ。
「調子はどうかしら?」
「何ともないです」
「そう、よかったわ。貴方、相当危なかったのよ? あと5分でも救助が遅れていたら死んでいた程度にね」
 やっぱり、僕がさっきまでいた場所は『死』らしい。
 闇から僕を救った光は、『生』の輝きは、僕を見捨てていなかったということか。
 それよりも、気になることがあった。
「あの化け物は……どうしたんでしょうか?」
 目が醒めてから今までの短い時間、僕はそのことを考えないようにしていた。『死』の恐怖にかられていた。
「覚えていないの?」
「いえ。一撃でやられたことだけは……」
 EVA01に乗って、走り出した僕を襲ったのは白い一筋の閃光だった。あれは、きっとビームなんだと思う。 左肩が焼けるような感覚と、そこを元にして神経が弾け飛ぶような奇妙な感覚を覚えている。
 思い出したように左肩に触ると、そこは僅かな赤味を残していた。 まだ熱が残っているような感覚に、それが真実だったことを実感する。
 アメリカの首都はワシントン。鎌倉幕府はいい国作ろう。シャーペンは頭を開いて芯を入れ、ノックすると芯が出る。僕は日本人。 信号は青で渡って赤で停まれで、黄色は注意。本能寺の変は織田信長。
 ――記憶は正常だ。
「01が無ければ決定打は与えられないのよ。だから、残った兵力で足止めをするだけね」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ。まだ、健在よ」
「そんな。今は、今はどうしてるんですか!」
「先程、N2爆弾を投下して、体積の約2パーセントの焼却に成功したわ。それによって、 今現在はレイヤーで再生に当たっている筈よ」
 自信なさげに語られる現状、それは僕に退院を決意させるに足りていた。
「じゃあ、今すぐ僕が!」
「ダメ、まだよ。まだ、万全じゃない」
 万全じゃない?
 僕は生きているのに。今こうして話しているのに。そのどこが万全ではないと言うのだろう。
「あなたは自分がどれだけ寝ていたか分かる? 3日……3日よ? その間、20分間隔で出撃しては、再びサキエルの再生を待って、 回復すると分かっている傷を負わせるために命を賭ける――その繰り返し……」
 歯を食いしばる音がここまで聞こえてくるようだった。
 出してもいない涙が見えた。その色は真っ赤だ。
 その目は確かに言っているんだ――僕に、恨みも罪も全ては自分に向けろと。
「突然乗らせて、突然戦わせて、殺されそうになって帰ってきて。それでも、また貴方を送り出す……。1番苦しいのは貴方だって 分かっているから、皆命を賭けているのよ? それが押し付けだってことも、無責任なことも、勝手なことも分かってる。 でも、いえ、だからこそ、その事の重さが分かるなら、今は休みなさい。勝つために、何より死なないために」
 死んで欲しくない。彼女はそう言っている。
 さっきだって、今だって、応えは決まっていた。
「おやすみなさい」
 1度頭を下げて、すぐに枕に沈む。瞳を閉じる。彼女がこれ以上見ていて欲しくなさそうだったから。
 閉じた瞳の奥で、彼女が泣いている気がした。
 僕の錯覚かもしれない。それでも、彼女は確かに静かに泣いていた。
 泣いている理由は、涙を流すわけは――

 僕は、やらなければいけない。
 ぼくは。戦いを恐れない『僕』は、怖がりな僕は、冷静な『僕』は、希望にすがった僕は、揺るがない『僕』は、泣き叫ぶ僕は、 真っ直ぐな『僕』は、夢と虚構に打ちひしがれていた僕は、振り向かない『僕』は、真実を追った僕は、 きれいな歌を奏でた『僕』は。ぼくは、やらなければいけない。
 自分で考え、自分で知ろうとして、自分で探し、自分で手にいれ、自分で見て、自分で決めて
 ――そして今、自分自身で、自分自身が、戦わなければいけない理由を手に入れたから。


 泣いてくれる人が、できたから。

 

 

 次に目を開けると、そこは戦場だった。
 ゴキリと指を鳴らす。1度だけ目を閉じて、再び開く。
 そこには、闇も光も無く、ただ僕が成すべきことがあった。
 倒すべき使徒がいた。倒すべき敵がいた。サキエルがいた。
 淀みない決意が、胸にはあった。

 

 

 

 

 

<続く>

 

 


<後書き>
 すぐさま過去編入る辺りに勇ましさを感じ取れ。浅ましさは感じるな。
 1年後ってやったその次の話でいきなり過去って何なんだろうね。計画性ないだけか?

 思うに、僕僕自分自分て煩いよね<台無し


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